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プロローグ2「DVDが急に起動するとドキッとするから止めて欲しい」
ゲェアーゲェアー…
クァクァクァクアクアクアクアカカカカ…
名も知らぬ怪鳥のごとき鳥の声が響く場所───
うだるような暑さのジャングル。
湿度は高く、日本の夏と遜色ない。
俺こと、川崎光司は名も知らぬ密林にいる。
隣には近所の子、斉藤ユズ。小学…何年だっけ? まぁいわゆるJSだ。
オッサンの俺の容姿なんぞ誰も興味ないだろう。だからユズの容姿をツラっと教えておく。
トリコロールカラーのワンピースに、黄色の通学坊、赤いランドセルがよく似合う。
髪は黒髪、ツインポニテ、色白で背はやや低いが出るとこは出ている将来楽しみ~な、美少女だ。
…俺はロリを魂してないのであしからず。
そして、俺たち二人は何の因果か二人して絶賛遭難寸前で、この密林を彷徨っている。
なんでここにいるのかって?
…俺が聞きたい!
くそぅ…
とにもかくにも、人里なり、川なりなんなり見つけないと干上がってしまう。
湿度だけはやたら高いというのに…
水がない。
水分はある。
だが、水がない。
密林の中は、水分に満ちてるのだろう。
植物は好き勝手に伸びて、絡んで、枯れては、また成長をというサイクルを繰り返している。
なのに水がない。
湿度に溢れ、瑞々しい植物がのたうっているというのに…水がない。
「コージ兄ぃ…」
ツインテール似合う美少女ユズが、そのトレードマークの髪をペタンと張り付かせて、ひもじそうな声を上げる。
「何よ?」
光司も幾分疲れた声で答える。
「喉乾いた…」
ショボ~ンとした声で言うが、光司とてどうにかできるわけではない。
「ユズ…言っただろ…もう、水は無いんだよ」
肩下げ鞄から、空の水筒を取り出し振る。
音は何もしない…その様が光司をして、一層の乾きを覚えさせる。
「うん……」
ユズも当然その反応が返ってくることを知っている。
このやり取りも、密林内で何度となく交わされたものだからだ。
それでも、ユズは一抹の期待を込めて光司を見つめる。
ユズの言いたいことは光司には痛いほどわかった。
実を言えば、ユズだけなら飲み物相当の物を与えてやることができる。
しかし、それをすれば困窮するのは光司だ。
ジッと、目で訴えるユズ。
余りわがままを言う子ではないし、とても優しい子だ。
だから、光司の都合をお構いなしに、自分を前面に出そうとするのは──ユズをしてかなり限界に近いのだろう。
光司もできれば何とかしてやりたいという気持ちもあるが、下手をすれば共倒れだ。
この得体のしれない密林で道なき道を行くこと数日。
当初あった僅かな水と食料は、あっという間に食べ尽くした。
だが、まだ空腹なら我慢できた。
いや…もう一方の乾きが酷過ぎて、空腹を感じる暇がないというのが正解だろうか。
既に脱水症状の兆候が見られるのか、光司もユズもフラフラだ。
ユズのトリコロールカラーのワンピースは、ここに来た当初は汗にまみれてベタベタだったのが、今は幾分乾き、森の水分だけを吸って茶色く変色している。
首周りは垢と汗で黒く濁り、一部には塩が噴き出しているのかキラキラと光を反射していた。
そんな中、ランドセルの赤と通学帽子の黄色だけがやけに映えて見える。
それが、ユズがまだまだ幼い少女だという事を思い出させて、光司の中にも、何としてでも助けてやりたい気持ちが沸き起こる。
だが、どうすればいい。
ディスカ〇リーチャンネルで見たサバイバル技術は宛にならない。
蔦を切って、滴る水を飲む──なんていうシーンがあったので試してみたが、ドロリとした青臭い樹液が出るだけで、水なんて一滴も出ない。
穴を掘って、シートをかぶせて水分を集めるなんて真似もやってみたが…得られる水分に対して労力も時間も全く見合っていなかった。
一見、柔らかそうに見えるジャングルの地面は植物の根が絡まり合い、掘りにくいことこの上ない。
はぁ…
最後の水をユズと分け合って以来、半日は経つ。
この湿度と熱気ではそろそろ限界だろう。
体中が熱を持っているのが分かる。
「ユズ…喉乾いたよな?」
「…うん、ごめんなさい」
ランドセルの負い革をキュっと握りしめてユズが俯く。
「何でユズが謝るんだよ」
わざとおどけた口調で、光司はユズを励まそうとする。
「光司兄ぃに任せとけって!」
根拠もなく言ったわけではない。
効果としては微妙だが、ユズの渇きを少しでも癒せるならと───
「ステータスオープン」
光司は、ステータス画面を開き、SPを確認する。
やはり、回復していない。
むしろ心なしか減っている気さえする。
HPも徐々に低下…よく見れば状態異常になっている。ご丁寧に、軽度の脱水症状だとさ。
ユズのために取れる手段は一つ。
そして、俺の唯一の特技のようなもの。
「主食、召喚! 冷や飯!!」
キラキラキラキラと召喚光が左手に収束していく。
キラン!
シュパーっと…──左手にご飯茶碗に盛られた白米がヒタヒタの出汁に沈んだ状態で召喚された。ご丁寧にネギとゴマを散らしてある。
俺の男飯、冷や飯だ!
【冷や飯】
特徴:ご飯に白出汁と麦茶をブッ掛けるだけの、簡単お手軽ご飯。
出汁の風味がたまらない。
お茶の種類を変えたり、水だけにしてみたりアレンジ可能。
栄養はご飯由来。塩分は出汁に由来。
調理時間10秒。
材料:米、白出汁、麦茶、万能ネギ、黒ゴマ
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ここ最近聞いたことのないユズの歓声。
それに嬉しさがこみ上げると同時に、光司を猛烈な虚脱感が襲った。
SP切れの症状だ…
SPを確認すれば限りなく0に近い。
0になったとて、死ぬわけではない…せいぜい気絶するくらいだ。
だが、こんなところで気絶したら──それはもう、死と同義だ。
情け容赦ないモンスターに、得体のしれない虫やら病気やら…
おまけに、水も食料もない。
気を失ったが最後、ゴブリンの食卓に並ぶか、虫に集られてアリ塚に埋まるかのどちらかだろう。
虚脱感と吐き気を覚えつつも、精一杯の虚勢を張り、
「喉乾いた…だろ? 食べ…な」
ナデナデとユズの触り心地の良い頭を撫でながら、冷や飯を差し出す。
「ありがとう! コージ兄ぃ!」
ユズもどこかで期待していたのだろう。満面の笑みを浮かべて掻き込む。
お箸なんてないから手掴みだが、行儀だなんて言ってる場合ではない。
ガチュガチュ、ジュルジュル…と、実に旨そうな音が響く。
出来るならば俺も食べたいが…SPを使用したスキルは、0から1を生み出す魔法の仕業ではない。
きっちりと、対価を払ってこの世に顕現しているのだ。
すなわち、SPとはカロリーであると…光司は解釈している。まぁ、その他にも水分とか色々ありそうだが──
光司は、この【能力】を使えるようになって以来、色々と研究した。
周囲からは屑スキルだ何だと言われても、自分的には結構気に入っていたので使用方法を極めようとしたものだ。
最初はメシの準備が楽になるな~──程度の認識で使っていたのだが…どうにも腹が減る。
食べた直後は満足感もあるのだが、すぐに腹が減った感覚が襲う。
他の者なら、飯を食べて寝るだけで回復するSPも──光司だけ、何故か回復しないものだから、漸くこのメカニズムに思い至ったというわけだ
そりゃ、無から有を生み出したら神の所業だよな。
そして、今、光司の貴重なSP──カロリーと水分はユズの腹の中に消えていった。
「おいしかった~!」
ハァァァ~~っと、天使のような笑みを浮かべるユズの頭を軽く撫でると──
光司の意識は混濁し、湿った土の上に倒れて……初めて本当の限界が来たことを悟った。
分かっていたとはいえ…バカなことをした。
このままジリ貧で行くか、なけなしのSPをユズに明け渡すかでもう少し考えてもよかったかもしれない…
でも、俺はバカだから、ユズが困っているなら何とかしてやりたいと思って悪いか?
それがもとで二人とも共倒れになったとしても、責められる謂れはない。
どの道、終末は目前だった。
後悔などしていませんよ──キリ。
目を丸くして、驚いた顔のユズが駆け寄る。
びっくりして投げ捨てた茶碗が、光の粒子になって消えるのを見届けながら、視界がグルグル回る景色の中──何か伝えようとして口をパクパク開けるが、酸素も満足に吸えない。
駆け寄るユズの肩越しに、人影が……
た、助けが来た…?
一抹の期待を胸に目に力を込めて確かめようと焦点を何とか合わせると───
間の悪いことに、発情期を迎えたような気色悪い笑顔を浮かべたゴブリンが3匹…
──まずい…ユズ逃げろ!
ユズみたいな子が捕まったらどんな目に合うか想像したくもない…
ぐぅぅぅ…動け、動け体ぁぁぁ!
願い虚しく、ピクリとも動いてくれない
ニタニタと笑いながら、腰箕の前を膨らませた小汚いゴブリン共がユズと地に伏せる光司を取り囲む。
「こ、コージ兄ぃ…」
恐怖に濁った顔で、ユズが光司に助けを求めるが、光司は絶賛気絶寸前でトリップ中だ。
辛うじて意識はあるがどうにもできない。
「に、にげ…」
痺れる舌を、懸命に動かしてユズを逃がそうとするが声にならない。
クソ…
このままじゃ、俺は物理的に食われて、ユズは性的に食われてしまう。
それは許しがたい!
痛いのは嫌だし、ロリがエロなんて倫理的に許しがたい!
グググと、なんかとか体を起こそうとする。
SPも0ではない。まだ、気絶する領域ではないはずだ。
この体調不良はステータス異常である、脱水症状からくるものだろう。
無理に動けば危険だと分かっている。──いるが動かねばならない。
ゴッキン!!
───っっ!!!!
瞼の裏に星が散るというが…まさにそんな感じ。
一瞬でブラックアウトしかけるほどの衝撃を後頭部に感じる。
見なくともわかる。
ゴブリンの一匹が光司にとどめを刺すために一撃をくれたのだ。
ナイフや匕首の類を使わないのは、気絶させたまま持ち帰ろうとしているのかもしれない。
この暑さと湿度だ。
死体は直ぐ腐る。
だから生け捕りにしようと──
「コージ兄ぃに、酷いことしないで!」
ユスがランドセルに挿していたリコーダーを手に、手近にいたゴブリンの頭をぶっ叩く。
しかし、対人類用に強化された頭はリコーダーでの衝撃など易々と弾き返す。
途端にポキンと折れるリコーダー。
あわわ、と慌てるユズに苛立ったのか、憤ヌの形相で睨み付けるゴブリンが一匹。
メスは逆らうなと言わんばかり──
「ま、負けないもん!!」
冷や飯食って元気もりもり~。じゃないけど、ユズは臆せずゴブリンに立ち向かう。
地面に伏せる光司を守らねばと、奮起しているようだ。
今度は水玉模様が可愛らしい、ピンクの傘を取り出すとブンブン振り回す。
安物のコンビニ傘なら、先端の尖った部分が武器になったかもしれないが…悲しいかな、彼女の親御さんの愛情ゆえか、そこそこお高い子供用の傘は、先端が丸いプラスティック製の球体で保護されている。
これでは、突いたとしても…たいした痛痒も感じないだろう。
現に、ユズは刺突よりも専ら打撃武器として使用中だ。
「えいえいえいえいえいえい! あっちいけ~!」
バンバンバンと音だけは派手だが、ちぃっとも効いているようには見えない。それでも、やはり鬱陶しく感じるのか、
「ギョガ!!」「キャッ」
バンッ、と腕を振るいユズごと振り払う。
思ったより吹っ飛んだユズは二度三度とバウンドし、転がる。
涙目でヨロヨロと起き上がると、
「うぅぅ。コージ兄ぃぃぃぃ…」
ウルウル状態の目で光司に助けを求めるが…ごめんなさい、コージ兄ぃは動けません。
そして、そんな様子にゴブリン共がゲラゲラと笑う。
人を甚振るのが、心底楽しいようだ。
「「「ゲギャギャギャギャギャギャ!」」」
そんな様子に、ユズが顔を真っ赤にして怒る。
泣いたり、怒ったり忙しい子だ。
「むぅぅぅ! 虫さん!!」
ガバっと起き上がったユズが緑色の虫かごを掲げる。
キラキラとした召喚光が溢れだす。
一瞬呆気に取られていたゴブリンだが、しばらくしてまた爆笑する。
「「「ゲギャ~ギャ~ギャ~ギャッギャッギャッ!!」」」
「おっきな蜂さん、出ておいで~!!」
キラン!!! ――シュパァァァ!
と、召喚光が収束し、赤ん坊の頭位の…巨大なスズメバチの姿を形作る。
ビビィィィィィィィン!!! と戦闘ヘリのような物騒な羽音が響く。
そして、ユズの命令を待つかのようにユズの周りをゆっくりと旋回したとホバリングしたりする。
「あは、蜂さん…可愛い~♪」
ユズよ…普通に怖いです。
地に伏せた光司は、朦朧とする意識の中──巨大な蜂に、本能的な恐怖感じている。
「やっつけちゃえ!」
イケっ! とばかりにユズが指し示すと、ガッテン承知とばかりに、蜂は一度ユズの上空で宙返りを決めると──急降下爆撃機の様に、容赦ない角度で飛び込み! お尻の強力な毒針をゴブリン眼がけてぶっさす!
「ギョップァァァァァァ!!!」
いでぇぇぇ! とばかりに首くじを抑えて飛び上がる。
スズメバチの持つ猛毒と、ブッとい針は…見ているだけで痛そうだ。
しかし、ゴブリンは毒が効きにくいのか痛そうにしてはいるが、その分だけ戦意が上昇していくのが分かる。
残る二匹のゴブリンはすぐさま戦闘態勢。
棍棒と弓矢を取り出すと素早くフォーメーションを組む。
首を刺された一匹も傷口を抑えながら、投石の構えだ。
一方、スズメバチは刺しては、上空。刺しては上空──へと、繰り返し襲撃を続ける。
標的となった一匹は、穴だらけだ。
それでも、幾度か反撃している。
その甲斐あってが、上空のスズメバチの羽にも穴がぽつぽつと空いている。
最初程の軽快な動きはなく、何所となく精彩さに欠いている。
「蜂さん…! 頑張って…」
スズメバチを召喚したことでユズもSPをかなり消耗したようだ。
あの蜂が最後…召喚できる全てなのかもしれない。
つまり、あの蜂がやられた時が光司たちの最後だ。
ドスゥ! と、集中攻撃していた一匹の目玉に針が刺さると、ようやくゴブリンの一匹が動きを止める。
さすがに脳内へ直接流し込む毒液には耐えられなかったらしい。
だが、それまでだ。
十分に狙いを付けていたらしい弓矢の一撃をゴブリンが放つ。
シュパンと放たれた矢が狙い能わず、蜂の腹に命中。緑色の体液と内臓を露出させて地に落ちる。
ビッィィィィィィと、精一杯地面で暴れるが、最早怯むゴブリンではない。
足早に近づくと、頭部目がけて勢いよく棍棒を振り下ろすっっ!
ブチュ!!
と、放射状に頭部の中身が飛び散り、蜂が息絶える。同時にサラサラーと、輝く粒子になり…どこかへ消えていった。
「あ、あ、あぁぁ…」
ユズが絶望に染まった眼で蜂の最期を見ている。
そして、ゴブリンはというと、悠々とユズに近づくと──
「やぁぁぁ! 痛い痛い!」
ツインポニテの一房を無造作に掴み、ズルズルと引き摺るとポイと光司のところに投げ込む。
ウギュと言って、光司の腹のとこ所で丸くなるユズ。
ゴブリンは、どこからともなく革紐を取り出すと光司とユズの手を一緒くたにしてキツク縛る。
鬱血だとか、そんなものを気にした縛り方ではない。
現に、
「痛い~、いたいよう!」
ユズが泣き叫んでも聞く耳持たず、むしろその声を楽しんですらいるようだ。
そのままどうするのかと思っていれば、
死んだ仲間の死体の元へ行き───
※
ジョリジョリジョリジョリジョリ……
周囲に立ち込める血なまぐさい匂い。
ぶちまけられているのはゴブリンの内臓──腸だ。
それをやっているのもゴブリン。
奴らは実に合理的。
仲間でも、死んだら肉。
そう言わんばかりに、何の感慨もなく──ついさっきまで肩を並べて戦っていた戦友を捌いていく。
首を器用に切り落とし…切り口を下にして、血を地面に吸わせている。
四肢は早々に切り落とされ、葉っぱの上にきれいに並べられていた。
胴体は四肢を落とされ、腸を抜かれ、綺麗なお肉の状態になり───木の枝から吊るされ血抜き中だ。
この間、殆ど時間が過ぎていない…恐ろしく素早い手際──
ユズは一部始終を見せられ、ガクガクと震えている。
光司のお尻当たりが生暖かいのは、湿度の高い腐葉土から水分が浸み込んだわけではないだろう。
どこからともなくアンモニアの匂いが漂ってくる。
──聞くまい…
ゴブリンは解体作業中に出た生肉の欠片を、クチャクチャと齧りながら、ユズの痴態に気付いてニタニタと笑いを浮かべている。
どことなく、好色親父のような雰囲気すら感じ取れる。
光司は途切れ途切れの意識を何とか繋ぎつつ、起死回生の手を考えているが何も思いつかない。
そのうち、解体が終わり血抜きも済めば──あの「お肉」と一緒にどこかに連れていかれるのだろう…
何処かなんて想像もしたくない。
クソ…
俺のスキルは文字通り「クソ」の役にも立たないな…
ユズはSPを使い果たしてしまったのか、虫を召喚しようとしない。
──出来るのか出来ないのかはっきりとしないが、彼女とてこの状況が控えめに見ても絶望だと分かっているはずだ。
俺はどうなってもいいからユズだけでも───なんて言いたいとこだけど、俺だって死にたくないし…ましてやゴブリンさんの夕食にされるのは死んでも御免だ!!
だが、どうすればいい?
俺の体は力も入らなければ、【能力】の使用もできない。
まぁ、【能力】が使えたとしても、どうにもならないが…
だって、今竹輪のオデンが召喚できたとして…どうやってゴブリンを倒すのよ?
それならユズがSPを使えたほうが、まだ万倍もマシだ。
くっそー…もはやこれまでか…
ゴブリンなんて、ゲームじゃ序盤も序盤の雑魚モンスターじゃないかよ!
なんで、こんなところで干物にされる順番を待たにゃならんのよ!?
ゲーム開発者がいるなら、難易度設定を間違えてるとして返品またはクレームの嵐で間違いなしだ。
初代ファミコンでも、もうちょいマシな難易度だぞ!
くそ…せめて、死ぬ前に荷物の中のDVDを隠しておきたかった…
だって、もし救助隊やら捜索隊が光司の死体を発見して、その傍らにDVDがあったら──もう!
…俺死んじゃいます! 恥ずかしくて!
だって、
だって、
だって、
あれ俺のお気に入り──かつ、性癖が赤裸々に見える、スンバらしいラインナップを取りそろえたシリーズですもの…!
取って置き過ぎて、圧縮データにいれたおかげで1枚で「アンアン♪」もののタイトルが20話は入る優れものですもの!
「公共団地若妻シリーズ」───通称「団地若妻」!!
昨今の、女学生ものやらコスプレものの、若い子が出演するロリコン路線をひた走るAV界など知るかぁぁぁ! とばかりの堅実路線の最強シリーズです。
若妻とか熟女とか、もう、ね!
いいね!
すっごいね!
簡単に言えば…公共団地での昼下がりに、間男が若奥様と電車ゴッコしちゃう奴だ。
俺は、どうしてもこの狂った世界に持っていく物として──これだけは手放せなかった!
ソーラーで動くポータブルDVDプレイヤーのお陰で、野外でも楽しめるというのも理由の一つだ。
楽しむって…「何を」って?
そりゃ「ナニ」をですよ!
現実逃避している光司を尻目に、ゴブリンどもが光司の荷物に気付く。
血まみれの手で、血抜きの時間の手慰みにと漁り始めた。
それに気付かない光司は、ブツブツと向こうの世界へ旅行中だ。
時々、ウヘヘとか言っていてかなり気持ち悪い。
ユズはと言えば、恐怖のあまり目が虚ろになっている。
そんな最中…
ゴブリンさんが、ポータブルDVDプレイヤーを発見。
「ギャガゥ?」
「ギャガガッガ」
振ったり、撫でたりしているが、使用法など分かるまい。
だが、何かの拍子に折り畳みの画面が「パクッ」と開き…同時に起動しちゃう。
だって、スリープ状態で画面を閉じていただけだもん。
そりゃ動くよ。
画面付いちゃうよ?
あらま、起動しちゃったよ…
光司さんが「抜きどころ」で停止したままの、ドエライ場面で───
しかも、イヤホンはゴブリンさんのせいで抜けて落ちている…つまり、音声丸流しで再生中…
>>>>>>
「アアアァァァァン!!」
とばかりに電車ゴッコ中の女優がデンと画面に表示…背後からは隣人のアメリカ人ジョージが電車連結中だ。
突然の大音量に、ゴブリンさんビックリ。
光司さんもビックリ。
ユズさんは????
……
…
全員が固まる中、間男ジョージと女優の音声のみ流れるシュールな状況だ…
「イエスイエスイエス!!!」
と、野太い声で叫んでいるのはジョージだ。
中年だがイケメンのアメリカ人は、この「団地若妻」シリーズでは根強い人気の男優らしい。
ちなみに光司の彼の事は嫌いではない。今のこの状況でなければ…
心中お察しします。
蒸し暑くうだる様なジャングルで、バラバラのゴブリンの死体が調理される中、縛られた人間二人と、絶賛残虐行為中のゴブリンさん達がいるその中で、電車ゴッコの嬌声がひたすら響いている。
…死にたい。
光司はただそう思った。
ゴブリンだけならまだ良しとしよう。
でもね、あのね、ユズさんがいるんですもの…
よくわからないって感じだけど、俺的にはすごくアウトです。
ヒュゥゥゥ~…とどこからともなく風が吹き、場の硬直した空気を強調する。
そんな中ひたすら流れるのは、「団地若妻:昼下がりのジョージ」の一場面だ。
もう、アンアンですよ。
アンアン♪
ヒッドイ安い画面ですよ…
ひたすらアンアンです!
あぁ…だれか、DVD───とめてえぇぇぇえ!!
光司の願いがジャングルの空に消えていく。
※
とめてぇぇぇぇぇ!!
という、叫びとも願いともつかないソレは、どこかへ消えていったが…
ジャングルに響く、電車ゴッコの大音量はある者に聞き入れられていた。
「聞こえるか?」
「あぁ、人の声のようだが…」
顔を見合わせる男女。
動きはしなやかで、足を止めることなく、木々の密生するジャングルを駆けていく。
時にしゃがみ、時に飛び越え、時に蔦を利用して、凄まじい速さで音の発生源に近づいていく。
「ゴブリンどもが狼藉中か?」
「分からんが急ぐよ」
声の頃は若く、影は凸凹で男が長身、女は低身長だ。
トントントンと軽快に大木の枝を伝い、朽ちて傾いた老木に生えるコケの滑りを利用して、スルルルと地面に降り立つと、音の発生源たるちょっとした広場に近づいた。
そこまでくると速度を落とし、音を潜め、声を殺す。
背負っていた短弓を構えると、腰に固定した矢筒から矢を取り出し軽く番うと──警戒したままソロリソロリと近づく。
前方からは人の気配とゴブリンのもの…そして、延々と流れるあられもない声と、野太い男の嬉しそうな声───
「??」
「??」
てっきり、ゴブリンの繁殖行為かと思ったがそれではない。
むしろ人間同士のソレかと思わせる。
しかし、前方には間違いなく、ゴブリンと人間の気配。
様子が分からず、そっと近づき木々と葉の隙間から覗き込むと───
「(なんだありゃ?)」
「(人と…ゴブリンと…何アレ?)」
硬直しているゴブリンはともかく、縛られている人間は随分と憔悴している。おそらく食料と繁殖用に捕らわれた捕虜だろう。
姿格好はこの辺ではあまり見かけないものだが、間違いなくゴブリンの獲物だ。
そして、地面には黒い四角の物体が置かれており、そこから声がする。映し出される窓には、男女のアレが…こうなって、あーなっていた。うん…
「(な、なんなんだ?)」
「(ま、魔道具だと思うけど…破廉恥ね…)」
「(こら! お前は見るな!)」
「(なによ!? 兄さんならいいの!?)」
「(そ、そんなこと言ってない…ってあ)」
「あ??」
……
…
小声でワチャワチャしていたら、ゴブリンさんがいつの間にかこっちをガン見している。
そりゃそうだ。結構声出てたし───
「シィッ!」
「ふん!」
パパンと、番えていた矢を放つ。
短弓故に軽く素早い!
威力こそ、長弓に劣るが、ジャングル内では取り扱いが容易なこれに限る!
「ゲギャァァァ!」「ガッフ!」
寸分違わず喉に突き立つ矢。
たっぷりと矢先に塗られたのは、ゴブリン殺しの異名をとる猛毒スライムの粘液だ。
毒の効きにくいゴブリン対策に作られたこれは、ゴブリンはもとより人間にとっても、矢を放った彼らにとっても猛毒である。
ゴブリン達は、しばらく喉を掻き毟っていたが、そのうち泡を吹き始め…ついにはドゥと倒れた。
それを見計らうと、腰から手斧を抜き出し──ゆっくりと木々の間から姿を現すと、捕虜たちに近づく。
途中、泡を吹いているゴブリンに手早く止めを刺すことも忘れない。
毒の影響で固まり始めている血は思ったほど飛び散らないので、汚れを気にすることもない。
一人が止めを刺すうちに、もう一人が捕虜の拘束を解いてやる。
かなりの脱水症状が進んでいるのか、体温が危険なまでに上昇している。にもかかわらず汗が出ていない。
少女の方は恐怖のあまり失神していた。
こちらは疲労こそしているが、体調はそれほど悪くはなさそうだ。
「飲め」
皮で作った水袋を差し出すと、ヨロヨロと顔を動かし、水を飲み干していく。
グビリグビリと動く喉は、いくらでも干してしまいそうだ。
気持ちはわかるのだが、これ以上は危険だ。
一気に飲ませると、胃が痙攣を起こす。
可哀想だが、ここは心を鬼にしなければならない。
別に水をやらないわけではない。小分けにして与えるだけだ。
「よせ」
グビグビと飲み続ける男から水筒を外す。
少し抗議の目を浴びるが、これは男のためなのだ。分かってほしい。
「話せるか?」
ゴブリンに止めを刺していた男が近くによると、拘束されていた光司に話しかける。
「今水を与えたところだ」
女は何でもないように言うと、ユズを抱きかかえる。
光司はその様子を虚ろな目で見ながら…
何か言わなければと、頭を回転させる。
口には生暖かい水の感触が残っていた。
「あ…」
「「ん?」」
口を開いた光司に視線が集中する。
アッアアァア~~~ン…
「DVDを止めてくれ……」
それだけ言うと、ガクリと力尽きる光司…
暗転する視界の中でジョージが野太い声で「オゥ、イエ~ス!」と言っているのが聞こえた…
Oh、Yeeeeeeesss───
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