第1話:変わってしまった幼馴染

1/1
前へ
/45ページ
次へ

第1話:変わってしまった幼馴染

「999……1,000回!」  王都にある大きな屋敷の、薄暗い裏庭。  夕暮れの中、オレは一人で、剣の素振りに励んでいた。 「ふう……今日はいい感じだったな……」  日課を終えると、何とも言えない高揚感と達成感がある。 「ちょっと、ハリト! 何やってんのよ! あんた馬鹿じゃない!」  そんな時、甲高い少女の罵声が、裏庭に響き渡る。  凄まじい剣幕でやってきたのは、幼馴染であるエルザだ。 「な、何って、日課の剣の稽古だけど?」 「はっ? ハリトが剣の稽古? いつも言っているけど、あんたには剣の才能がないのよ! 無駄って言っているのは分からないの⁉」 「才能が無い……それは分かっているけど」  エルザの指摘は正しい。  オレは剣士としての才能が皆無。  幼い時から、毎日のように訓練の剣を振るってきたが、一向に上達しない。 「はっ、才能? その脂肪だらけの、身体でよく、才能のことを口に出来るわよね!」 「そ、それは、知っているけど……」  エルザに言われずとも、自分が上達できない原因は分かっている。  元凶は、このぽっちゃり遺伝の身体のせい。  いくら運動しても、脂肪が減らない。  この生まれついて特殊な体質のお蔭で、オレは剣がまともに扱えないのだ。 「で、でも、オレだって、男だ。いつか立派な剣士になりたんだ!」  この大陸は危険が多い。  そのため剣士は基本的な職業。  極論として、剣を上手く使えない男は、一人前として見られないのだ。 「はぁ? 立派な剣士になりたい? 女である私と同じことも出来ないのに、そんな夢話するつもりなの、あんた!」  エルザは腰の剣を抜く。 「見てなさい! 『全てを癒し斬り裂け! ……剣術技、第三階位……』  剣術の技の詠唱と同時に、彼女の剣が光り輝く。 「いくわよ……【癒しの抜剣】!  鋭く斬撃を、裏庭の大木に向かって振り抜く。  バターン。  直後、中庭に植えてあった大木が、根元から切断。  大きな音を立てて倒れる。  キュルルルル!  さらに直後、信じられないことが起きる。  切断された大木が、元の通りに再生していくのだ。 「うっ……すごい……」  エルザの剣技を目にして、オレは言葉を失う。  彼女は癒しの剣の使い手【聖女】の称号をもつ、大陸有数の剣士なのだ。 「生まれ故郷とは違って、このくらいの剣の才能がないと、王都では剣士としてやっていけないのよ、ハリト?」  オレと彼女は同じ辺境の村で育った。  だが今から三年前……オレたちが十歳になった時、彼女の聖女としての力が覚醒。  王国の大貴族の目に止まり、エルザは養子として迎えられた。 「この屋敷に、あんたが住めるもの、この私のお蔭なの? 毎日、言っているんだから、その脂肪だらけの脳みそでも、分かるわよね!」  この屋敷は聖女である彼女に、与えられた家なのだ。  今のエルザは全てを手にした。  生まれ持っての剣の才能と、王都でも話題になるほどの美貌。  それに加えて今は地位と名誉、財力を手にしたのだ。 「エルザに剣の才能があるのは、分かるけど、オレも剣士と、まだ頑張りたいんだ」 「はぁ、何回言えば分かるのよ? あんたの才能じゃ、一万回、人生をやり直しても、一人前の剣士になんてなれないのよ!」  一方で王都に一緒に来てから、エルザは性格が変わってしまった。  聖女としての公務のストレスが、彼女を変えてしまったのだ。  そのストレス発散のため毎日のように、オレに対してこうして罵詈雑言で攻撃してくる。  まったく剣の才能がないオレをいじめて、彼女は精神的にギリギリを保っているのだ。  この攻撃は三年間、一日も欠かさずに毎日行われている儀式だ。 「で、でも……」 「あんたは私の従者として、一生、この屋敷の掃除をしたり、料理を作ったり、私の世話をしていればいいのよ? 寄生虫やコバンザメのように!」 「うっ…………」  だが最近のエルザのストレス発散は、極度を越してきた。  幼馴染であるオレですら、もはや反論することは叶わない。  それに彼女の言っていることは正論。 (ついに寄生虫とコバンザメ呼ばわり……か)  今のオレは彼女の温情を受けて、一緒に王都に来ている。  剣士としての才能が開かず、金銭が稼げないオレを、彼女は雇ってくれているのだ。 「無言ということは、アンタもようやく身の程を知ったのね! それじゃ、その汚い剣も没収! 今度、隠れて稽古していたら、次はその右腕の骨を、へし折るから!」 「あっ……」  事件が起きた。  訓練剣を強引に没収されてしまったのだ。  幼い時からコツコツお金を貯めて、せっかく買った愛用の剣を。  今まで手豆が潰れて、血がにじむほど必死で振るってきた剣を。 「なに? 文句あるの? あるなら、腕づくで来なさいよ!」 「うっ……」  声でも出なかった。  聖女である彼女に、オレは腕力ですら勝てないのだ。 「ふん、ヘタレ! それじゃ、いつも通り、ちゃんと夕ご飯を美味しく作るのよ、この馬鹿ハリト!」  そう悪態を言い残して、エルザは屋敷に戻っていく。  そんな彼女の背中を、オレは歯を食いしばりながら見つめる。 (今のオレは本当にダメ駄目な奴だ……それに彼女もこのままじゃ……)  自分自身へとの不甲斐なさ。  そしてオレが側にいることでの、幼馴染の変貌。  愛用の剣を没収されたことで、オレの中で何かが“キレて”しまった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加