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第2話:切ない関係
オレは……木村 樹は“普通”の男子だ。
運動や勉強の成績は普通で、見た目もパッとしない中学三年。
ぞくに言う“どこにでもいる普通のクラス男子”だ。
こんな平凡なオレには、もちろん彼女などいなく、灰色の中学生活をおくってきた。
少ない男友達と下らないことで遊んだり、家でゲームとしていた日々。
あと、たまに親戚の店の手伝いしか、してない。
卒業を間近に控えた今。
こうして思い返しても、何のトキメキもない毎日を送ってきた。
そしてそんな灰色な中学時代も残すとこ、あと一週間。
もうすぐ中学を卒業。
四月からオレは高校生になるのだ。
◇
「よし、中学ラストスパート、頑張るとするか!」
朝の準備を終えて、オレは家の玄関を出ていく。
アパートの戸締りをして、階段を降りていく。
「ガスの元栓は閉めたし、電気は消したし、よし、オッケーだな」
階段を降りながら、部屋の安全確認を復唱。
オレはアパートで一人暮らしている。
唯一の家族である母親は、半年前から海外に仕事で長期の赴任中。
仕事が忙しい母が、このアパートに帰ってくるのは年に一、二回だけ。
だから今オレ絶賛一人暮らし中なのだ。
「さてと、時間は、いつも通りだな……ん?」
階段を降り切って、そう思いった時。
アパートの建物の陰にいた、一人の制服の少女が目に入る。
「あっ、芽愛、おはよう!」
「おはようです、樹くん。相変わらず朝から暑苦しいテンションですね、何か良くない物でも食べたのですか?」
可愛い真顔で、いきなり毒を吐き出してきたのは、芽愛。
隣の豪邸に住む同じ年の少女で、幼稚園の時からの幼馴染。
そして――――オレの“片思い”の相手だ。
(ああ……今日も天使のように可愛いな……)
芽愛は本当に可愛らしい。
肩よりちょっと長いくらのロングで、ふんわりした髪型。
顔立ちは儚(かなな)いくらいに可愛いく、美人でもある。
(うっ……眩しい……後光が⁉)
芽愛の透き通るような肌が、朝日を浴びて輝いている。
そんな天使のような幼馴染の顔を見て、思わず立ちすくむ。
「むっ? なに、人様の顔をガン見しているのですか? もしや新しい性癖に目覚めてしまったのですか? 幼馴染として恥ずかしいです」
この天使様は少し口が悪い。
まぁ、そこも魅力の一つなのだが。
「い、いや違うから。相変わらず芽愛は、朝からキッチリしているなーと思って」
慌てて視線を下に降ろして、言い訳をする。
それに芽愛がキッチリしているのは本当だ。
今も寝癖があるオレと違い、芽愛は朝から完璧。
制服もキッチリ着て、寸分の隙のない格好だ。
身長は女子の平均身長より少し小さいが、細身でスタイルもいい。
身体のラインが出にくい制服でも、芽愛の細いウエストがよく分かる。
「うっ、次は腰と胸を見てきましたね。樹くん、これはもはや通報するしかないです、幼馴染としての最後の情けです、塀の中で罪を償うのです」
「あー、ごめん! それだけ許して! ほんの出来心だったんです、芽愛様!」
スマホを取り出して通報しようとした芽愛に、必死で謝る。
「ふう。仕方がありませんね。それでは罰として、菩薩様のように慈悲深い私に、今日丸一日、感謝して息をしてください」
「はい……了解しました」
この幼馴染は本当に口が悪い。
だが基本的に悪意はまったくない。
コミュニケーションの手段として、こんな口調なのだ。
「あと時間ですよ、樹くん」
「あっ、本当だ! いつの間に、こんな時間に⁉」
「ふう……これで私まで遅刻をしてしまったら、樹くんには更に罰を追加しないといけませんね、かなり強烈な」
「と、とりあえず、急ごう、芽愛!」
「そうですね、それには賛同します」
オレたちはアパートの前から、学校に向かって歩いていく。
二人で一緒に登校だ。
だがオレたちの通学路は“普通”ではない。
(うっ……それにしても、今日も距離が微妙に遠いな、芽愛は……)
後ろをチラっと、見てオレは心の中でため息をつく。
何故なら芽愛はオレと、わざと十歩くらい離れて歩いて付いてくる。
他人が見たら、明らかに別のグループ。
むしろチラ見しているオレが、不審者に見えるだろう。
「むっ、どうしたのですか、樹くん。また私のことを盗み見して、またよからぬ事を考えているのですか?」
「い、いや、違うから」
気がつかれしまった。
急いで前を向いて、前方に歩いていく。
(ふう……あの頃は、小学生の時は、こんなに距離じゃなかったんだけどな……)
オレたちは幼い時は、いつも一緒にいた。
あの頃はいつも仲良く手を繋いだり、おんぶゴッコもしていた。
だが思春期、中学生になってから芽愛の態度が激変。
こんな感じで距離をとるようになったのだ。
そして極めつけの激変の瞬間は、もうすぐ訪れる。
町内から出る交差点、小学校の学区の境目にオレたちは到着した。
「……それでは私は、こっちの道で行きます。樹くんは、真っ直ぐ進んでください」
中学に入った時から芽愛は、ここからいつも別行動。
別々の道で通学していっちゃうのだ。
なぜ、そうなってしまったか?
オレには未だに分からない。
もちろん理由は知りたい!
だが三年間、一度も聞けずにいた。
二人の関係……小学生時代までの幼馴染の綺麗な関係を、質問することで壊したくなかったのだ。
「あと……分かっていると思いますが、学校では」
「ああ、話しかけないよ、オレからは」
中学生になってから芽愛は、オレと距離をおくようになった。
特に学校では顕著。
常にオレを避けるように行動。
更に運の悪いことに三年間、一度も同じクラスになったこともない。
だから校舎内では三年間、ほとんど会話をしていないのだ。
「………………では、また明日の朝にです」
少し間があってから、芽愛が挨拶してきた。
「うん、じゃあ、また明日の朝に」
でも朝のここまで短い通学路だけは、一日も欠かさず一緒。
芽愛の方が毎朝、アパートの下で待ってくれる。
とても不思議な関係だった。
「ふう……いくか」
芽愛と別れて、別の通学路を進んでいく。
賑やかな幼馴染がいなくなり、オレの心は一気に急降下。
(どうして……あんなに距離をとるようになったんだろうな……)
歩きながら少し寂しい気持ちになる。
この三年間、ほぼ毎日のように考えている問題。
――――『ずっと片思いしていた幼馴染に、距離をおかれてしまった原因』が、どうしても知りたい。
(たぶん原因はオレ……だな、きっと)
通学路の商店のウィンドウに、自分の制服姿が写っていた。
それを見て改めて実感する。
(こんなオレとは、一緒にいたくないよ、女の子はさ……)
文武両道で天使のような可愛さの芽愛。
それに比べてオレはパッとしない男子。
常識的に、こんなオレとは学校で一緒に歩きたくないだろう。
それが、たとえ幼馴染だとしても。
いや、幼馴染だからこそ、一緒にいるところを、友だちに見られたくないのだろう。
「片思いのまま、このまま高校生活に突入するのか……」
オレの片思いは成就しないと、半分諦めていた。
だがオレの芽愛に対する想いは不変。
高校生活でも片思いは、必ず続ける覚悟はある。
「でも高校か……怖いな、なんか……」
この片想いの終焉はきっと突然、襲ってくるだろう。
恐怖の瞬間……これから高校の生活の中で。
(もしも『芽愛に、初めての彼氏ができたら』……いや、きっと出来るだろうな……高校では……)
オレの知らないイケメンと、芽愛が楽しそうにしている。
それを見てしまった瞬間。
そこでオレの長い片思いは、終わるに違いない。
(でも……だからこそ……)
その日が来るまで、この幸せな朝の登校時間だけは、絶対に守りたい。
それが今のオレにとって、微かな想いだった。
「ふう……悩んでも仕方がない! 気持ちを切り替えていこう!」
うじうじ悩んでいても、仕方がない。
こうして大好きな幼馴染に避けられてしまう校舎に、オレは今日も向かうのであった。
◇
◇
◇
《???視点》
うっ……今日も素直に言えなかったです……。
『一緒に校舎まで歩いていこう』って……。
『校舎の中でも、私と一緒におしゃべりしよう』っていう私の本心を。
でも、やっぱり、言える訳がない。
だって、イッくんは……私のことを、きっと“ただの幼馴染”だと思っているから。
それに一緒に最後まで登校したら、イッくんに迷惑をかけちゃう。
三年前のあの日と同じように、イッくんが学校のみんなに笑われちゃう。
『えー、中学にもなって、未だに幼馴染と仲良しだなんて、子供だよな、お前!』
『普通、ありえないっしょ! 中学になってまで、幼馴染の女子と一緒に歩くなんてさー!』
『ウケるー!』
って教室で。
こんな可愛げない私と、一緒にいるのを見られたら、またイッくんに迷惑がかかっちゃう。
だから私は我慢しないといけない。
大好きなイッくんのために……
◇
◇
◇
この二人の想いは些細な誤解によって、三年間もすれ違ってきた。
周りの誰にも、気がつかれることなく。
――――だが運命の神様は……恋の女神様は悪戯が大好きなもの。
◇
運命の悪戯の原因は、この日の“オレの何気ない失敗”から生まれる。
「あっ、芽愛、おはよう!」
「おはようです、樹くん。今朝も相変わらず、寝癖が絶望的ですね」
こうして片思いしていた幼馴染との距離が、急に近くなる当日がやってきた。
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