110人が本棚に入れています
本棚に追加
第7話:新しい住まい
パワハラな聖女の幼馴染を絶縁。
栄光の自由を手にして旅路へ、オレは北方の街キタエルに到着。
幼い時から憧れていたキタエル剣士学園に、無事に合格する。
◇
「ハリト君。それでは案内するから、私に付いてきてください」
正門で出会ったカテリーナ先生。
眼鏡の丁寧な口調の、綺麗な大人の女性だ。
指示に従い後ろをついて、敷地内を歩いていく。
(カテリーナ先生……大人の女性、って感じだ。でも、腰に剣を下げているということは、腕利きの剣士なんだろうな……)
歩く姿を見ただけでも、剣圧をみたいなものを感じる。
先生はかなりの使い手なのだろう。
どんな流派の剣技を、教えてくれのであろうか?
今から授業の内容が楽しみだ。
先生に案内されて、広大な敷地を移動していく。
「まず、ここが本校の校舎です」
最初に案内されたのは。三階建ての大きな建物。
生徒の学び舎、キタエル学園の校舎だという。
(大きな建物だな……でも、何か、やっぱりアレだよな?)
校舎の外観も、正門と同じように薄汚れていた。
せっかくの歴史ある建物が、どうしても薄暗く見えてしまうのだ。
「薄汚れていて、驚いていますね、ハリト君?」
「えっ⁉ そ、そんなことは……」
なんで、考えていることが分かったんだろうか?
もしかして、カテリーナ先生は“読心流”とかの、剣の使い手なのか⁉
「いえ、違います。顔に出ています。嘘がつけない性格ですね、キミは」
「あっ……」
そういえばオレは顔に出てしまうタイプ。
失礼な態度を出してしまった。
「そんなに恐縮しなくても大丈夫です。最初に話しておきますが、今この学園は経営危機で、整美が追いつていないのです」
「えっ、経営危機……?」
まさかの事態に、思わず耳を疑う。
キタエル学園といえば大陸に名高い名門校。
それなのに一体どうして?
「実はここ数年、当校は優秀な剣士を輩出できず、大きな大会でも惨敗続く。そのため王国からの援助金も減って、経営危機に直面しているのです」
オレの素朴な疑問に、カテリーナ先生が丁寧に答えてくれる。
なるほど、そういうことだったのか。
基本的に剣士学園は、国の援助で成り立っている。
魔物や魔獣を闊歩する大陸で、国を維持するために剣士は必須。
優秀な剣士を輩出できない学園は、次々と縮小されていくのであろう。
「理由は分かりましたが、こんな重要なことを、新入生のオレに、話でも大丈夫なんですか?」
「経営危機のことは、キタエル市民と近隣の民は、ほとんどが知っている公開情報なので、特に問題はありません」
「あっ……そういうことか」
基本的にキタエル学園に入学する者は、北部の若者しかいない。
はるばる遠方からやって来るのは、オレだけなのだろう。
「あの……ちなみに経営危機だと、授業の方は……」
「その辺は心配しなくても大丈夫です。前と同じように、月曜日から金曜日まで平日は、ちゃんと授業と訓練はしています。他のところは経費削減をしていますが」
「おお、そうですか!」
一番心配していたことが大丈夫だった。
思わず大きな声を出してしまう。
(そうか……ちゃんと剣士の訓練を受けることが出来るのか。本当に良かった……)
何しろオレの目標は『一人前の剣士になる』こと。
そのためには剣士学園で鍛錬を積んで、無事に卒業することが必須。
夢への第一歩が、開かれてようとしていたのだ。
「この校舎の講堂で明日の朝、今年度の入学式が行われます。遅れないようにして下さい」
「えっ、明日の朝ですか⁉」
到着した翌日が入学式。
まさかのタイミングに、また声を出してしまう。
そういえば、さっき先生が『ギリギリ今日、入学希望者ですか』と言っていたのは、このためか。
恥ずかしいことに、入学式の時期も知らずに、オレはやって来たのだ。
「もしかして知らずに、来たのですか?」
「はい……勉強不足でした。申し訳ありません」
「いえ、問題はありません。万が一、遅れても、途中編入も可能なので、気にせずに」
「途中編入……なるほど、そういう制度もあるんですね」
入学する時期は、各家庭の事情もある。
そのため臨機応変に生徒を、受け入れているのであろう。
「ですが入学式のタイミングを逃すと、転入試験が必要となります」
「えっ……転入試験を」
その言葉を聞いて、自分の幸運に感謝。
何故なら剣の才能が皆無なオレは、転入試験など突破できない。
今日という日に、キタエル学園に到着したのは奇跡なのだ。
「……それでは次は、寮にご案内いたします」
「寮?」
「ええ、生徒は全員、寮生活が必須義務なります」
「えっ……必須義務ですか……」
必須と聞いて、胸が苦しくなる。
何故なら今のオレは、持ち合わせが少ない。
寮生活となったら、かなりの金額が必要になるのだろう。
いったい毎月いくら必要になるんだろう。
金額の大きさによっては、生活が一変してしまう。
剣の鍛錬を休んで、バイトをする必要があるのだ。
鍛錬を休むのは、本当に困る。
本当に悩ましい問題だ。
「心配しなくても、寮は『無料寮』と『有料寮』の二種類があります」
どうやら、また顔に出てしまったらしい。
「えっ、無料寮ですか⁉ そっちにします!」
有り難い説明に、即答する。
本当に幸運だった。
何しろ授業料だけではなく、寮まで無料。
これでお金に心配なく、目いっぱい剣術の修行に打ち込めるのだ。
「単刀直入に説明すると『無料寮は、かなり古くてボロい』です。そのため有料寮の中にも、格安で住みやすい部屋がありますが……」
「いえ、無料寮で大丈夫です!」
また即答する。
何しろオレは体力だけに自信がある。
どんな古い部屋でも、野宿じゃないだけでも有り難いのだ。
大事なのはバイトをせずに、ひたすら剣の鍛錬に打ち込める環境。
そのために安定した衣食住は切り捨てる。
「そうですか。今どきの若者にしては、ハングリーで面白い子ですね、ハリト君は。あとキミの場合は制服も、用意してあげます。失礼ですが、その恰好では……」
先生が目を細めるのも無理なない。
何しろ今のオレは、薄汚れた旅人の服。
この一ヶ月間、洗濯ができず、小川で水浴びしかしていない。
お蔭で服はかなり汚れているので、見た目は悪い。
「制服のサイズは……何となく分かりました。部屋に後で届けさせておくので、試着しておいてください。ちなみ制服は全員が無料なので、遠慮しなくても大丈夫です」
なるほど制服は全員が無料配布なのか。
これも本当に有り難い配慮。
というか……先ほどから金銭に関して、先生に気を付かせている。
みすぼらしい格好をしているから、貧乏人だと思われているのであろう。
まぁ、本当にお金は持っていなんだけど。
「さて、ここが無料寮です」
歩きながら会話していたら、別の建物に到着。
敷地内は数個ある寮の一つ、無料寮だという。
校舎から少し離れた立地で、周りには荒地。
街の中だというのに、やけに辺境の雰囲気がある。
「これがオレの住む寮か……」
無料寮は一階建ての木造長屋だった。
築年数はかなり経っているのであろう。
所々に壁に穴が開いている。
「今は誰も住んでいないので、一号室を使って下さい。あと校則によって、他の寮に入ってはいけません。詳しい校則は、こちらの手帳に書いてあります。必ず確認して、気を付けてください」
先生から小さな手帳を支給される。
中をパラパラ見て見ると、規則が細かく記載されていた。
これがキタエル学園の校則だという。
(なるほど、こんなに校則があるのか……)
パラパラと見て見ると、学園の校則は細部まで至る。
ところで、この校則に違反したら、どうなるんだろう?
「その顔……ちなみに校則違反は、最初の二回までは厳重注意。三回目以降は審議委員会によって、審議にかけられます。場合によっては退学処分もあり得ます。ハリト君も気を付けてください」
また先生に表情を読まれてしまった。
それにしても規則違反は、審議委員会と退学処分か。
ちゃんと後で熟読して、全部暗記しておかないとな。
「はい、肝に銘じておきます!」
「いいお返事ですね。それでは、これがハリト君の部屋の鍵です。なくさないように。ちなみに三食を食べる時は、校舎の食堂を使ってください。もちろん無料です」
「はい、分かりました!」
「くれぐれも明日の朝、入学式に送れないように」
「明日の朝ですね。分かりました!」
カテリーナ先生はかなり心配性なのであろう。
だが早起きに関しては、心配無用。
オレは昔から朝が得意なのだ
「あと……これは私の個人的なお節介です。ハリト君は、せっかく端正な顔をしているので、身だしなみを整えおいた方がいいです」
「えっ、はい? とりあえず……明日は身体を綺麗にして、行きます」
最後の先生のアドバイスだけは、意味が分からなかった。
でも、これ以上は手を煩(わずら)わせたくない。
とりあえず感謝の返事をして、先生を見送る。
(端正な顔立ちか……今のはお世辞だよな、きっと?)
何しろオレの顔は取れない脂肪で、ぶよぶよしている。
『ちょーウケる顔!』とエルザに蔑(さげす)まれることはあっても、褒められたことは一度もない。
人生、過度の期待はしてはいけない。
先生の最後の言葉は忘れておく。
「さて……さっそく、部屋に入るとするか!」
気持ちを切り替えて、次の行動。
緊張しながら、一号室に入っていく。
「おぉぉお! ここがオレ専用の自室か!」
部屋に入って、思わず感動の声を上げる。
部屋の中は、それほど広くない。
だが完全に個室。
ちゃんとした個室なのだ!
古いベッドと机が、備え付けである。
それ以外は何もないシンプルな作り。
窓はあるけど、窓ガラスとカーテンはない。
開けたら外に直通、景色も一望できる。
――――客観的に見たら、かなりボロボロの部屋だ。
「うん……シンプルで最高だな、ここは!」
だがオレは猛烈に感動していた。
何故なら、ここは生まれて初めて、自分の専用の個室なのだ。
「自分だけの部屋か……」
貧しいオレは生まれ故郷では、家族と大部屋で暮らしていた。
王都に引っ越してからも、屋敷の使用人の大部屋で生活を。
それに屋敷では自由は皆無だった
何故なら常に、エルザの介入があったから。
本当に辛い日々だった。
「あの地獄の日々に比べて、ここは天国……最高な環境だな!」
窓の外に夕暮れに向かって、大声で嬉しさを表現。
誰もないので気持ちがいい。
「はいよ、失礼するよ」
そんな感動に一人で浸っている時、部屋に誰かが訊ねてきた。
「うわっ⁉」
いきなりだったので、思わず変な声を出してしまう。
「はい、これ。カテリーナ先生に頼まれた、アンタの制服だよ」
やってきたのは学園の何でも係のおばちゃん。
オレのために制服を持ってきてくれたのだ。
「わざわざ、ありがとうございます!」
「仕事だからね。礼は不要だよ。あと、それを着る前に、裏の井戸で身体を洗った方がいいよ、兄(あん)ちゃんは」
「えっ? 裏に井戸があるんですか? 教えて頂き、ありがとうございます!」
善は急げ。
おばちゃんの情報を元に、井戸に向かう。
昔ながらの井戸だ。
「うひゃー! 気持ちいい!」
冷たい水で全身を綺麗に洗う。
久しぶりの水浴びで、さっぱりした。
「ん? ていうか、オレの手足って、こんなに細かったっけ? 腹も?」
身体を洗っていて、不思議な感覚になる。
自分の身体が、別人の様に引き締まっている――――そんな錯覚に陥ったのだ。
「長旅の疲れで……目がおかしいのかな? まぁ、気のせいだろうな。とにかく、早く制服を着てみよう!」
部屋にダッシュで戻って、制服を試着。
すごいサイズがぴったりだった。
「おお、ちゃんと入ったぞ!」
手に取った時は、絶対に着られなそうなスリムタイプ。
でも、着てみたら見事にフィット。
これも目の錯覚なのであろう。
疲れからくる錯覚、すごすぎだ。
「どんな格好何だろうな、オレは……見て見たいな」
制服は黒と白を基調している。
ワンポイントで青が入った、オシャレでカッコいいデザインだ。
着ている自分の姿を、見て見たい。
残念ながら、部屋のどこにも全身鏡はない。
仕方がない。
明日の入学式の時に、校舎で鏡を探してみよう。
よし、これで明日の準備は万端。
「ふう……安心したら、眠くなってきたな……」
ベッドに座ったら、急に睡魔が襲ってきた。
王都から長旅の疲れが、一気に出てきたのだ。
「少し早いけど、寝ようかな……」
ベッドに横になる。
――――だが、この時のオレは“身体の変貌”に気が付いていなかった。
【次元の狭間】の迷宮ループ999,999回の修行の影響。
全身の脂肪が消えてスリムな体型。
ぶよぶよだった顔も、精悍(せいかん)でイケメン風な顔に、激変していたのだ。
「明日の入学式……楽しみだな……ふにゃ、ふにゃ……」
こうして人生が大きく変わったオレは、入学式に挑むのであった。
最初のコメントを投稿しよう!