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第七話「牢獄での三年間」
ライは、N刑務所に収監された。
思いを馳せるのは、金髪ポニーテール美少女の事、自分が守ると言いながら約束を果たせそうにない、ビルから飛び降りた黒髪美少女の事、そして――
「……母さん……ごめん……」
――母親の事だった。
ただでさえ、事故死して悲しませているのに、今度は犯罪者になってしまった。
しかも、百万人という、類を見ない程大勢の女性たちに対して行われた性犯罪という事で、国民を早く安心させるために、一週間という極端に短い時間で裁判が行われ、出された判決は、前代未聞の長期に亘る禁錮刑――禁錮千年だ。
ライが上告しなかったために、第一審である地方裁判所で刑は確定され、執行された。
(母さん……元気にしてるかな……)
神に言われた通り、もしも自分の正体を告げたならば、ライは神に殺されることだろう。
そのため、もし会えたとしても、自分が息子である事は言えない。
(でも……それでも……!)
だが、それでも会いたかったのだ。
溜まりに溜まった性欲と、勇者たちに対する羨望と劣等感に起因する自分勝手な復讐のために性犯罪を重ねて来たライだが、獄中で思うのは、心を傷付けてしまった女性たちと、親不孝をしてしまった母親の事だった。
だが、禁錮千年の性犯罪者である自分には、今出来ることは、殆どない。
(さて、どうするか……)
ライは、右手で右の耳朶を触りながら思考した。幼い頃からの癖だ。
独房を見回すライ。
「まるで、核シェルターだな……」
分厚いコンクリート壁で五重に覆われ、分厚い扉を五回潜らないと辿り着けないこの独居監房は、不可思議な力を持つライのための特別製だ。国家転覆を謀るような大犯罪者が現れた時の為に作られながらも、一度も使われた事が無かったこの独居房が、ライという世紀の大(性)犯罪者の登場で、日の目を見る事となった。
(今の俺に出来る事……俺がすべき事は……)
思考を重ねたライは、ある決断をした。
(よし、魔法の修行をしよう!)
母親に関しては、申し訳ないと思うものの、今出来る事は何もない。もし自分が息子だと分かれば会いに来てくれるかもしれないが、正体をバラすと神に殺されるため、それは不可能だ。
であるならば、自分が心を傷付けてしまった女性たちの為に行動しようと思ったのだ。
(今度は、女の子たちを、傷付けるのではなく、〝守る〟ために魔法を使おう!)
無論、禁錮千年なので、普通に考えれば、もう刑務所からは出られない。
だが、もしも何か緊急事態が起こった時には、脱獄して、女の子たちを助けようと、ライは考えた。
具体的には、戦争が起こる、大規模なテロが起こる、大地震が起こる、等だが――
(……もしかしたら……そういう事も、有り得るかもしれないしな……)
自分が異世界から転生し直し、この世界で魔法を使って暴れた事から、「他の者が自分と同じように日本へ転生し直して、剣や魔法で暴れる」という可能性も、ゼロではなかった。
万が一そうなったならば、女の子たちを守るのが自分の役目だ、と考えて、ライは修行を始めた。
ちなみに、ライが、作業義務が科せられる懲役刑ではなく禁錮刑となっている事には、理由があった。
初犯であった事が一つ。
そしてもう一つが、百万人とはいえ、服を脱がした百万人の女性の内、怪我をした者は皆無で、強制性交等罪や強制わいせつ致死傷罪ではなく、強制猥褻罪であるため、それで千年――実質無期刑――とするのであれば、刑に服する間は、何かしら配慮すべきでは、という判断がなされたのだ。
更に、本来の禁錮刑は、看守によって常に監視されており、独房内で勝手に動く事は出来ないが、それも、この犯罪で無期刑にするならと、独房内で自由に動く事が許された。
それを利用して、ライは毎日、牢獄の中でひたすら魔法の修行を続けた。
〝脱がし魔法〟を、更に強化し、ブラッシュアップするために。
尚、異世界と同じように魔法を使っているライだが、そのような芸当が可能なのは、地球にも魔力があるためだ。しかも、異世界と違って、地球上では魔法を使える者が他にいないため、そこら中に魔力が有り余っていた。
※―※―※
――そして、三年間弱が経過した。
※―※―※
牢獄の中で脱がし魔法の鍛練をして行く中で、脱がし魔法自体の強化と共に、ライは、膨大な魔力を体内に蓄えて行き、最終的には、地球にある魔力の殆どをその体内に保有するに至った。
それは、普通の人間の魔法使いには決して出来ない事だが、ライは、〝自分の体内に蓄えられる魔力量〟の〝限界〟を脱がし魔法で〝脱がす〟、という事を何度も繰り返し、その結果として、実現させたのだ。
その時にライの脳裏を過ぎったのは、異世界で魔王と戦った時の事だった。
鉄壁の魔王が身に纏う鎧を剥ぎ取るための魔力が足りず、無理をして、結果的に命まで落としてしまった事を思い出したライは、
(あの時、俺にもっと魔力があれば……)
と、悔やんだ。
そのため、ライは、修行を通じて、魔王を倒した時とは比べ物にならない程の、強力な脱がし魔法を獲得するだけでなく、更に、異世界の名立たる魔法使いたちが一生掛かっても得られない程の莫大な魔力を、自らのものとしたのだった。
尚、魔法を使った後、一晩寝れば、魔力は回復する。
それは、生まれ持った魔力が、まるで体力のように、消費した分が寝る事で回復するのだが、消費した魔力が多い時には、もう一つの補充がなされる。具体的には、〝寝ている最中に周囲の魔力を、自然に体内に取り込んでいる〟のだ。これらの、〝自然回復〟と〝自然吸収〟という、無意識に行われる二つの作用によって、魔力は回復する。
従って、ライが〝自分の体内に保有出来る魔力量〟の〝限界〟を脱がし魔法で〝脱がす〟という事を繰り返して、睡眠を取る度に、莫大な魔力が、地球からライへと流れ込んで行く事となった。
となると、魔法を使える人間や魔力を扱えるモンスター(例えば、ファイアードラゴンは魔力を用いて炎を吐いている)が多く存在する異世界は、魔力が直ぐに枯渇するのでは、と思われるかもしれないが、その心配は無い。
何故なら、魔力を扱える人間やモンスターたちが死ぬ度に、それらの死体から全生命エネルギーが一気に放出されて、それが膨大な魔力に変換された上で星に戻るからだ。そのようにして異世界の魔力は補充されている。
ちなみに。
修行を始めた当初、牢獄を囲う分厚い壁を再度見て触ったライは、
「これ、丁度良いな」
と言いながら、脱がし魔法の特訓に使っていた。
そのため、四方を取り囲む壁は、あちこちが変形し、歪み、穴が開いていた。
数日も経たない内に、一番内側の壁が使い物にならなくなったので、見兼ねた国は、新たな壁を設置しようと、業者たちを派遣した。
すると、即座に、三人の業者たちがやって来た。
手慣れた様子で、古い壁を取り除き、新しい壁を設置していく男たち。
そして、数時間。遂に完成した。
「ふぅ。これで完成だぜ!」
「親方! やりましたね!」
「親方! 国からの依頼を短時間で成功させたなんて、これでうちの会社も安泰ですね!」
「ああ、お前たちも良くやってくれた! 今日は祝杯だ!」
と、汗を拭いながら、力仕事で鍛えた屈強な身体を持つ、精悍な顔をした男たちが――
「なんか、ごめんな」
と、徐に壁に近付いたライが、デコピン一発で壁を粉砕すると――
「「「いやああああああああああああああ!」」」
――と、まるで女性のような悲鳴を上げた。
ライは、壁の〝防御力〟を脱がして、自分の〝攻撃力〟の〝限界〟を脱がした上でデコピンをして、壁を粉々に砕いたのだった。
「ちくしょう!」
膝をついて涙を流しながら叫ぶ親方を見て、弟子たちも、
「お、親方……おいらたち、どうすれば……?」
「親方……俺っちたちの仕事は、無駄だったって事ですか?」
と、膝から崩れ落ちる。
彼らが所属しているのは、親方が立ち上げた小さな会社で、今まで、人数が少ないながらも、堅実且つ早い仕事で信頼を勝ち取って来た。これまで請け負った中で、難しい仕事は幾つもあった。が、こんな敗北感を味わったのは、初めてだった。
――だが。
親方は、諦めなかった。
「いや、まだだ! 俺は諦めない! もう一度だ! もう一度、壁を作るんだ!」
「「お、親方あああああああああああ!」」
涙を浮かべ、抱き合う三人。
――が。
「いや、なんか、本当にごめんな」
「「「いやああああああああああああああ!」」」
再度設置した直後、またもやライの指先一つで破壊された壁の前で、男たちは悲鳴を上げ、崩れ落ちた。
「ちくしょう! 諦めてたまるか! やってやるぞ、てめぇら!」
「「親方あああああああああああ!」」
再び、歯を食い縛って立ち上がる親方と弟子たち。
その後も、彼らは、壁を壊される度に新たに設置しに来て、また壊されて……という事を繰り返した。
そして。
三年弱経った頃には、彼らは全員ノイローゼになっていた。
が、彼らが尽力したお陰で、ライは効率的に修行を続けることが出来た。
※―※―※
さて。
三年弱経った、ある日。
ライの牢獄に役人がやって来て、出し抜けに言った。
「貴方を、ここから出してあげましょう」
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