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第十八話「夜分の訪問者(後)」
上丸渕が特殊部隊と共に立ち去った後。
アパートのドアを閉めたライは、暫くその場に留まった。
そして、上丸渕たちが複数の車に分乗して、走り去って行く音が外――ドアの向こうからから聞こえるのを確認した後――
〝五感〟の〝限界〟を脱がして、外の様子を探った。
すると、特殊部隊の男が残り、アパートの塀に身を隠しているのを感知した。
(一人……いや、二人か。まぁ、監視をつけるのは当然だな。これで、誰も見張りがいなかったら、逆にこの国は大丈夫かと疑っていた所だ)
彼らからは殺気が感じられなかったことから、
(ただの監視だろうし、大丈夫だろう)
と判断したライは、肩の力を抜き、玄関から部屋の奥へと戻って行った。
――直後。
「僕は君のものじゃない!」
――仁王立ちしたリンジーが、心外だと言わんばかりに、抗議した。
リンジーの言葉に、ライは慌てて、
「あっ、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。アレは、その場の勢いで言ってしまったというか、何と言うか……」
と、しどろもどろになって、弁解した。
そんなライを見て、リンジーは、
「でも、僕を守ろうとしてくれたのは、分かった。その点に関しては、感謝する」
と言って、頬を朱に染めながら、目を逸らした。
意外な反応をするリンジーに対して、ライは、
「おう」
と言うと、微笑んだ。
すると、二人のやり取りを見ていた紗優が、
「じゃあ、夕ご飯作るね!」
と言って、明るい顔でキッチンへ向かった。
そして――
「「おおっ!」」
凄まじい手際の良さで次々と料理を作り上げていく紗優に、感嘆の声を上げるライとリンジー。
然程時間も掛からず、夕食は完成した。
テーブルの上に並べられた料理の数々を見て――
「「おおっ!」」
再び、ライとリンジーは感嘆の声を上げた。
豚の生姜焼きに、付け合わせのサラダ。肉じゃがに、法蓮草の胡麻和え。
更に、胡瓜と蛸の酢の物と、若布と豆腐と玉葱の味噌汁(勿論、赤味噌)。
最後に、白いご飯と麦茶だ。
「これだけの種類の料理を、こんな短時間で……。魔法みたいだな……」
驚きの余り、溜息をつくライに対して、
「クスッ。大袈裟だよ」
と、紗優は笑った。
そして、三人はテーブルを囲んだ。
「「いただきます」」
と言って手を合わせるライと紗優を見て、これがこの星の作法か、と思い、リンジーも真似して、
「いただきます」
と言った。
ライは、まずは豚の生姜焼きを食べてみた。
すると――
「美味い!」
醤油・味醂・日本酒・砂糖によって味付けされて焼かれた豚肉は、香ばしい香りとジューシーな肉汁が溢れ出て来て、自然と白米が進む。
肉じゃがは、じゃが芋がホクホクで、味がしっかりと染み込んでおり、牛肉の細切れ・玉葱・人参・白滝と、絶妙なハーモニーを奏でる。
味噌汁は、鰹削り節によってきちんと出汁を取っており、赤味噌との調和が取れて、深いコクと共に旨味が口一杯に広がる。
法蓮草の胡麻和えも、調理過程できちんと水切りをしてあるため、味がしっかりと、しかし適度についていて、申し分ない。
胡瓜と蛸の酢の物は、それ自体も十分美味いが、肉料理を食べた後の口の中をさっぱりとさせてくれるため、ここで一回リセットする事で、また肉料理を食べたくなる。
「凄い美味いぞ! 店出せるんじゃないか?」
「もう、そんな事言って! でも、喜んで貰えて、良かった」
絶賛しつつバクバクと食べるライに対して、紗優は微笑んだ。
リンジーも、フォークで刺しながら口元に運んでもしゃもしゃと食べつつ、
「確かに美味だ。スイーツの次にな」
と、分かり難いが、彼女なりの最大の賛辞を送った。
「リンジーちゃんも気に入ってくれたみたいで、良かった」
と、宇宙人である彼女の舌に合うか心配していた紗優は、安心した。
半分ほど食べたところで、ライは、
「それにしても、何でこんなに料理が上手いんだ? そういう部活に入ってるのか?」
と聞いた。
紗優は、首を振った。
「ううん、違うよ。この三年間、自分で一生懸命練習したんだ」
「練習、か。偉いな。何か目的があったのか?」
「そりゃあ、勿論、ライ君が――」
と、紗優が口を滑らせ、しまった、という顔をすると――
「ん? 俺?」
と、ライが聞き返したので、
「えっと、その……そう! ライ君みたいに、困ってる人がいた時に、助けられるように! ほら、ライ君、三年前、ちゃんとしたご飯、食べてなかったんじゃない?」
と、紗優は言い直した。
「ああ、初対面の頃か。確かにあの頃は、スーパーで試食を食べて、公園で水を飲んで、飢えを凌いでたな」
「でしょ?」
「なるほどな。確かに、あの頃の俺みたいなやつがこんな美味い料理を食べたら、感動して号泣してしまうかもしれん」
何とか誤魔化せたことで、紗優は、胸を撫で下ろした。
本当は、ライがいつ脱獄して来ても振る舞えるようにと、紗優は料理の腕を磨いて来たのだったが、それは言わなかった。
「ふぅ~、食った食った! 美味しかった! ご馳走さま!」
「美味だった。ご馳走さま」
「お粗末さまでした」
手を合わせるライと紗優に、リンジーも倣う。
食事を終えた後、
「せめて、片付けくらいは手伝うよ」
「ありがとう」
と、ライは、皿洗いを手伝った。
幸せな気持ちで満たされていたライだったが――
――この後、男としての試練が待ち受けているとは、夢にも思わなかった。
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