今どこにいますか?

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今どこにいますか?

「今どこにいますか?」  漂ってきた甘すぎる香水の匂いに、マスクの下で息を止めた。 (師匠!今、どこにいますか?)  私の師匠は、まあまあ有名な占い師です。顔出しNGで、時々、磨りガラス越しにテレビ番組でも鑑定をしています。完全予約制ですが、稀にキャンセルが出た場合のみ、当日券を発行して、予約無しでも鑑定することもあります。  そうです。今日はその稀なキャンセルが出た為に、私の息の根が止まりそうです。 「ねぇ。清彦(きよひこ)は、今どこにいますか?」  知らねぇよ、という心の声を呑み込んで、鑑定用シートに相手の個人情報を書くように促すと、香水オバケは素直に、魔法少女が持つような羽根ペンで、いそいそと書き込み始めた。  この羽根ペン、インターネットでも販売しているんだが、よく売れる。  原価を知ったら…………やめよう、一部は私のお給料なのだから。  ありがとう購入者様、インクが出なくなったら、また買ってくださいませ。  はあぁ、しかし苦しいな。  下を向いて香水オバケの死角に入ってから、マスクをずらし深呼吸した。  少しの間、鼻呼吸は諦めよう。  師匠は勘が良い。  占い師だから当然なんだろう。  この面倒くさそうな客が来る前に、「煙草買って来るから、戻ってくるまで影武者よろしくねぇ~」と出て行ったきり、帰ってこない。携帯も繋がらない。  またやられた、逃げられた。何回目かの禁煙宣言を、この前、受け流したばかりだったのに。  チッ、私も学習しろよ。  師匠は対面鑑定の時はマスクをつける。  仮面舞踏会で使うようなドレッシーな模様で、目元しか開いていない。口の周りは多少レース類である程度、話しやすいようにデザインされている。何種類かあるのだが、今日のはやけに毒々しい。  物凄く怪しい、そして胡散臭い。でもその怪しい人が師匠で、現在、その毒々しい仮面をつけて椅子に座り、私はその影武者をしています。 「書きました」  鑑定用シートをこっちに滑らせる。  ひらがなの多い丸い文字は可愛らしいが、読みづらいな。  えっと。菅沼(すがぬま)清彦さん、生年月日と血液型と……同棲中の彼氏で、三日前から行方がわからない、携帯電話はずっと電源が入っていない。金品をほとんど持ち出しているって―――― 「これは、警察に連」 「警察には知らせないでって、置き手紙があったんです!」  話を遮られた相手は、もう半べそをかいている。 (……占い案件じゃねぇな、だから師匠、逃げたんだ)  頭の中の師匠が、舌を出して笑った。 「置き手紙の内容は?」 「これ」  しわくちゃのメモのような物を取り出す。  殴り書きの……追い詰められた文字が、強引にちぎった紙切れに書かれていた。 【しくじった。しばらく行方をくらますから、警察には知らせるな。愛している、(もえ)】  はぁ……  バレないように溜め息を、薄く吐き出す。 (なんで、ウチに来るかなぁ) 「萌さん、私は、占い師ですよ」  子供に言い聞かせるように、話しかけるが、 「知ってます。でも、海外では、警察に捜査協力している占い師もいるって」   子供のように、真っ直ぐ見つめ返してきた。 「いやいや、ここは日本ですよ」 (それで見つけたら、もれなく容疑者にされるから) 「助けてください。……もう、どうしていいのか……」 「だから、警察に」 「それはダメ」  頑なに拒まれる。嫌な思いでもしたのかな。  机に額を擦りつけて、何度も「お願いします、お願いします」と繰り返す。容量が少ないはずの、私の良心が、ピクピク反応し出した。 「菅沼さんの、ご職業は?」 「占い師でしょ、わからないの?」  わかるかっ、という心の声をまた呑み込んで、ちょっと間を置いてから、机の隅に置いてあった占い用カードを、目の前で円を描くようにシャッフルする。  師匠のを見様見真似、これが始まると相談者は、大体が黙る。 「あなたも、質問に集中してくれる、目をつぶってカードに、語りかけるように」 「はい」  仰々しい物言いで、香水オバケ、もとい萌さんを黙らせた。かなり若そうだけど、よく見ると目の下にクマが出来ている。髪も少し脂ぎってる、寝てないし、お風呂も入ってないのか。……だから、香水で誤魔化しているんだ……えっ、トイレも開けっ放しで!、いつ帰って来ても、気づくようにって――――。  そう。  ああ…………そうなの。 「目を開けてください」  今度は、仰々しくカードをめくって見せた。  萌さんが、食い入るようにカードをを見つめる。 「鑑定結果が、出ました」 「どこにいるの?」 「菅沼さんの居場所なんですけど……北の……東北の方角に、でも、一人じゃないようです、金曜日の」 「えっ」  想像とは違う結果に、戸惑いの声を上げる。 「金曜日、たまに遅く帰って来たり、しませんでしたか?」 「たまに、ですけど……えっ?」 「金曜日に会っていた方と、一緒にいるようですね」 「うそっ」  萌さんの指が、小刻みに震えている。 「そう、菅沼さんは噓つきなんですよ」 「そんな……」 「残念ですが、もう、あなたの元へは、帰らないでしょう」 「でも、愛してるって」  振り絞った声が、私の良心に重く圧し掛かる。 「……そう書いてあったから、あなたは警察には行かずに、ここに来たんでしょう?」 「…………でも」  聞き取れない程、弱々しい声に、胸が痛くなるが、 「早く、忘れたほうが、いいんです」  と、はっきり言わせてもらった。  萌さんは黙ったまま、カードをじっと見ている。いくら見ても、結果は変わらない。それにまだ、カード占いは教えてもらっていない。  葛藤して苦しんでいる表情が、ますます曇っていく。 「信じられない、ですよね」  こくんと頷く。 「じゃあ、信じられそうな話をしましょうか。菅沼さん、耳にピアス穴、6コありますよね」  また、こくんと頷く。 「6コ目は、あなたと付き合い出してから、開けましたよね、一緒に」  こくん、こくんと頷く。 「金曜日の方とも、一緒に7コ目を開けたようですよ。萌さんなら、この意味、わかりますよね?」 「っ……」  はっと息を呑んで、それでも、何か言おうとしたが、口を噤んで、止まってしまった萌さん。 (ごめんね……) 「私の鑑定は以上です。今回は料金は頂きませんので、この話は他言無用に願います」  最後は事務的な喋り方で、ほぼ強制的に終わらせた。  まさか、あなたの()()に居ます。  なんて言えないわー。  肩を落とした後ろ姿が、玄関から見えなくなる瞬間、  私にしか見えないものに、頭を下げられた。  7コ目の穴は、頭に開いている。 (悲しませるより、憎まれたほうが先に進めるから…………そんなこと考えられるなら、しくじってんじゃないよ、噓つき)  携帯電話が思い出したように、鳴り出した。 「師匠ー、ちょっと!今、どこにいますか?」
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