最終話:二人の関係(後編)

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最終話:二人の関係(後編)

 サッカーの二年生の人が、美月(みづき)に告白するという噂を聞いた。  今日の放課後の通学路で、告白するという。 (カッコイイ二年の人が……美月(みづき)に告白……するのか……)  朝一に聞いてから、午前の授業中、ずっとそのことを考えていた。 (どうなるのかな……美月(みづき)はどう返事するんだろう……)  思わず何度も、教室にいる幼馴染を、何度も見てしまう。 (そりゃ、美月(みづき)は……あんなに綺麗で可愛いから……人気があるのは分かっていたけど……)  幼馴染の美月(みづき)は本当に綺麗だ。  モデルのようなスタイルで、肌も透き通るように白い。  性格がクールで、あまりに完璧すぎるので、同級生の男子にとって高根の花の存在。  だから今まで美月(みづき)に告白できた勇者は、同級生にはほとんどいなかった。 (でも……二年の先輩か……どんな人なんだろう……)  とにかく午前中は美月(みづき)のことばかり考えていた。  ◇  昼休みになる。  美月(みづき)は教室の端で、さっさとお弁当を食べ終え、何かの本を読んでいた。  クールなオーラを発して、クラスの誰も近づけない状況だ。 「おい、蒼大(そうた)、学食に例の二年生、行かないか?」  飯を食い終わった親友の優斗に、いきなり誘われた。 「えっ……例のって、あのサッカー部の二年の人って……?」 「ああ、それ。例の人。いま、ちょうど、学食にいるらしいぜ? 興味あるよな、どんな人か……あっ、そうか、蒼大は、興味はあんまりだったな?」 「……いや、行く。ちょうど、今暇だし」 「おっ、そうか、珍しいな。それなら、行くか」  オレたちは学食に向かう。  どんな人なんだろうか?  内心、かなりドキドキだ。 「おっ、いた。あの、ちょっと茶髪の人だぜ?」 「えっ……あの人……」  目的の人は、すぐ見つかった。  とても存在のある人だったからだ。  身長が高く、さわやかなスポーツマンタイプ。  顔もかなりカッコイイよくて、男のオレから見てもイケメンに思える。  何より、その人の周りには沢山の友だちがいた。  きっと性格も良いのだろう。 「いやー、噂には聞いていたけど、ありゃー、すげーイケメンだな!」 「うん……そうだね……」 「それにサッカー部の連中の話だと、成績も学年トップクラスで、親も大きな会社の社長で、かなりの金持ちらしいぜ!」 「そ、そうなんだ……」 「あと生徒会が片倉さんと同じで、けっこう楽しそうに話もしているらしいぜ!」 「えっ……生徒会でも……」 「うーん、こりゃ、今回ばかりは片倉さんも、告白を受けちゃうかもなー」 「…………」 「よし、戻るとするか。これ以上、あんな完璧イケメン、見ていたらオレたちの方が悲しくなるかなら!」 「うん……戻ろうか……」  オレは優斗教室に戻ってきた。  その後、普通に午後の授業に突入していく。  でも午後の授業でも、オレはずっと美月(みづき)と、二年の人のことを考えていた。 (なんか……すごいカッコイイ人だったな……)  予想ではもっとチャラチャラした人を、イメージしていた。  でも実際に見てきたら、全然違う。  さわやかスポーツタイプで、しかも男から見てもカッコイイ感じ。 (しかも……家柄も良くて……頭もいいか……美月(みづき)と同じだな……)  授業を受けている幼馴染に、視線を移す。  クールな横顔で真面目に授業を聞いている。 (悔しいけど……美月(みづき)には、お似合いのような気がする……客観的に見たら……)  普通の一般高校生では、美月(みづき)には気おくれしてしまうだろう。  でも、さっきの人は違った。  明らかに完璧な美月(みづき)と、同じくらいの高いレベルにいる存在。  だから臆せず、今日の放課後告白をするのであろう。 (オレは……どうすればいんだろう……美月(みづき)に言った、方がいいのかな? 『今日の放課後に、サッカー部の二年の人が、美月(みづき)に告白するみたいだよ』って……)  いや、何を変なことをオレは考えているんだ。  そんなこと、何でオレが言うんだ。  何のために?  何の権利があって?  きっと美月(みづき)に不思議がられるだろう。 (そうだ……だから、オレは、知らなかったふりをしよう……今回のことは……)  そんなことを考えていたら、いつの間にか放課後になっていた。  クラスメイトは部活に向かったり、帰宅していく。  今日、習い事がある美月(みづき)は、教室を出て、玄関に向かっていく。 「あっ……」  気が付くとオレは、彼女の後を追っていた。  ひと気のない二階の廊下で、追いつく。 「あの……片倉さん……?」 「ん?」  美月(みづき)がこちらを振り返る。  いつものようにクールな真顔だ。  オレはおそるおそる近づいていく。 「えーと、あのー、片倉さんに、ちょっと聞きたいことがあってさ……」 「聞きたいこと? なに?」 「いや……その……片倉さん、ってサッカーとか好きかなー? って、急に思っちゃってさ……」 「サッカーは嫌いではないわ。それがどうしたの?」 「そ、そうなんだ……」 「質問は、それで終わり? それなら急いでいるから、帰るから」 「ちょ、ちょっと、待って……もう、一つ、最後の質問を……オレたちって、どんな関係なのかな……その……生まれた時からの幼馴染とかじゃくて、その、学校とか、プライベートとか……」  意を決して質問する。  今まで美月(みづき)に聞けなかったことを。  オレがずっと知りたかったことを。 「私たちの関係? 幼馴染以外で? どういう意味?」 「い、いや、それは、あの……つまり、人として、というか、オレという男と、美月(みづき)という女性を、考えた時の関係……のことで」  オレは混乱していた。  何を聞けばいいのか、自分でも分からなくなっている。 「そういうことか。そうね、私、ソウちゃんのことは“大事”よ」 「えっ……?」 「幼稚園や小学生、あと中学の時も。ずっとソウちゃんは大事な存在だったよ」 「えっ……オレが……小さい時から……」 「そういうソウちゃんは、どうなの? 私のことは?」 「そ、それは……」  オレは下を向いてしまう。  何と答えたらいいのか分からないのだ。  美月(みづき)の質問に対して、どう答えたら正解なのか?  自分自身が混乱していて、言葉にできないのだ。 「困らせた、みたい? それじゃ時間だから、また」 「あっ……うん、また……」  美月(みづき)は去っていく。  階段を降りて、玄関に向かっていく。  オレは一人、立ち尽くす。 「『そういうソウちゃんは、どうなの?』……か……」  その言葉が胸に刺さっていた。  美月(みづき)の想いに、立ち向かえなかった自分が、不甲斐なかった。  いったいオレはどうすればいいんだろうか?  ふと、窓の外に、視線を向ける。 「あっ……あれは……」  遠く校門の外、その道路の脇。  さっきのサッカー部の二年の人を見つける。  きっと、これから美月(みづき)に告白をするのだろう。  一方で美月(みづき)は玄関を出ている。  このままでいけば、あと数十秒で二人は顔を合わせる。  その後は、どうなるのであろうか?  もしかしたら、美月(みづき)は断るかもしれない。  でも、もしかしたら、告白を受けて付き合ってしまうかもしれない。  それは今や神のみぞ知る答え。  だから……ここでウジウジ悩んでいても、仕方がない。 「美月(みづき)……」  何故なら、今の自分は、自分の心に嘘をついていたから。  言い訳をして、逃げていた。  幼馴染という関係に甘えて。 「『そういうソウちゃんは、どうなの?』……か……ああ、そうだな……そうだよな!」  気がついたら、オレは走り出していた。  階段を飛び降り、そのまま玄関を出る。  正門に向かう、長身の少女……美月(みづき)を必死で追いかける。  あと少しで彼女は校門を出てしまう。  このままだと間に合わない。 「美月(みづき)!」  だからオレは叫んだ。  声の限り、彼女の名を。 「ん?」  美月(みづき)は足を止めて、後ろを振り返る。  息を切らしているオレを見て、少しだけ不思議そうな顔をしている。 「どうしたの?」 「あのさ……」  オレはゆっくりと彼女に近づいていく。  周りの生徒たちが、何事かとオレたちの方を見てくる。  だがオレは歩みを止めない。  美月(みづき)の顔が、よく見える距離まで近づいていく。 「あのさ、美月(みづき)……頼みたいことがあるんだ……」 「どんなこと?」 「ここから……オレと一緒に……手を繋いで、家まで帰って欲しい」 「ソウちゃんと、手を繋いで。今日だけ?」 「い、いや……今日だけじゃなくて、たまに。美月(みづき)が大丈夫な時で、いいから、たまに……」 「それなら、いいよ」 「えっ⁉ 本当に⁉」 「本当。じゃあ、お願い」  美月(みづき)はそっと自分の左手を、差し出してくる。  エスコートを待っている。 「ああ、それじゃ、失礼します」 「変な掛け声」 「そ、そうだな。それじゃ、帰ろうか?」 「うん、そうだね」  オレは美月(みづき)と手を繋いだ。  生徒がたくさんいる場所。  そのまま二人で校門を出ていった。  サッカー部の二年の人が、オレたちの姿を見て、深いため息をついていたような気がする。  でも、今のオレはそんなことに気がつかない。  何故なら美月(みづき)と一緒に、歩いていたから。  他の誰にも視線がいかない。  大切な美月(みづき)と一緒に下校路を、ゆっくりと歩いていった。  ◇  その日の夕方になる。  あの後は美月(みづき)の家の前まで、手を繋いで帰った。  玄関前で解散。  道中は何気ない会話をしていた。  本当にいつものように、でも心が休まる話を。  部屋に帰ったオレは、一人になる。 「や、やばい……明日から……どうなるんだろう……オレ、たち?」  一人になって冷静になる。  とんでもないことを、自分はしたのではないか?  すごいプレッシャーが襲ってきた。  その証拠に先ほどから、親友の優斗からのメッセージの着信音が半端ない。  きっと学校中で噂になっているのかもしれない。  ……『あの“孤高の高根の花”一年の片倉 美月(みづき)が、ぱっとしない男子と手を繋いで帰宅した』と。 「まっ、いっか……あとは、どうにでもしてくれ」  でもオレの心はスッキリしていた。  さっきの告白? に比べたら、他に怖いモノは何もない。  腹をくくって、明日は学校に行くしかないのだ。 「でも、正直なところ、オレと美月(みづき)の関係は……どうなるんだろう……?」  むしろ、そっちの方が怖い。  考えているだけ胸が苦しくなる。  次に美月(みづき)に会った時、どんな顔で、どんな口調で、何を話せばいいのか。  まるで頭に受かんでこない。 「それに、美月(みづき)が、急に……変な態度になるも、嫌かな……今までと違う感じに、なっちゃうのも……」  幼馴染として、幼馴染ママとしての彼女との関係。  今思えば本当に楽しく、大切な関係の日々だった。  だから次に美月(みづき)に会うのが、少しだけ怖くなってしまう。  美月(みづき)がどんな感じで、オレに接してくるのか。  ――――そんな時だった。 「入るから」 「えっ⁉」  いきなり美月(みづき)が玄関から入ってきた。  不意を突かれて、オレは固まってしまう。  どんな顔で、彼女を見ればいいのだろうか。 「ん? ソウちゃん、(かばん)、そのまま」 「へっ?」 「あと、手洗いと、うがいした?」 「えっ……まだ、だけど……」 「帰宅したら、手洗いと、うがい」 「は、はい! 今すぐ!」  大好きな美月(みづき)にクルーに命令されたら、抗うことは出来ない。  オレはダッシュで、手洗いとうがいを済ます。  あと鞄もしまってくる。 「あの……美月(みづき)……」 「料理に集中するから、あっちにいって」 「えっ……?」 「カレー、リベンジするから」 「え……リベンジを……?」 「今日は失敗しない。まかせて」 「うん……わかった。奥で待っている」 「宿題も忘れないでね」 「うん、そうだね」  まだ混乱したまま、オレは奥の部屋に向かう。  さっき、あんなことがあったのに、何事もなかったような美月(みづき)。  いったい何が起きたのか。  もしかしたら、さっきの手を繋いで下校は、オレの白昼夢だったのろうか。 「まっ、いっか…………なんか、いい感じだし」  だがオレの心はスッキリしていた。  何ともいえない美月(みづき)との関係。  それが壊れていなくて、本当に良かった。  でも少しだけ残念かな。  オレと美月(みづき)の関係は、どのくらい進展したのだろうか?  一歩くらいかな?  それとも、もう少し?  いや、そんなことを考えるのは、止めよう。  今はとにかく美月(みづき)との、この不思議な関係を大切にしていこう。  オレたちにしか無い、大事な二人だけの関係を。  ◇ 「あっ⁉」  美月(みづき)が急に叫ぶ。  何か事件が起きたのだろうか? 「また、失敗しちゃったかも……」 「あっはっは……そのくらいなら大丈夫。オレ、食べるから。美月(みづき)が作ってくれたものは、これからも、ずっと!」 「わかった。ありがとう、ソウちゃん……」 「ん? なんか、言った、美月(みづき)?」 「なんでもない」 「えっ? でも、美月(みづき)、なんか顔が赤いよ? 熱があるのかな?」 「ソウちゃん……の馬鹿」  こうして、ずっと片思いしていたクールな幼馴染との、甘い関係は続いていくのであった。
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