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第14話:大会を終えて
全国大会の準々決勝戦。
ピッピー!
試合終了の審判のホイッスル。非情にも芝生のピッチに響き渡る。
そう……準々決勝が終わったのだ。
「そうか……終わったのか……」
グランドの時計を見つめながら、オレは呆然とする。
「3対4か……」
横浜マリナーズU-12に準々決勝で、オレたちは負けてしまったのだ。
内容は本当に僅差の勝負であった。
序盤は圧倒的な戦力を有する横浜マリナーズに、リベリーロ弘前は押されていた。
だがヒョウマ君とオレが中心となり、何とか持ちこたえていく。
最終的にはヒョウマ君が2点、オレが1点を相手からもぎ取った。
だが敵の猛攻を防ぐことは出来なかったのだ。
オレも必死で守備に貢献した。
だが横浜マリナーズの選手の質が、あまりにも各上すぎたのだ。
例えるなら横浜マリナーズは、“《ヒョウマ君よりは劣る。でも凄い級の選手》が8人もいるチーム”だった。
特にアップグランドで絡んで来た3人は、その中でも別格に上手かったのだ。
それに新設のリベリーロ弘前の選手たちは、試合前からボロボロであった。
特に5、6年生の先輩たちは、全国大会の連戦で披露困憊(ひろうこんぱい)だった。
準々決勝進出では足をつって、走れなくなった先輩も続出してしまった。
どうしてもリベリーロ弘前は、強豪チームよりも選手層が薄い。そのために全員が全試合を全力プレイしすぎたのだ。
それに比べて選手層の厚い横浜マリナーズは、万全の態勢でオレたちに迫ってきた。
そんな状態でも僅差の勝負が出来たのは、健闘した方なのかもしれない。
だが僅差でも、大差でも、負けは負け。
オレたちの全国大会は、こうして終わってしまったのだ。
◇
「うっうっ……」
「う、うっうっ……」
天然芝の競技場(ピッチ・フィールド)から泣き声が聞こえてきた。
負けたチームの選手……リベリーロ弘前の先輩たちが泣いているのだ。
芝生に倒れ込みながら、顔を両手で隠しながら泣いていた。
「オレたち6年生が……もっと頑張れば……」
「オレたちがもっと守っていたら……」
特に6年生は泣き崩れて、起き上がれていない。
彼らはこの大会が小学生では最後の大会。後は引退してしまうのだ。
特にキャプテンは嗚咽で身体を震わせている。いつもは熱血漢で頼もしいキャプテンが号泣していた。
小学生1年生からサッカーを始め、6年間費やしたジュニア時代。それが今終わってしまった。その悔しさに泣いていた。
「あっ……」
そんな先輩たちの光景に、オレは動けずにいた。
こんな時にどうすればいいのか、分からない。なんて声をかければいいか、分からないのだ。
「おい、起きろ。最後の挨拶があるぞ」
「ああ……そうだな。ありがとな、澤村」
そんな時。ヒョウマ君がキャプテンに激を入れて、身体を起こす。
泣き崩れていた他の先輩にも、ヒョウマ君は声をかけていく。誰よりも率先して、冷静にチームメイトに声をかけていた。
本当にヒョウマ君はクールで、凄い精神力の持ち主だ。
……あっ、違う。
ヒョウマ君も悔しがっていた。
奥歯を思いっきり食いしばり、右手が真っ赤になるに握りしめていた。
きっと悔しいのを我慢して、チームメイトのために頑張っているんだ。
凄い人だ。それを見てボクも行動を起こす。すぐそばにいた先輩に声をかける。
「先輩……挨拶があります」
「ああ、そうだな。せっかくコータが奮闘してくれたのに……不甲斐ない6年生ばかりで、本当に申し訳ない……」
先輩は泣きながら、本当に悔しそうにしていた。
そればかりか下級生のオレに対して、謝罪をしてくる。
そんな……オレも、もっと頑張っていたら、力になれたのに。
もっとオレに才能があれば……。
いや、もっとチームの勝利に導くために、頑張っていればよかった。
自主練ばかりをしてオレは、周りが見えていなかったのかもしれない。
「う、うっうっ……」
そう思ったら、自然と涙が溢れてきた。
絶対に泣かないと決めていたのに、大粒のような涙がこぼれてきた。
「おい、泣くな、コータ……オレたちの仇(かたき)は頼んだぞ!」
「はい、先輩……」
今度はボクが先輩に励まされる。ミイラ取りがミイラになってしまった。
「絶対に……次こそは仇はとります……」
こうしてオレの初めての全国大会は幕を閉じたのであった。
『リベリーロ弘前。全日本少年サッカー大会本戦、準々決勝で敗退。ベスト8』
これが初出場の結果であった。
◇
それから翌日の決勝戦と表彰式を見てから、オレたちは帰郷することになった。
ちなみに優勝は横浜マリナーズU-12だった。
決勝戦は3対0の大差の圧勝で、2年連続優勝である。本当に凄い。
対戦して分かったが、悔しいが彼ら横浜マリナーズは本物だった。
個人個人能力が高いだけじゃなく、チームとして本気でサッカーを考えて動いていた。
オレが持っていなかった意識を、彼ら全員は実行していたのだ。
初日のアップグラウンドでは、あの三人に頭にきた。でも今では彼らのことを尊敬すらしていた。
本気で彼らもサッカーを考えて、愛しているのだ。
もしかしたらヒョウマ君にキツイことを言ったのも、なにか原因があったのかもしれない。
◇
「おい、リベリーロ弘前の14番!」
表彰式が終わり、誰かに声をかけられる。
14番……それはオレの背番号のことだ。
後ろを振り向くと、そこにいたのは横浜マリナーズU-12の選手たち。
例の三人だった。
たしか三人とも、まだ5年生。
それでもレギュラーで、決勝戦でも大活躍だった、凄い人たちだ。
「澤村のヤツは一緒じゃないのか?」
「ヒョウマ君を探しているの? ヒョウマ君はお父さんと、どこかに行ったよ」
ヒョウマ君を探していたらしい。彼は元Jリーガーの父親と、この全国会場のどこかに行った。
何でもJリーグ協会の偉い人に、OBとして挨拶にいくらしい。
ヒョウマ君は帰りの飛行機で、チームに合流すると言っていた。
「そうか……それなら、澤村に『初日のアップグラウンドで言いすぎた』と、伝えておいてくれ」
「えっ?」
「『田舎の弱小チーム』と言って悪かったと……あと、『親の七光り』だと、言って悪かったと……」
横浜マリナーズの三人は、頭をペコリと下げて謝ってきた。
彼らの方が2つも歳上なのに、素直に謝ってくれたのだ。
やはりあの時の言動には、何か理由があったのであろう。
元チームメイト同士にしか分からない、複雑な葛藤や感情の乱れが。
「うん、分かった。ヒョウマ君に伝えておくね。でも来年ここで、もう一度ヒョウマ君に直接、言った方がいいかも」
オレは全日本少年サッカー大会の大会旗を指差す。
それが意味するのは“来年また全国大会で会おう”だ。
「それから、もう、もう一つ。ボクは野呂コウタ……次は“リベリーロ弘前の14番”なんて呼ばせない」
「野呂コウタか……ああ、分かった」
悔しいが今のオレは、まだ地味な存在。
だから来年までに、もっと成長して全国大会に帰ってくる。
チームの中でも存在感の輝きを放つんだ。
これはオレの次なる目標であった。
よし、そのためには、もっと練習を頑張らないと。
急いで帰郷して、すぐにでも練習をしたい。
「ところで、野呂コウタ。準々決勝の時に思ったんだが、お前はいったい何者なんだ? ……って、もういないのか⁉」
横浜マリナーズの人が最後に、何か言っていたような気がする。
でもボクは急いでいたのだ。
急いでチームメイトのところに戻る。
これからバスと飛行機と、更にバスを乗り継いで帰郷。練習をしないといけないのだ。
「全国大会か……来年こそは絶対に……」
オレは仲間の元に向かいながら、覚悟をつぶやく。
こうして初めての全国大会は幕を閉じる。
オレたち小さなサッカー戦士は、故郷に帰還するのであった。
◇
閉会式が終わってから飛行を乗り継いで、東北の我が家に戻ってきた。
家に帰ってからも、何かと忙しかった。
もう日付は12月29日。あと少しで大晦日(おおみそか)である。
閉会式が終わって帰宅した次の日。12月30日の夕方にチームの皆と、コーチと選手の父母たちで“お疲れさま会”をした。
地元のファミリー向けの焼き肉屋さん。みんな大好きな食べ放題の店だ。
オレたち子どもたちはジュースを飲みながら、焼き肉を食べまくった。
コーチと親たちは酒を飲みながら、とても酔っ払っていた。
準々決勝で敗退したとはいえ、初出場で全国ベスト8まで勝ち残ったのだ。
大人たちにとっては大成果。本当に嬉しいのであろう。
オレの両親もいつになく浮かれていた。
一方でオレたち選手も、かつてないほど騒いでいた。店は貸し切りだったので、本当にたくさん騒いだ。
特に引退する6年生は、本当にいい笑顔をしていた。
父母会の人が用意した、自分たちの6年間のサッカースライドショー。それを見ながら笑っていた。
引退の最後の年にベスト8という、いい思い出が出来たと感動していた。
6年生たちの笑顔は、本当に輝いていたな……オレも3年後の引退の時に、あんな風に皆と笑い合いたいと思った。
◇
次の日の12月31日も忙しかった。
地元の新聞の取材をチームで受けた。主にコーチとキャプテンが、全国大会の話をしていた。
本当は有名な元Jリーガーの澤村選手の息子、ヒョウマ君にインタビューしたかったみたいだ。
でもヒョウマ君は家族で、ヨーロッパ旅行に行っていた。
澤村家は何でも正月は、毎年海外で過ごすらしい。すごい、リッチだ。
それに比べて一般庶民の我が家、野呂家は普通な年越しだ。
それにしても本当にバタバタした年末だった。
だがオレは自主トレを、一日も欠かさずにいた。
むしろ前よりも、気合いを入れてトレーニングしていた。
そういえばチーム内の先輩も誘って、今度から自主トレすることにした。
オレの知っている知識や技を、皆にドンドン伝えることにした。ヒョウマ君が帰国したら、彼も誘ってみよう。
あっ……鐘の音が……?
年を越して24時の除夜の鐘が、街に鳴り響く。
いつも通り21時に寝ている、オレの耳には聞こえていない。
でも、夢の中で少しだけ聞こえたような気がした。
◇
こうしてオレのサッカー人生の3年生編は、あと3ヶ月で終わりを迎えていた。
サッカーの練習をしていたら、3ヶ月もまたあっとう間に過ぎていくであろう。
そして4月から、いよいよオレは4年生になる。
4年生も今までと同じ、サッカー漬けの毎日であろう。全国大会に向けて、コツコツと練習の日々だ。
だが、そんな中で一つだけ、大きく違う出来事が待ち構えていた。
「今度こそは……」
年が明けてオレは覚悟を決めていた。
歴史通りならば、今年の夏に大事件が起きる。
その悲劇の交通事故で、オレは“家族全員と自分の右足”を失うことになるのだ。
「オレの右足を……そして、家族を絶対に守る!」
こうしてオレのやり直しサッカー人生は、まだまだ続いていくのだった。
◇
第一章『幼少期&小学生前半編』 (完)
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