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飼い殺しの犬
……あ
湿っぽい匂いがする。
雨の日の教室。湿気った机。
濡れたシャツのまま授業を受けた時にする、あの独特の匂い。
……雨、降ったのだろうか。
「………」
重い瞼を持ち上げれば、そこに映るのは、相も変わらぬ古い天井。……もう、見飽きる程隅々まで眺めているせいか、何処にどんな形の染みがあるのか……全て把握してしまっていた。
キッチリと締められた白のレースカーテン。
晴れた日は、そこから漏れる光の強さや色で、今が朝なのか夕方なのか判別できる。が、天候が悪いと、中々それが難しい。
……それにしても……喉、渇いたな……
空気に含まれる、微量な水分を取り込むかのように──僅かに唇を割り開き、そこから天へと向かって舌を突き出す。ゆっくりと絡め取った後、ぱくりと口に含む。
……その時だった。
「……いい子にしてるかぁ……?」
ギィ、とドアが開き、男の声と共に近付いてくる足音。
確認しなくても、解る。……渡瀬先輩だ。
「ん?……どうした、お前」
横たわったままの僕に近付き、しゃがみ込んだ先輩が、上から顔を覗き込む。
「……欲しいか?」
酒臭い。
日に焼けた肌に赤みが差し、ギラギラと光る瞳は、何処か焦点が合っていない。
「なぁ、そろそろ欲しいんだろ?」
……そんなモノ、欲しくなんか……
そう強く否定するものの、本能には抗えそうにない。
冷たくなって、小刻みに震えてしまう指先。
先輩の声を聞いただけで……欲しくて欲しくて堪らない。
「舐めろ」
僕の横に両膝を付いた先輩が、ズボンの前を寛がせ、張り詰めたモノを取り出す。
既に屹立したソレを僕の前に突き出し、その先端をグイグイと唇に押し当ててくる。
「……ん、」
乾いた唇を動かし、ソレを抵抗する事なく受け入れれば──ズンッ…と喉奥まで一気に突かれる。
「……ぅ、っぉえ″……っ、!」
嗚咽がし、喉が開く。
苦しさの余り、胃液が迫り上がって涙で視界が滲む。
……危うく、歯を当ててしまう所だった。
「ん″ぅっ……」
「……上手くなってきたじゃん、柚希ぃ」
恍惚とした表情を浮かべた先輩が、ハァハァと熱い息を吐きながら、僕の髪を愛おしげに撫でる。
イカれてる。
柚希は、サークル内では数少ない女性メンバーの一人だ。
先輩は僕を、その彼女だと思い込んでいる。
……いや、錯覚しているんだ。
腰を揺らしながら、先輩が徐に布団脇へと手を伸ばす。
カチャン、と四角い金属ケースの蓋を開けると、ご褒美とばかりに取り出したのは──体幹が細くて短い、小さな注射器。
……ぶるぶるぶるっ、
刺された腕の内側から、薬物が溶け込んでいく。じわり……、と血液が熱くなる。
それが末端にまで押し流されれば、やがて指先に感覚が戻っていき……快感物質が脳内から放出され、じん、と心地好く痺れる。
「……ふ、ぁ……は……、」
僕も、相当なジャンキーだ。
目の前に見えるのは、銀色に光る水道の蛇口。
それに貪りつき、舌先を使って内側のギザギザした所を弄り、ナカを穿る。
一滴でもいい。欲しい。
欲しい。
頭の片隅では、違う! と警鐘を鳴らすものの……
もう、止められない。
止められそうに、ない……
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