馬になった人魚姫

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馬になった人魚姫

 人魚国家は七つの海を合わせて四十六国、淡水域の小国を入れれば現在、世界に八十八国存在する。内、政治権力の有無を問わず君主制を採っている国は十八国。  各国の“人魚姫”――つまり未婚の女性王族を合わせた総数は八十三名。  それほど珍しい存在ではないのだ、人魚姫などというものは。掃いて捨てるほどいるのだ、人魚姫なんて。 「いやいやいや。だからって、殿下が好き勝手していい理屈はありませんよね?」  政治権力のない象徴王族の、大きな外交にも絡まない地味な姫が一人がいなくなったって、大して問題にはならないのだ。 「なりますよ。世界的な大ニュースですよ。殿下はご自身の影響力を軽視しすぎでは?」  私よりその辺のアイドル歌手の方が人気も知名度も影響力も高いのだ。恐らく、人気アイドルの引退会見の方が余程の大騒ぎになるだろう。 「その、お芝居の独白みたいに喋るのやめてくれませんか? こっち見てくださいよ。殿下?」 「うるさいなぁ」  再三の口喧しい指摘を受け、私は諦めて声の方へ身体を向けた。  魚体に絡ませた寝床昆布を(ほど)かなければならないので、些か面倒ではあったが……昼日中から仕事もせずに寝床でプカプカしていた妙な罪悪感もあるので、文句も言い難い。  むすっと水で膨らませた顔でこちらを見ているのは、外交官一族の娘にして私の幼馴染たるハリセンボン子であった。  私の部屋の戸口辺りで、小揺るぎもせず静止している。  そして、下半身の魚体部分はトゲだらけであった。随分機嫌が悪いらしい。 「だから誰かに言うの嫌だったんだよ」 「誰にも言わずに実行されなくて何よりでした。急に殿下が消えたら大騒ぎじゃ済みませんよ。王族の誘拐なんて話になって、下手したら戦争まで起きかねません」 「ボン子は大袈裟だなぁ」 「大袈裟なもんですか」  絶対王政時代から先祖代々外交に携わるため自国王族との繋がりも深く、本人も私や家族との付き合いが長いボン子はともかく。一般の国民はそこまで王族に興味もあるまい。姉夫婦には甥も姪も生まれており、王族の血筋も安泰だ。  だから、私一人がいなくなったところで、どうということはない。王族の生活費は国民の血税から出ているのに義務も果たさず失踪するとは無責任な、などと的外れなことを言う愚か者はいるかもしれないが、うちの両親だって馬鹿みたいな重責を負って働いて、私達を養っているわけだし、一般企業と何の違いがあるものか。何なら私だって納税くらいしている。私が扶養を受けた恩義と責任を負うべきなのは、両親に対してのみである。  あとは、ボン子にもまあまあ迷惑をかけてきた自覚はあるが。 「でもさぁ。異種族に憧れるのは、人魚姫の宿命じゃないか」  なりたいものは何か、と聞かれたことがあった。  将来の夢というやつだ。王族が将来を選べるのは、いい時代だと思う。  だから私も選んだわけだ。 「だからって。馬はないでしょう、馬は」  馬になる道を。  小さい頃から、馬が好きだったので。
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