ミルクを頂戴───

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ミルクを頂戴───

 1897年、アリゾナ準州。  ブラウン・シティ───中心街の酒場(サルーン)にて。  シティと呼んでいいのか分からないくらいに寂れた町。  ボロボロの教会。  様相だけは立派な銀行……当然預金額は少ない。  各種の色んな商店に、  あとはどこにでもありそうな酒場(サルーン)が一軒。  いや、まったくもって寂れた町だ。(大事なことなので以下略)  そんな酒場だか、人気(ひとけ)の少ない町ではまだ活気がある方だ。  ──とは言え、ワイワイ、ガヤガヤ! という程でもない。実際の様子はと言えば……陰鬱な雰囲気の男達や、一体いくつ(・・・)になるのか──体の線が崩れた娼婦やら、くたびれた様子の店員が過ごしているのみ。  そんな店の中で、まめまめしく働いている少女が一人。  彼女は酒場の店主の子供で、一応看板娘を務めている。  もっとも、客を呼び寄せるのは少々年若く。なにより器量も……ほどほどだ。  そばかすだけがやたらと目立つ。 「はぁ……」  溜息ひとつ。今日も今日とてホウキを手に店の床を()く。  お世辞にも綺麗とは言い難い店だ。少々掃除したところで何が変わろうか……。  とはいえ、彼女の言い分など店主である父には聞き入れられない。 「ブツブツブツ……」  荒野特有の風が吹きこみ、店中砂埃だらけだ。  手伝いの少女は不平不満を言いながらも掃き掃除。埃っぽい店内で、さらに埃を巻き上げつつも、なんとか床をきれいにしようと躍起になる。  店主はと言えば、使っていないグラスを乾いた布で拭き取り、磨きをかけることに余念がない。  これがいつもの光景。  ちょっと変わったところと言えば、たま~に、カウンターの一番隅でウィスキーを(すす)る男にショットグラスに注いでお代わりをやるくらいなもの。  今も、男がカウンターを「コツコツ」と指で鳴らしてオカワリを催促するものだから、店主は慣れた手つきで注いでやる。  それを、カウンター上で────シュッ、と滑らせてやった。  シャーーー、  流れる様に滑るショットグラスを男は人差し指で止めると、  テーブルの上に小山となっているツマミ代わりの塩(・・・・・・・・)を一舐め、  そして、グラスに注がれたウィスキーをグビリと(すす)る。 「んんん……不味い」  喉を焼くウィスキーは如何にも安物臭い味らしく、零す吐息は唸り声のようだ。  それは、密造だか密輸だか知らないが──正規のそれ(・・)でないのは火を見るよりも明らかだった。    その後ろでは、数人の男達がカードに興じている。  しな垂れかかる娼婦を鬱陶しそうにしながらも、飽きもせずに帽子に詰まった皺くちゃのドル紙幣を右へ左へと移動させていた。  カードの勝敗は一進一退。  誰が勝つわけでもなくダラダラと繰り返されている。  そんな陰鬱な様子の男達の恰好は、どれも似たようなもの。  拍車(はくしゃ)付きの靴(ブーツの後ろについてる歯車みたいなやつ)に、コットン製の頑丈そうな上下に、内側の黄ばんだシャツ。  頭には帽子──テンガロンハット(カウボーイハット)を被っていたり、いなかったり……。  そして、お揃いのアクセサリーの様に、全員の腰には皆が皆ホルスターに拳銃(リボルバー)を収めている。  それだけの様子を見れば彼らが保安官補佐(サブシェリフ)なんだか、無法者(アウトロー)なんだか、一見して判断はつかない。  しかしながら、  銃の持ち込みを禁じていない以上、店主はさほど気にしているようにも見えないので案外日常の光景なのだろう。  店主は店主で肝が据わっている。  カウンターの後ろの壁には、これ見よがしにレバーアクションライフルを飾っているのだ。  手垢の付いたそれは間違いなく日常的に使われるソレで、装飾品などではない。  これこそが、西部のあり触れた光景……。  誰も彼も、変わらぬ日常だと思っていた時──それは来た。  ビュゥゥウウ~────  外では一際強い風が吹いたのだろうか。窓の隙間から、また一陣の砂埃が入り込んだ。  掃除中の少女は、終わらぬ掃き掃除にまたもブツブツという。  「掃除は嫌いだ」とか「都会に行きたい」とかなんとか──。  カウンターの隅にいた男がグラスを空ける。  それを見て、少女の嘆きを聞き流していた店主は眉をピクリと動かした。  コツ、コツ……。  予想通りカウンターの隅の男だ。  また酒のお代わりを注文され、店主は無言で返す。  トクトクトク……。  シュッ────しゃーーーー! パシッ。  ちなみに真っ昼間である。  …………。  ビュゥゥウ──ガタガタガタッ……。  ブルル──。  窓枠が揺れ、風が吹き更けていったあと、  ──かすかに馬の(いなな)きが聞こえた気がした……。  そしてまさに、  まるで風が連れて来たかのように大きな集団の気配が酒場の外に現れる。  バン! ギィギィギィ……。  何者かが、スイングドアを胸板で押して入店。外の埃と一緒に店内へ、と。  逆光のためか、店主からも客からも娼婦からも……見えず。  その姿は一瞬、ただの黒い影坊主にしか見えなかった。   だが、フワリと漂う香りに、男達の鼻腔が反応した。  離れていても漂う色香……。 (女───?)  誰もが疑問に思い、手を止めて入店者に注目する。  (いま)だに、ギィギィ……と揺れるスイングドアを後ろに置き去りにし、その入店者はブーツをゴツ、ゴツ、と鳴らし一直線に店主の下へ向かう。  その動きに合わせて、フェロモン物資のような女の香りが糸を引くように店を漂った。たまたま近くにいた手伝いの少女は、その入店者の顔を見てハッと息を飲んだ。  それもそうか……だって、  逆光に照らされてキラキラと輝く美しい金髪は、文字通り黄金のよう。  (ほの)かに香る土埃からして、今の今まで荒野にいたであろう。だが、その環境にいた人間の髪とは思えない程(つや)やかだった。  コツ、ゴツ、ゴッ!  ブーツの音も甲高く、店主の真正面に立つ女。 「はーい」  軽い雰囲気で──トンッと写真を……いや、手配書をカウンターに置くと、 「コイツ知らない? 探してるの」  美しい発音は、どこか都会的な雰囲気と知性を感じる。そして何よりも綺麗で透き通った声質──。  その声に見合った端正な顔立ちは西洋人形のような、青い目と白い肌。  ──目の前の女は、それはそれは美しい人だった。  だが店主は、女の顔を一瞥(いちべつ)しただけで、 「ここは酒場だ。酒を注文しろクソアマ──」  にべもなく言い捨てる店主。その直後、女の背後で(・・・・・)殺気が膨れ上がる(・・・・・・・・)。  ブワリ! と寒気のようなものが店主へ降り注ぎ、心拍数が跳ね上がるのを感じた。 「あらごめんなさい。じゃ…………ミルクを」  冗談でも言っているのだろうか。  お陰で殺気の奔流がおさまった……かに、見えた。  酒を注文する場面で、「ミルク」と来たもんだ。だが、ここは西部(ウェスタン)……。  途端に、 「ぎゃははははっはは!!」「はっはっはっは!」「うふふふふふふ」  とカードに興じていた男達が爆笑し、娼婦を交えて呵々大笑。  膝を叩いて笑い転げる。 「ひーひっひっひ! 姉ちゃんよー…ミルクだぁ?」 「い、今どき、子供でもそんなジョークは言わねぇぜ!」 「ひゃははっは、欲しいなら俺のミル───」  再び、ブワッ! っと広がる殺気に、店主のみならず男達もピタリと笑いを止め、思わず腰のホルスターに手を伸ばす。  その殺気の正体──。  女の背後に、ローブ姿の小柄な人影が、まるで抜き身のナイフのような殺気を放っていた。  存在感すら希薄、だが、その殺気は本物でまるで百丁の銃を向けられたかのような気配を予感させた。 「──()めなさい」  だが、その殺気を全く気にもしない素振りで、女は一言。  それだけで一気に殺気が(ほぐ)れる。……そして、また存在感を希薄にし気配を殺した。  その頃には、逆光から目が慣れたのか、ようやく女の全身が見えるところとなり──。  ……気付く。 「り、陸軍?」 「アメリカ……騎兵隊だぜ」  男達は放心したように、ドッと汗をかきつつ呟く、  なぜなら、  女の姿は目を見張る金髪以上に、異様な風体だった。  拍車付きの靴は軍仕様の革製。騎兵隊特有の青い制服に、青帽を被っている。  豊満と言うほどでもないが形の良い胸と尻がそこに収まっているらしく、騎兵隊の青服を内側から押し出し存在を主張。  プロポーション以上に目を引くのが、珍しい型の自動式拳銃。それを木製の大型ホルスターに納めていた。  階級章は少尉……。  どこか悪戯っ子のような表情は愛嬌があるが、美しい碧眼は知性を感じさせる。  誰が見ても、一言に「凄い美人」と言ってよい。 「ミルクだ」  ドンッ!  店主は冗談に付き合うかのように、金属製の大きなミルク缶を女将校に差し出した。  乳牛から搾りたてのそれは、しばらく前まで素焼きの壺で保管していたためよく冷えていた。 「ありがと」  一言礼を言うと、女将校は手配書をコンコンと叩き、回答を促す。  その間にミルク缶に直接口を付けると音もたてずに、ぐいぐい飲んでいく。  ゴクリ、ゴクリと喉が艶めかしく動く。本当にあの量を飲んでいるのだ。  その間にも、コツコツコツ…と手配書のソレを叩き続ける。  答えろと言っているのだ。  プフゥ 「御馳走様(ごちそうさま)」  ゴンと、空になったミルク缶を置くと、チラリと鋭い目を店主に向け、 「知らない?」  スっと、ミルク代にしては高いドル紙幣を缶の下に挿み込む。  眉をピクリと動かした店主は、 「さて……詳しいことは知らんが、ここ──二、三カ月ほど(たま)にウィスキーの大口注文が入るな。西の……フォート・ラグダ(あと)地まで運んだことがある」  ふぅん……と、女将校は鼻をならすと、 「そう、ちょっと行ってみるわ。うふふ……いい店ね。──ウィスキーが無かったらまた来るかも」    それだけ言うと(きびす)を返す。  女将校は、いつの間にか店内にいた青い軍服姿の兵に声を掛けると、 「軍曹。フォート・ラグダよ。地図を準備して──……あと、船に伝令を」 「はっ(イエッサー)!」  バシンと敬礼を返す兵を先に出して、女将校は悠々と店を後にする。  その形の良い胸でスイングドアを押し退けると何事もなかったかのように、そこを去っていった。  あとには、キュイ、キュィ……とスイングドアが寂しげに揺れているばかり。  ヒヒィィン! と馬の(いなな)きのあと、伝令らしき一騎が駆けていくのとは別に、30人ばかりの集団が荷馬車を()きながら西へ西へと去っていった。  そして、  店内には再び弛緩した空気が流れる。  と思いきや、  女の香りが未だ漂う店内で、無関係らしい男達は再びカードに興じる────ことなく、突然雰囲気を変えて立ち上がった。  そして……驚く店主を無視して素早く動き始める。  ガチャ、ガチャガチャ! と、テーブル下に隠していたライフルやら散弾銃を取り出すと、娼婦を払いのけて点検し始めた。 「装填よし」「いくぞ」「おう!!」  人数には、変化はないが一気にキナ臭くなった店内。その気配を感じた店主がソロソロと壁にかかっていたライフルを手にしようとするが、きびきびと動き出した男達の数に思い至り、結局何もしない方が良いと判断したのだろう。  まるで無視するかのようにグラスを磨き始める。  余計なことは……見ない、聞かない、しゃべらない───西部に住む男の生き方だ。  あえて、人数に変化があったとすれば、カウンターで酒を舐めていた男の姿がないことくらいか……。  もちろん店主はそれに気付いていたが、特に言及(げんきゅう)することはなかった。  そして、男の居た位置に残るのは空のショットグラスと、その下に挟まれたドル紙幣があり、  歴代大統領の顔がショットグラスに敷かれて寂し気に風に揺られていた。 ────────────────── 章初コメント(後書き)  今章一話目となります  これにてプロローグ前が語られます  さて、  西部なガンマン達はどこからきたのかッ  必見!  お楽しみに──!   ※ ※  いつもお読み頂きありがとうございす!   皆様の評価と応援が執筆のモチベーションとなっております!  読者様に出来る感謝……毎日更新を実施します!  お手数でなければ、  評価、フォロー、コメントいただければ幸いです!  お願いいたします!
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