1人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
彼女……雪城エリに出会ったのは、ただの偶然に過ぎなかった。そもそも、平凡と言って差し支えない人生を送っている僕と、彼女引き合わせるためには偶然の二つや三つ重なる必要があった。
モブとプリンセスの出会いといっても差し支えない。
エリは、脊髄の障害によって車椅子で生活をしていた。右の足は一応力が入る。数十秒程度なら片足立ちできるくらいらしいが、左足は感覚すらない。
そんな現実を影一つない笑顔で語ってくれた眩しい人。
あの日、僕はなんとなく外を歩いていた。何かあてがあったり、買いたいものがあったわけでもなく、なんとなく音楽を聴きながらぼーっと歩いていただけだった。
そんな、余裕に満ち溢れている時間の中で、目の前に倒れた車椅子と、地べたを懸命に這っている女性が現れたら。
そりゃあ、後先考えずに駆け寄ってしまうものだ。
「大丈夫ですか!」
ただでさえ、人目のあるところで転んでしまって慌てているのに見知らぬ男が大声で駆け寄ってきた怖さ。
僕の声によって彼女はもはやパニック寸前の状態になってしまった。
僕は、『余計なことをしてしまったかも』と後悔して頭を搔いた。
車椅子は立て直したが、改めて考えると彼女を抱き上げてもいいものなのかと不安になった。自分の度胸のなさをここまで恨んだことはない。
ただただ惨めな数秒間。僕は彼女を見下ろし固まっていた。
何かを察したのか、見ていた一人の女性が駆けつけてきて彼女を抱えて車椅子に乗せた。
注目を浴びたくなかったのか、厄介ごとに絡まれたくなかったのか。仕事だけ終えて、何も言わずにその女性は立ち去って行った。
様子を見ていた人たちも、ことが終わったのを確認して、また歩を進めていく。さっきまで非日常感ある空気に包まれていた周囲が、一瞬で日常に変わった。
でも、車椅子の女性は顔を真っ赤にして、涙目で僕を見上げていた。何かを言いたそうで、でも声が出ないといった感じだった。
「大丈夫ですよ。どこか違う場所に移動しましょう。落ち着いてください」
そう言って笑って見せると、彼女はほっとしたように目じりが下がりこくりこくりと頷いて見せた。
そうして、僕は初めて雪城エリの車椅子を押して、最寄のカフェまで連れていき、そこで改めて色々話を聞いたのだった。
わざわざ、カフェにまで連れていく必要があったかと言われれば『ない』としか言えない。
助けた人が、想像以上に可憐で、しかも雰囲気も悪くはなかった。ここで、車椅子を道端に寄せて落ち着くのを見計らってから「じゃあ、これで」といって立ち去る。
僕はそんな『優しいだけの人』ではないのだ。
お近づきになれるかもしれない。
それに時間はあるし。
恩も売れるかもしれない。
別にその恩がどうとか、お近づきになれてどうとかは考えるものではないだろう。その後のことはその後のことだ。ただ、その後を生み出すためのチャンスがあれば逃したくないといっただけだ。
まぁ、結果として二時間近く彼女と話して結構楽しかったし、連絡先も教えてもらった。売った恩はカフェの代金をおごってもらうことで片付いた。
最初のコメントを投稿しよう!