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第5話「荒野の決闘」
びゅぅぅ……
幾分、収まってきた風。
街にまで入り込んでくる砂礫は、家中を砂だらけにするがそれは同時に見たくないものを覆いつくしてくれるベールの役目も果たしていた。
ギルドの中から引き摺り出されて、勇者の馬車の傍に安置されていたベルンも砂によって体の表面を覆われつつあった。
まるで、死を覆い隠す様に──。
そして、新たな死者を迎えるが如く、死者を生み出すルーレットが回り始めていた。
──ギルドの入り口…そのスイングドアを中央にして向かあう二人の男。
「いいな! 互いに五歩の距離を開けている──」
「…………」
アレスは怒り心頭と言った顔で大声で話すも、律義に決闘の方法と内容を説明している。
それを聞いているんだか、聞いていないんだか……。ガルムは、と言えば──腰に据えた鞘のような物入れから取り出した金属の塊……武器のようなモノを弄んでいた。
「その距離を確認したら、見届け人が金貨を投げる。……それが落ちたら──おい、聞いているのか!?」
激高するアレスを尻目に、ガルムは武器を指先でクルクルと回すと腰に納めてしまった。
「あぁ、要点だけわかりゃいい……能書き垂れてないでさっさとやろうか」
フフン……と、不敵な笑みを浮かべるガルム。
その挑発とも取れる態度に、ビキスッ! と青筋を立てるアレス。
(……何なんだこいつは)
俺たちは勇者だぞ……と。アレスは自問する。
大陸で活動する数少ない勇者パーティの一つで、東海岸では国王にすら認められる実力を持っている。
魔族の住む北部に赴いて、小さな国ではあったが、れっきとした魔王も一人──仕留めたことがあるほどだ。
それがなんだ?
ガルムと言う男──
剣もない、
鎧もない、
強そうにも見えない。
……だが一瞬でベルンを倒してしまった。
考えられるのは魔法だが────
「ファマック……」
アレスの呼びかけに、コクリと頷いたファマックが近づくと、こっそりと耳打ちする。
この様子は、ガルム達にも、周囲の目にも特に違和感なく映った。
なぜなら、互いにセコンドの様な付き人がついているのだから。
アレスには、メリーとファマック。
ガルムには、ビリィ……。
「(アレス……ここに魔法封じの結界を張っておいた。今、奴は魔法を使えんよ)」
「(よくやった。あとは……)」
「(わかっとる。狙撃魔法を練成して、念のため近くで構えておるから安心せい。メリーも回復の準備をしておる)」
決闘とは言え、正々堂々やるのかと言えば甚だ疑問である。
実際に「勇者」「勇者」と持て囃されるアレスとて、裏ではこうして手を回しているのだ。それゆえに今まで生き残ってこれたわけだが……。
コソコソと話しているアレスとファマックを尻目に、
「よう、オッサン」
「ガルムさんだ」
「細けぇな~……」
ポリポリと頭をかくと、
「この……決闘っつーのか、これ? こんな見世物に俺がいる必要ねぇよな?」
肩を竦めつつ、ビリィは周囲を見渡す様に指し示す。
「まぁな」
「んー。で、だ……こりゃアンタが勝手に始めた私闘だろ? 悪いけど、俺ぁー中で寝てるぜ」
ビィトは「相手にしてらんねー」、と宣うので、
「好きにしろ。俺は俺のやりたいようにするさ」
カチャカチャと腰のベルトを調整し、いつでも抜けるようにする。
「ったく、年甲斐もなく決闘好きったぁぁ……早死にするぜ」
「生憎だが、十分生きたよ」
ニィィ……と、獰猛な笑みを浮かべるガルムに仰け反るビリィ。
「おー怖っ」と、おどけるように言って、
「狂犬ならぬ、魔犬のガルムか……」
「若い奴にはわからん」
抜き打ちの空動作をしてシュミレートするガルム。喜々としたその表情は少年のソレのようでもある。
「わかりたくもないね……。ふぁぁぁぁ、寝るわ。終わったら起こしてくれ」
「ふん」
送りもしないガルムに、ビリィも振り返らず──「おら、退けよ」と人ごみをかき分けて、とギルドに戻ってしまった。
一方で残されたガルムは、その周囲を多数の人影で囲われていたが、決して勇者の背後に人が回ることを許可しなかった。
「なんで、俺の後ろから人払いした?」
「……死ぬのは一人でいいだろ?」
フッ……とニヒルな笑い。
「同感だ。テメェの心臓抉りだしてベルンに捧げてやる。そんでもってーあの可愛い──お前のお友達を、死ぬまで犯してやるよ」
ん?
──可愛いお友達?
「ビリィのことか?」
「そうさ」
あー……──。
「両刀使いかお前……すまんな、恋人を撃ち殺して」
「へ! 新しい玩具を補充するまでよ!」
互いに言葉の応酬。
それもひと段落すると、おずおずとギルドマスターが進み出る。哀れなこの男は、決闘の取り仕切りを命じられたのだ──……勇者によって。
「す、すみません。始めても、よろしいですか?」
「あぁ」「やれよ」
両者それぞれに回答すると、
それを見てコクリと頷くギルドマスター。
そして、
双方───
構え!!!
恐る恐ると言った感じで、ギルドマスターが進み出ると親指で金貨を弾く。
キィン♪
フワリと舞い上がった金貨。
東海岸でよく流通しているそれは、帝国金貨。皇帝の顔と帝国のシンボルである竜を裏表に象っている。
その金貨が、ヒュンヒュン~と回転し、
お天道様に向かって……どっかの皇帝の顔とドラゴンの意匠を交互に見せつつ───。
ヒュン──……
頂点に達するとフワリと一度制止し……また落下する───。
ヒュン、ヒュンヒュンヒュンヒュン───。
その動きをかたずをのんで見守る観客たち。
キラキラと輝く金貨。それが、地面に触れるか触れないか……。
ヒュンヒュンヒュン────。
冒険者や酒場の一家、それに街の野次馬らが見守る中、
誰かの喉がゴクリの鳴る。
ドクンドクンと早鐘のようにうつ心臓の鼓動に、
どこかで誰かの身じろぎして、服が触れる衣擦れの音。
風が砂礫を運び、
コロコロコロ──と、草型モンスターの死体が転がっていく。
ジリジリと照り付ける太陽によって、滴り落ちる汗がジワリと服に滲み込む───……
ヒュンヒュン──────。
金貨が…………。
地面に、
落ち──。
(甘いぜジジィ!)
──る。
いや! あと数ミリで地面に落ちる瞬間に、
勇者が動いた──!!
ズザッと、踏み込みで砂が巻き上がるっ。
(貰ったぁぁあ!)
勇者の動体視力は、既に金貨の動きをトレースしている。
地面に当たって音が鳴るほんの一瞬前に体を動かした。
純然たるフライングだが──。バレなきゃいい。
そもそも、誰も気づかないだろう。
あれは、並みの動体視力で追いきれるものではない。
(死ねぇ!!)
次のアレスの行動は単純明快。
抜き身の剣を、一歩の踏み込みのあとで薙ぎ払うだけ。鎧もない爺の体なんて真っ二つだ。
(だから、まずは一歩目が勝負なんだよ!)
傍から見れば音と同時にアレスが動いているようにも見えるが、実際は違う。
勇者の能力を純然に活かしたフライングだ。
だが、これで勝ってきた。
そして、これで掴んできた。
だから、これで勝てるに決まっている。
様々な戦闘、決闘、御前試合───。常に勝つためには、お行儀良くしてはいられない。
さぁ、金貨が………………、鳴る!
──────────キ……♪
(これで終わりだぁぁああ!!)
踏み込んだ、勝った、殺し……。
ニィ……と笑ったガルム。いや、最初から笑っている?
なんで?
その目はアレスのフライングを見越していたが、それでも金貨が地面に落ちるのを律義に待っていた。
(コイツ……気付いて──??)
一瞬混乱したアレスだが、すでに体は勝ち向かってに動いている。勝利は目前。負ける理由などない。
一歩も動かないガルムに───アレスは嗤う。
(へ! 遅いっっっ)
────ィィン♪
「死──────」パッパパパパパァン!!
パァァァアン───
ァァン───
ン───
…………。
ドサリ…………。
…………。
……。
「ごふっ……」
え?
何が?
腹?
う、
嘘──だろ?
は───
(は、はぇぇ……)
ジクジクジク……と、腹に感じる痛み。
何が起こったか分からなかったが、とにかく素早い動きで圧倒されたことは分かった。
ガルムが、腰に付けた鞘のようなモノからあの小さな武器を抜き出したかと思うと、その瞬間に既に腹に激痛が走った。
あとは、連続だ。
なにかが連続した。
まるで商人の金勘定の様に、凄まじい速度で左手が右手を叩いたかと思うと、それに続く連続した破裂音。
──結果、こうして倒れているというわけだ。
ガルムの奴は悠々と構えて、硝煙に向かってフゥと息を吹きかけている。
「先に抜いたのはお前さんだぜ」
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