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第二十二話「新生活(前)」
母親が帰った後、
(歩いて来たんだな。健康のために運動しているのか?)
と、ライが考えていると――
「これは、当面の生活資金です」
と、上丸渕が小さな封筒をライに差し出した。
ライが中を確認すると、十万円入っている。
更に、上丸渕は、
「銀行の口座には、百万円入れておきました。足りなくなったら、言って下さい。追加で入金します。それと、家賃と水道光熱費は、全て国が、代わりに大家さんに支払っておきますので」
と、銀行のカードと、暗証番号が掛かれた紙をライに手渡した。
「ありがとう」
と、ライは礼を言った。
(きっと国から援助はあるだろうとは思っていたが、助かる)
ライが銀行カードを見ると、そこには〝ラ イ〟とあった。
(名字がラで、名前がイかよっ!? そりゃ世界には、短い名前の人もいるだろうけどさ! 非常事態だからって、国、やりたい放題だなおい!)
ライが内心で突っ込んでいると、上丸渕は、「そうそう」と、付け加えた。
「この家から半径一キロ以内の住民には、念のために、全員避難して貰っていますので」
その言葉に、ライは、
(だから、ここに向かっている途中で、急に人通りが途切れたのか!)
と、納得した。
(それにしても、半径一キロか……やり過ぎ……でもないか。地球を滅ぼされ掛けたんだ。そのくらいはするか)
ライが思考していると、上丸渕は、
「では、私はこれで」
と言った。
「じゃあな、丸縁眼鏡」
「上丸渕です」
という、いつものやり取りをしつつ、上丸渕は、近くに駐車しておいた車に乗り込み、走り去った。
「じゃあ、早速家の中に――」
と、ライが紗優たちの方を向くと――
「! 大丈夫か!?」
――紗優が泣いていた。
「……うん、大丈夫。大家さんが、すごく悲しそうだったから、つい……」
どうやら、貰い泣きしてしまったらしい。
ライの母親は、息子に関して、詳しいことは何も言っていない。
だが、息子に〝何か〟があった、という事は、十分に伝わったのだ。
(初対面の相手なのに……。優しい子だな……)
ライは、優しい表情を浮かべながら、
「取り敢えず、家の中に入ろう」
と言った。
「……うん」
ライに促されて、紗優、そしてリンジーは、石畳の敷地にある数段の階段を上り、玄関を開けて、家の中に入った。
(四年振りか……)
懐かしさを感じつつ、玄関を上がって直ぐ右手にあるリビングへ、三人で入る。
奥にテレビがあり、その前にテーブル、そしてソファーがあった。
(昔のままだな……)
テーブルの上を見ると、ゴミを出す場所と曜日など、生活に必要な情報が書いてある書類と、他には段ボールが二個置いてあった。
手前にある段ボールをライが開けると――
「男物だ! 助かる!」
――男物の衣類が入っていた。一番上には、<宜しければ、どうぞ。上丸渕>と書かれた紙が置いてある。
(やるじゃねぇか、丸縁眼鏡!)
そして、奥の段ボールを開けたリンジーは――
「おおっ!」
と、歓声を上げた。
「ウイロウ!」
段ボールの中には、様々な種類の、大量の外郎が入っていた。
それは、昨晩、ライが上丸渕にメッセージを送って、頼んでいたものだった。
リンジーは、直ぐに茶色い外郎を発掘し、
「これだ! ミソウイロウ! これが至高の逸品だ! これをたくさん食べられるなら、他のウイロウは要らないくらいだ!」
と、目をキラキラ輝かせながら、熱弁した。
(そんなに味噌外郎が好きだったのか。今度上丸渕に頼む時のために、覚えておかないとな)
と、ライは思いつつ、ソファーに座っている紗優の隣に座るのは気が引けて、玄関側の壁の近くにある椅子に座った。
(これも、まだあったんだな。春までここで暮らしていた人たちが、処分せずに置いておいてくれたのか)
そこは、昔、母親が趣味で引いていたピアノが置いてあった場所だった。父親の死後、生活苦からピアノは売ってしまったが、幼いライが、ピアノの椅子を好み、ニコニコしながらよく座っていたため、椅子だけは残しておいたのだ。
ライが感慨深げに椅子に座りつつ、他の二人を見ると、リンジーは、味噌外郎を二つ手に取って、袋から出す所だった。
リンジーは、紗優の隣に座って、
「紗優」
と、味噌外郎を一つ差し出した。
「え? くれるの?」
涙に濡れた目で見詰め、そう聞く紗優に対して、リンジーは頷き、
「美味いぞ」
と言って、片方の味噌外郎に齧り付いた。
紗優は、
「ありがとう、リンジーちゃん」
と言って、もう片方を受け取った。
紗優は、一口食べると、
「……美味しい」
と、リンジーを見て、微笑んだ。
それを見て、リンジーも、そうだろう、と言わんばかりの顔で、笑みを返した。
そんな二人のやり取りを見て、
(紗優が泣いていたから、元気付けたかったのか。どれだけ食べても足りないくらいの食いしん坊の癖に、世界で一番好きな食べ物である味噌外郎をあげてでも、笑顔になって欲しかったんだな)
と思い、ライも、思わず頬が緩んだ。
味噌外郎を食べ終えた後。
「うん、もう大丈夫!」
と、紗優は立ち上がると、
「もう、こんな時間! 私、お昼ご飯作るね!」
と、隣の部屋――ダイニングキッチンへと歩いて行った。
壁に掛かっている時計を見ると、十二時過ぎだった。
ちなみに、調理器具は、一通り揃っている。
更に、この家は、家電、それに家具も、一式揃っている。
相変わらず恐ろしい手際の良さを見せる紗優だったが、
「あれ? おかしいな……」
と、フライパンをガスコンロの火に掛けつつ、呟いた。
「どうしたんだ?」
と、ライがキッチンに入って行くと、
「えっとね、ガスコンロの火が、強火にしても、中火くらいにしかならないんだ」
と、首を傾げながら答えた。
この家には、IH等という洒落た物は無く、ガスコンロしかない。
二口あるのだが、紗優によると、どちらも同じ状態だと言う。
(そう言えば、うちのガスコンロはそうだったな。母さんが以前言っていたっけ。『ちょっと調子が悪いのね。でも、消えずに頑張ってるんだもの。偉いわ』って)
ライが昔の事を思い出していると、紗優は、ライが心配していると思ったのか、
「あ、でも、大丈夫だよ。ちょっと時間は掛かるけど、出来なくは無いから」
と、言った。
すると、〝火〟という単語に、ピクッと反応したリンジーが、キッチンに入って来て、言った。
「紗優。少し離れていろ」
「え? うん、分かった」
紗優が少し距離を取ると、リンジーは、ガスコンロに手を翳した。
その直後――
「え!?」
――ガスコンロの火の一部が〝切り取られて〟、ふよふよと浮かび上がった。驚く紗優。
スーッと、自分の手元まで引き寄せた火を見たリンジーは、
「なるほど」
と呟くと、火の切れ端に魔力を込めて、空中を移動させ、再びガスコンロに戻した。
すると、炎が大きくなった。
「わぁ! すごい! 魔法みたい!」
(いや、魔法だけどな)
感嘆の声を上げる紗優に対して、内心突っ込むライ。
「ありがとう、リンジーちゃん!」
「大した事じゃない」
礼を言う紗優に対して、リンジーはそう言った。
(魔法、か)
魔法という単語が出た事で、ライは、再び調理作業に戻った紗優に向かって、言った。
「そう言えば、紗優の前で、俺たち、普通に魔法とか魔力とかの話をしちゃってたよな。えっと、何て説明したら良いかな……」
すると、紗優は、
「ライ君やリンジーちゃんの、手品みたいな凄い力のことでしょ?」
と、手を止めずに聞いた。
「ああ、そうだ」
と、ライが頷く。
紗優は、
「初対面であれだけ不思議な事されたんだから、魔法が使えるって言われても、驚かないし、信じるよ」
と、微笑んだ。
そんな紗優を見て、
「そうか」
と、ライも笑みを浮かべた。
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