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-01 赤い海
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目の前に赤がある。
目を塞ぎたくなるような、濁った赤。
ふと立ち上がってそれを見下ろす様に視線を下ろせば、そこには広い広い海が広がっていて。
でも、それが海じゃないと気づいたのはすぐのことだった。
――ピシャンっ・・・
買ったばかりの皮靴の底を鳴らせば、地面に押し付けたその底から流れた衝撃に素直に水面が静かに揺れた。
一面に広がる、赤い液体が。
思わずそのむしかえすような危ない匂いと鼻につく嘔吐を誘うような匂いに酔いながら必死に鼻と口を手で抑えて隠した。
込み上げる吐き気と、身の毛もよだつ悪寒が体に走って止まらない。
微かに震え始めた右手と両足を一生懸命抑えて赤をまっすぐ見つめた。
目を塞げば遠ざけたくて仕方ないこの現状からもすぐに目を逸らすことが出来るんだろうけど。
それが出来ない。
囚われたようにカッと開いた目ん玉はジリジリと微かな動きをもってしても、目の前の生々しい現状に釘づけだから。
釘づけの視線をそのままに、少しずつ後ろへ後退していけば。
何か固いものに足が当たった。
「―――っ」
見覚えのあるような形状の"物"は、そこに横たわるように倒れていた。
――人間だ。
何故か馴染みのある高校の制服を身にまとったその人間は、白い肌に所々傷がついていて。頭に生えた真っ黒い髪の毛には濁った赤がこびり付いている。
そっと顔を覗き込んだ、気になったから。
此処で倒れるその高校性が、知り合いだと嫌だから。なんて他人じみた思考で。
「おい!早く隠せ、出来るだけ民衆の目に晒すな。仏が可哀想だ。」
「はい!」
気がつけば、赤と自分だけの世界はいつのまにか沢山の人に囲まれていて。怖い顔をしたオジサン達がスーツを着てその人間を苦しそうな目で見降ろしている。
仏・・・この人、死んでるんだな。
先ほどまで生々しく揺れていた赤は、次第にこびりつくような乾いた赤に変わっていて。
「可哀想にな、まだ高校生だぞ。」
「・・・はい、彼の名前判明しました。」
その顔をもう一度覗きこんだ時、釘づけになった目はもう一度見開かれた。
「―――楠木遥、高校三年生です。」
間違いなく、そこで死んでいた人間は俺。
――どうやら俺は今日、死んだらしい。
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