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第7話:外出の甘い話(後編)
ある土曜日の午前、幼馴染の美月と外出することに。
彼女の目的の場所は“駅前のタピオカ屋”。
美月に手を引っ張られなら、オレはふと気が付く。
これが“デート”と呼ばれる、男女の行動であることに。
◇
オレは美月を引かれるまま、駅前の道を進んでいく。
とにかく道中オレは混乱したままだ。
「あのー、美月さん。どうして急にタピオカ屋さんに、行こうと?」
「もしかしてソウちゃん、タピオカ嫌い?」
「い、いえ……むしろ興味はある」
「それなら問題ない」
「あっ、はい……」
大好きな幼馴染にクールに言われたら、それ以上は何も聞けない。
この疑問は考えないようにする。
でも、もう一つだけ。
どうして言わなといけないことがあった。
「あの……美月さん、この手は、ずっと繋いで、先にいく感じですか?」
おそるおそる訊ねる。
何故ならアパート前から、ずっと。
美月はオレの手つないで、先行して歩いている。
周りから見たら、オレが引率されている感じ。
いや、オレ的にはぜんぜん恥ずかしくはない。
本音を言えば、大好きな美月と手を繋げるのは嬉しい。
でも、なんとなく引率感が強いのだ。
「……わかった。それなら隣を歩く」
歩くスピードを下げて、美月が隣にくる。
二人で歩調を合わせて、並んで歩いていく感じ。
「これで、どう?」
「うん、ありがとう」
ようやく引率感がなくなった。
一応は男なオレは、面目が守られた感じだ。
「でも、美月さん……手は……繋いだままですか?」
「この通りは車が危ないから」
「あっ……たしかに、はい」
やはり母親のような感じで、オレと手を繋いでいるだろう。
悲しいような、寂しいような。
でも大好きな美月と手を繋いで、並んで歩ける。
とても嬉しいことだ。
(それにしても、横顔の美月も、今日の私服は本当に可愛いな……)
歩きながら思わず、横目で幼馴染をチラ見してしまう。
何しろ今日の彼女は私服。
お嬢さま風なブラウスとワンピ・スカートだ。
清楚でフェミニンな感じ。
ふわふわの紺色スカートの下は、純白のタイツが眩しく光っている。
肌の露出度がない格好。
だが逆になんとも言えないセクシーがある。
(やっぱり……あの胸だよな……原因は……)
思わず胸元に視線がいってしまう。
服のハイソなデザインの関係で、腰がギュッと絞られて、白いブラウスの胸元が協調されていたのだ。
(い、いや……美月の胸は大きめ、だとは思っていたけど……これは流石に……)
通称“童貞を殺す服”で協調された胸は、普段の数倍の破壊力を有する。
いつもの制服姿では、他のクラスメイトが分からない彼女姿。
美月の女としての身体のラインが、今日は凄すぎる。。
手を繋いですぐ隣を歩くオレは、もはや彼女の胸元に視線が釘付けだ。
ヒールの靴を履いている美月より、少しだけ身長が高いオレ。
ちょうど危険な角度から、純白で大きな胸元が見えてしまうのだ。
「ん? どうしたの、ソウちゃん? この服、嫌い?」
やばい。
あんまりガン見していたらか、美月に不信に思われた。
「い、いや、嫌いじゃないよ。むしろ、好きです。あと、ごめん、じろじろ見ちゃって……」
「ソウちゃんなら、見てくるのは大丈夫。遠慮しないで見て」
「い、いや、それは、さすがに……」
慌てて視線を前に向ける。
真顔で美月に言われると、本当に心臓に悪い。
ふーはー。
深呼吸して心を落ち着かせないと。
◇
そんな感じで歩いていたら、駅前に到着。
駅前は遊歩道になっているから、車も来ない。
美月は手を離して、すぐ隣を並んで歩く。
やっぱり母親感覚だったのか。
「あっ、あそこだ!」
少し歩くと、目当ての新規オープンのタピオカ屋さんがあった。
「でも、すごい行列だな……」
タピオカ屋の前には、大行列があった。
ほとんどは女子中高生。
あとカップルも多い。
とにかくピンクと黄色い感じの行列だ。
「すごい行列だね。どうする、美月?」
「もちろん並ぶ。日本では並ばないと商品、買えないのよ、ソウちゃん?」
「そ、そうだね。よし、じゃあ、気長に並ぶか!」
オレは意を決する。
そんなキャピキャピした集団の中に、美月を一緒に突入。
行列の最後尾に並ぶ。
パッとしない男子のオレは、明らかに浮いている。
「はーい、これメニューです。今のうちに選んでおいて、ください♪」
女の店員さんがチラシをくれた。
混雑しているから、先に注文も出来るシステムなのだろう。
「うーん。どれにしようかな……」
メニューはたくさんある。
色んな味やトッピング。
組み合わせによっては、何十通りにもなる。
はっきり言って分からない。
どれを頼めばいいのだろうか?
「ソウちゃん、そんな時はメニューの中で、一番大きい写真の物を選ぶのよ」
「あっそうか」
なるほど。そう言われてみれば。
たしかに大きい写真はオススメと書いてある。
よし、これにしよう。
「ん? それにしても、美月、よくそんなこと知っていたね?」
令嬢である美月は、こんな庶民の店に来ないイメージ。
「動画で事前調査しておいた」
「えっ、この店の?」
「そう」
なんか意外な答えが返ってきた。
ちょっとビックリする。
お嬢様である美月は、動画サイトとか見ないイメージ。
もしかしたらオレが知らないだけで、意外と家で普通なのかもしれない。
そんな事を考えて、店員さんに注文。
オレたちは注文したタピオカを手にする。
「えーと、どこで飲もうか?」
「ソウちゃん、その前に写真を撮らないと」
「えっ、タピオカの写真を?」
「動画で、そう言っていた」
「そ、そうか……それじゃ、仕方がないな……」
これはかなり恥ずかしい。
周りのお客さんは全員、タピオカを撮影したり、自撮りをしている。
だがカップルの多くは、くっついて自撮りしている。
身体と身体を密着させながら、だ。
「ソウちゃん、こっちきて」
「えっ?」
いきなり美月が身体を密着してきた。
腕を組み、身体をくっつけ。
柔らかい胸の感触が、オレの腕に当たってしまう。
あと美月の透き通る横顔が、すぐ目の前にある。
凄い状況だ。
「それでは撮影。はい、できた」
美月は自分のスマホで、パシャりと一枚。
何事もなかったかのように、離れていく。
「あそこにベンチある」
「ああ……そうだね。座って、ゆっくち飲もうか……」
駅前の小さな公園があった。
女子中高生軍団は全員が店の前で自撮り中。
公園はちょうど誰もいない。
「ふう……あっ、これ、ハンカチ!」
「ありがとう」
美月に座るところに、ハンカチを敷いてあげる。
いつもは持ち歩かないけど、今日だけはポケットに入れておいたのだ。
「よし、それじゃ飲むとするか」
興奮の連発で、喉がカラカラだった。
早く飲んで、気持ちを落ち着かせたい。
「ソウちゃん、いただきますは?」
「あっ、そうだね。いただきます!」
「いただきます」
二人でストーリーに口をつける。
一気に吸い込むと、大きめのタピオカが、ミルクティーと一緒に流れ込んでくる。
(うん! 美味しい! 噂には聞いていたが、タピオカはこんなに美味しいものだったのか!)
飲みながら思わず、心の中で叫ぶ。
予想以上の味と触感。
これなら大ブームになるのもうなずける。
(あっ、そういえば、美月は、どんな反応かな……?)
きっと、いつものようにクールに飲んでいるんだろうな。
そう思いながら、視線と隣に向ける。
「えっ……美月さん?」
思わず声が出てしまう。
なんと美月は……表情を変えていた。
少しだけど、美味しそうに。
なんか幸せそうに、タピオカを飲んでいたのだ。
「美味しいね、ソウちゃん」
「うん……」
オレは美月のことを誤解していたのかもしれない。
いつもクールで冷静沈着な少女。
もしかしたら喜怒哀楽の感情が、少し無いのではないかと。
「そうだね。美味しいね。美月!」
だが、それはオレの一方的な勘違い。
美月はこうして、美味しいという、感情もあるのだ。
ただ、ちょっとだけ苦手なのかもしれない。
自分の感情を表に出すことを。
本当は普通の女の子。
タピオカが好きな、普通の女子高生なんだと、気づかされた。
「ん? ソウちゃん。どうしたの、そんな真面目な顔して?」
「えっ、いやっ? なんでもないよ。あんまり、このタピオカが美味しいかったからさ……はっはっは……」
真顔を見られてしまった。
少し恥ずかしから、笑ってごまかす。
「そう。それなら交換」
「えっ? 交換ですか?」
「はい、交換」
「えっ……」
いきなり美月は、互いのタピオカを交換。
そのままストローに口をつける。
ぞくに言う……関節キス……だ。
突然のことに頭が真っ白になる。
「ソウちゃん、そっちも残しちゃだめ」
「えっ、でも……」
「ちゃんと飲まないと、ダメ」
「は、はい……」
美月にクールに命令されたら、断ることなど出来ない。
オレは目をつぶって、ストローに口をつける。
なるべく下品にならないように、軽く口を。
ゆっくりと飲んでいく。
「そっちも美味しいでしょ?」
「は、はい。美味しいです!」
だが味など感じていなかった。
美月との関節キスだということで、オレは味覚が消えていたのだ。
「美味しい。また来よう?」
「えっ、また……ですか?」
「嫌?」
「いえ、よろこんで……」
こうしてしばらくの間、彼女のタピオカブームは続く。
毎週のように美月と、タピオカ屋に通いことになったのだ。
恥ずかしいけど、嬉しい。
でも美月も段々と自撮りの距離や、ポーズがエスカレートしていく。
だからオレにとっては、やっぱり恥ずかしさの方が大きいかな?
タピオカブームよ……早く去って欲しい、かもしれない。
いや、やっぱり去って欲しくないかな。
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