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第10話:【閑話】:とある元Jリーガーの話
《元Jリーガーの澤村ナオト選手の話》
ある日のことである。
一人息子のヒョウマから『パパ、サッカーを教えて!』と頼まれた。
突然のことで驚いた。
何故なら息子の、こんな頼みは初めてだったのだ。
サッカーを教えるのは問題ない。むしろ父親として嬉しいことだった。
それにしても息子の急な変化。一体どうしたのであろう?
父親らしく理由を聞いてみた。
『今日のミニゲームで、嫌な奴がいたから……』
今日のミニゲームといえば、妻が連れていった地元の小さなサッカースクール。そこでの出来ごとなのであろう。
今は夏休みということもあり、妻の実家のこの地方に家族三人で来ていた。
知らない土地で暇をしていたヒョウマを、妻がサッカースクールに連れていったのだ。
『相手に負けたくないヤツがいた。あいつに勝ちたい!』
自分を負かした相手に勝ちたい。
だからヒョウマはサッカーの教えを、父親に頼んできたのだろう。
負けず嫌い息子の、子供らしい理由である。
……いや、待ってくれ。
このヒョウマをサッカー負かす相手だと?
もしや中学生や高校生の選手と、ミニゲームをしたのか?
それなら納得もできる。
『違うよ、パパ。ボクと同じ小学2年生だった』
バカな……ヒョウマを負かす同年代がいただと⁉
にわかに信じられない話である。
何故なら、“澤村ヒョウマは本物のサッカー天才”である。
おっと、親馬鹿自慢だと、そこで笑わないでくれ。
客観的に本当の話なのだ。
私も元はプロのJリーガーである。
小さい頃から、多くの才能ある選手と戦ってきた。
その中には日本代表クラスもいれば、海外組の連中もいた。
そんな経験を持つ自分だからこそ、断言できる。
『澤村ヒョウマという少年は“日本代表クラス以上”の天才だ』と。
将来的に上手く育っていけば、必ず日本A代表まで到達してくれるであろう。
私とは違い、息子には天賦(てんぶ)の才能があったのだ。
だが同時に息子ヒョウマは、大きな問題も抱えていた。
それは“天才すぎて周りが付いてこられない”のだ。
そのために同年代にライバルもおらず、今まで自尊心ばかりが増長してきた。
負けることはないために、基礎練習やフィジカルのトレーニングを、サボるようになっていた。
おそらく息子は将来、間違いなくプロ選手になれるであろう。
だが同時に怪我をする危険性も大きい。
怪物揃いのプロのサッカーの世界は、才能だけは続けていくことはできない。
そんな過酷な世界なのだ。
この問題ばかりは、父親やコーチが言って直る問題ではない。
本人が自覚して直すしかないのだ。
だから私は息子を、これまで全国各地の名門チームに入れてきた。
この天狗小僧の鼻を折る人物に出会えることを、父親として願っていたのだ。
その願いが、こんな片田舎の無名のチームで叶ったとは。
まさに驚きの事実であった。
相手の2年の子は、どんな選手なのだろうか?
もしかしたらフィジカルに特化した子どもかもしれない。
もしかしたら外国人の留学生かもしれない。
その子について息子に聞いてみた。
『聞いてよ、パパ。そいつ野呂コータって言う奴なんだ。すごく変な奴なんだ! 前半はボーっとしていたのに、後半はボクのことを完璧に抑えたんだ! それにボクが見たことがない、ドリブルやフェイントを使ってきたんだ! あいつはヤバイよ!』
相手のことを、ヒョウマは大興奮して教えてくれた。
自分の息子がここまで興奮しているのは、久しぶりに見たかもしれない。
前は幼稚園時代に、サッカーボールを買ってあげた時以来であろう。あの時も本当に興奮して。喜んでいた。
だがそれ以降、息子は誰よりも上達していく。サッカーも少しつまらなそうにプレイしていた。
最近は外では大人ぶって『オレ様』なんて使っているようだ。だが親の前ではまだ子ども口調である。
そうか……そんな息子にも、ついにライバル的な少年が、出現してくれたのか。父親としては内心で嬉しい出来事である。
……いや、ちょっと、待ってくれ。
『ヒョウマが見たことがない、ドリブルやフェイントを相手が使ってきた』だと?
これも信じられない話である。
何しろ私は世界中の最先端のサッカーテクニックの映像を、自室に持っていた。
息子ヒョウマは幼い頃から、その映像を見ながら自主練をしてきた。常に世界で最先端のテクニックを目にしていたのだ。
そんなヒョウマが知らない技だと?
だとしたらこの私でも知らない技、ということになる。
もしかしたら相手の子は、南米や欧州帰りの帰国子女のサッカー少年であろうか?
いや、それも有りえない。
このネットワークの世界中に張り巡らされた時代に、知らない技は無いはずだ。
では、いったい何故……?
その未知なる技の持ち主、
野呂コウタ君か……実に興味深い。
息子の話が本当なら、彼も“日本代表クラス以上”の才能の持ち主になる。
いったい、どんな少年なのであろうか。
基本的に息子のサッカー人生に、私は関わらないようにしてきた。
だが元Jリーガーの選手として、その少年のことは気になって仕方がない。
『あとパパ、今度の引っ越し先なんだけど……実はボク、この街に住みたい!』
引退後の私の仕事は、日本中のどこでも可能なベンチャー職。
今は次の引っ越し先を、ちょうど探していた時期だった。
息子ヒョウマも、その事情を知っていた。だからこうしてお願いしてきたのだ。
野呂コウタ君というライバルに勝つために。
さて。息子の引っ越し先の願いは、受け入れた。
この街は息子ヒョウマの人生にとって、大きいなターニングポイントの場所かもしれない。
予知とかの不思議な力ではない。
誰も信じてくれないが、サッカーに関しての私の直感は、なかなか当たるのだ。
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