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第8話「この世の理不尽」
クラム・エンバニアは…『勇者』暴行の咎で拘束された───。
※
そして、二日後。
王国、審問部───高等裁判長ブーダス・コーベンの開設する特設裁判所にて……。
バンバンバン!
───判決ッ!
「被告、クラム・エンバニアは有罪とするッ!!」
「はっ??」
この一言が俺の頭の浮かんだもの。
え? ……なに、なんなの??
いや……、「はぁ?!」ですよ……!!
「はっ? ではない!! 有罪。有罪だ! クラム・エンバニア。君の罪は審問官による正式な調査と証言、そして申告により………裁定は下った!」
バンバンバン! 木槌で判決を言い渡す。
聞く耳は持たないとばかりに、でっぷりと太った裁判長のブーダスは宣う。
クラムとしては、黙って聞くわけにはいかない話だ。
「よって、君は本日──たった今より罪人だ。そして王国におけるあらゆる権利を失うものとする!」
そして、あれよあれよと言う間に犯罪者。
先日、拘束されてから2日という異例の速度。
ロクに捜査も何もあった物じゃない。
尋問という名の拷問に近い口頭試問と、勇者テンガ・ダイスケの証言、近衛兵団長イッパ・ナルグーの証言の一致。
そして、勇者本人からの申告。
……被害者は、『勇者』のみ───。
は?
ネリスは!?
────俺は!?
「……おい!!!」
聞けよ、おぃ!!!
バンバンバン!!
裁判長のブーダスは、手に持つ木のハンマーを木台に叩きつけ、注目を促すと、
「判決…──────『勇者』暴行罪により、」
いや、
ちょっと待てって!
おい、おかしいだろ!!
なぁ!!!!
「───死刑!!!!」
ッッ!!
「……はぁぁぁぁ!?」
ば、
馬鹿な…!?
う、嘘だろ…?????
「──ま、待ってください!!」
屈強な衛士に挟まれて被告人席に無理やり座らされている俺の背後で、若い女性の声がする。
ネリス?!
「裁判長!! お願いです、待ってください!!」
他にも鈴を転がすような綺麗な声───義母さんの声も。
「おかしい! おかしいよ! なんで兄さんが有罪なの!?」
これは、ミナ?!
「叔父ちゃんは悪くないよ! ねぇ、そうでしょ!」
「おとーたん、悪くない……!」
姪っ子のリズ、
そして俺の子…まだまだ小さな子までが───。
当たり前だ! 俺が何をした??!!
「黙れ!! 傍聴人は静粛にしろ! 君らに発言を許可した覚えはない!」
顔を真っ赤にした裁判長のブーダスが、木のハンマーのようなもので「バンバンバン!」と机を叩いている。
抗議の声は尚も続く。
しかし、どれもこれも俺の近親者のみ。
義母さん、嫁、妹、姪、娘───。
おいおい……なんで、誰も何も言わないんだよ!?
おかしいだろ?
俺が悪いのか……? なぁ!?
振り返った俺の抗議の目に、誰もがそっぽを向く。
真っ向から見返してくる奴も中にはいるが……ニヤニヤと楽し気だ。
視線の先には、家族もいた。俺の味方で、愛すべき人々──。
美しい容姿の義母さん、
彼女は俺が悪くないと言い張ってくれている。
──当然だ!……俺は何も悪くない。
そして、ネリス。愛し、愛されている……最愛の人───ネリス。
当たり前の話だが、彼女もまた俺を擁護してくれている。
──至極当然。彼女は今回の一連の騒動の被害者でもある。
『勇者』に強姦されたのだ……!
むしろ、彼女が傍聴人席にいるのはどうかしている───。
キンキンと騒がしいのは俺の妹。──普段はぶっきらぼうだが、とても優しく家族思いのミナだ。
そして、妹とのその亡き夫の良い所を受け継いだ可愛い姪っ子───リズ。
ミナとリズは共に気勢を上げているが、少々チンマイため、子供がヤイのヤイのと声を上げているだけにも見える。
そして、リズに後ろから抱きしめられている小さな子。
俺の子、愛しい愛娘の───……ルゥナ。
小さな目に涙を溜めて、おとーたん、おとーたんと……。
けれども、愛しき女達の擁護の声も虚しくクラムの刑は確定した。
……。
し、死刑……───?!
死刑とか……嘘だろッ?
おいおい、おい!!
くそ、くそぉぉ!! おかしいだろうがぁぁ!!?
他にも傍聴人はいる。
近所の人も、
───なぁ!? おかしいだろ?
友人も、
───おい!? どう思うよ?
職場の人間や、
───ほら!? 何とか言えよ?
見知らぬ人も……、
───なぁ? どうなんだ……って、
あ、あああ───アイツ!!?? 『勇者』だ……!?
なんで、
なんで、
なんで『勇者』が───!! 『勇者テンガ』がここにいる!?
「あ、あああ、あーー!!」
あいつだ。
あいつを捕まえろよ!!
「ふざけるな! ネリスを強姦したのはあいつだろ! あそこにいる『勇者テンガ』だろうが!!」
「黙れ!! 被告人が……! いや、罪人が勝手に発言することは許可しておらん! 判決は下った。それは覆らん!」
バァン! と一際大きく机を叩く裁判長。
クソがぁ!
その太った脂肪に火を点けてやりてぇぜ!
ギリリと憎しみの籠った眼を、裁判長のブーダスと、『勇者』に交互に浴びせるが、どこ吹く風。
『勇者」に至っては、むしろ面白気にクラムを見ているくらいだ。
「ええい!……さっさと、しょっ引けぃ!!」
見苦しいわぁ! とブーダスが、クラムを囲んでいる衛士に言いつける。
命令を受けた衛士はガタガタ音を立てて立ち上がり、クラムの脇を掴み立ち上がらせた。
──くそ、ふざけんな!
「放せ! 離しやがれ!!」
ジタバタと暴れるが、訓練された屈強な衛士を振り解くことなどできるはずもなく、
「見苦しいぞ!! 刑が執行されるまで自分のやったことを反省したまえ!」
反省!?
反省だと!?
何を、反省する。
反省する中身を教えろよ!!
「うがぁぁぁ! 離せぇぇえええ!!」
俺が……。
俺が何をした!
「うがぁぁぁ!!! 離せ、離せぇぇぇ!!──ネリス、ネリぃぃぃぃス!」
ぎゃあああ、と暴れまくるクラム。
それを抑え込み無理矢理連行しようとする衛士たち。
暴れながらも、クラムの目はネリスを見つめて離れない。
「クラム! クラぁぁぁム!!」
近所の人に抱き留められているネリスがクラムへと手を伸ばす。
「クラム……!」
「兄さん!」
「叔父ちゃん!」
「おとーたま!」
義母さん、
ミナ、
リズ、
ルゥナ、
皆……!
みんなぁぁぁぁぁぁ!!
家族が、
俺の家族がぁぁぁ!!
ああああ、ふざけんなよ!
──がああああああああ!!!
────あああああああああ!!
暴れる!
騒ぐ!
抗議する───
そして、クラムは気づく。……気付いてしまった。
ニヤニヤと、暴れまくる俺を見下すように見ている男───『勇者テンガ』の姿に。
視線は俺だけじゃない。
粘つくような目をネリスや───他の……俺の家族に向けている。
あの野郎ぉぉぉ、何を考えている───!
その目で、俺の家族を見るなぁぁ!!!!
ネリスの下へ……!
家族の下へ────全身全霊で暴れるクラムに向かってブーダスは冷ややかにい放つ。
「なんて男だ! 『勇者』に手を上げて置いて一分の反省も見せないとは! 刑死は過酷なものになるぞ! 覚悟したまえっ」
だ・か・ら……!
だから──何・の・反・省・だ・よ!!
俺は、
俺はァァ!!
ただ仕事から帰ってきたら、『勇者テンガ』が俺の家でぇぇ!!
ネリスを組み敷いていやがったから───その汚ねぇぇケツを、思いっきり蹴り飛ばしてやっただけだろうが!!
嫁が犯されているところを助けて、──なんで罪になるんだよ!
「勇者暴行罪」??
ゆぅーしゃーぼーこーざい、だぁぁぁ!!??
ふざけるな!
「──『勇者』だったら何をしてもいいのか!?」
そんな権利あるのか!
──あああああん!?
どうなんだよぉぉぉお!!
「そんなバカな話があるかぁぁぁ!!」
うぉぉぉと叫ぶクラムに、
「はっは~。馬鹿なやつだな? 知らないのか、いいんだよ…? 俺は『勇者』だからな。他人の家に入ってタンスやら壺を探したり、道具屋の裏から入って宝箱を開けたり、町娘や王女を宿屋に連れ込んでも───何をしてもいいのさ」
──知らないのか?
と、いつの間にか近づいてきた『勇者テンガ』が、俺を見下ろしそう宣う。
「いやー……! 痛かったぜぇぇえ──さすがにまだ鍛え方が足りないみたいだな。お前みたいな町人Aにダメージを受けるとは思わなかった」
て、
「テメぇぇ!!」
衛士を振り解いて掴みかかりたかったが、そうもいかない。屈強な衛士はクラムを押しつぶさんばかりに抑え込んでくる。
くそぉぉお!
せめてもの抵抗として、ジタバタと暴れるも、それは勇者をして笑わせるだけだ。
「お前ぇぇ、死刑になるのかー……。そりゃぁ、悪いことしたね、いやーはっはっは。それにしても、
──……良い女達だよなー。お前の家族……。
ニチャぁぁと顔を歪ませて笑う『勇者』。
その視線はクラムと、その嫁と……義母と妹……姪っこ達を交互に見ている。
こ、
コイツ…!! まさか…!?
おい……お、おいおいおい!!
じょ、
冗談じゃないぞ!?
お、
俺が拘束されている間……。
──誰が家族を守るんだ!?
……いや。
本当に死刑になったら、そのあとはどうなる……?
だれが、
だれが、
誰が家族を守るんだ!?
──ゾッとした悪寒がクラムを襲う。
なによりも……。コイツ──勇者テンガの目……。
ニヤァァ……と歪むその目は肉欲と征服欲に溺れている。
おいおいおい、本当に『勇者』なのかよ!
「なぁ、裁判長さんよー、コイツ死刑なのか?」
「むが?! さ、さいばんちょうさん?? な、なれなれしい……んぐぐ。───そ、そうです。『勇者暴行罪』など、『勇者』を害する行為は即刻、死刑になります」
「ふーん……そうだったっけ?」
こ、
この野郎ぉ…!
「ま、どーでもいいかぁ」
そして興味を失ったかのように、裁判所を悠々と歩いて出ていく。
入り口を守っている兵には最敬礼をされていやがる……───くそ!
「絶対に間違ってるわ……───」
「必ず救い出してあげるから、兄さん待ってて!」
ギリリと歯を噛みしめて勇者の後ろ姿を見送るクラムの家族。
その言葉と、力強い励ましにクラムは少しだけ落ち着くことができた。
義母さんの強い意志の籠った目と、ミナの力強い視線……!
誰も彼もが、クラムを責めているわけではない。
少なくとも俺の家族だけは、家族だけは……味方だ!
クラムを信じ、今も信頼してくれている。
だから、俺はまだ……──────。
「ええい、目障りだ! 早く連れて行け!」
バンバンバン!!
ブーダスの野郎が、クラムを追い払うように、衛士に命じる。
……覚えていろこの野郎。
こんな裁判不当だ!!
弁護人もいない。
証言も適当。
オマケに知っているぞ俺は!!
お前が賄賂を受け取っていることくらいなぁぁああ!!
だが、体制はクラムに味方しない。
勇者第一主義を掲げる王国では、クラムのような庶民の処遇など笑い話で決められることもある。
そして、
クラムは反体制ということらしい。
なにせ、強姦野郎を現行犯で捕まえようとしたら───逆に『勇者暴行罪』として死刑を宣告されたのだから。
それが、王国が決めたこと。
勇者に取り入り、操るために庶民に無理を強いる……。
体制と反体制。
クラムは、反体制だったのだ……。
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