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第15話:【閑話】:横浜マリナーズU-12の監督の話
《横浜マリナーズU-12の監督の話》
今年の全日本少年サッカー大会が終わり、関係者によるお疲れさま会が行われていた。
「あっ、澤村先輩。ご無沙汰しています」
「おう、久しぶりだな」
懇親会の最中、私はユース時代の先輩のところに挨拶にいく。
その先輩とは澤村ナオト。
Jリーグの横浜マリナーズの元トップ選手であり、自分の2こ上の先輩だ。
「全小2連覇、おめでとう。指導者としても、大したものだな」
「ありがとうございます、先輩。これも子どもたちのお陰です。今のジュニアの5年生には、いいのが三人いたのだ」
先輩からの祝辞に対して、謙遜しながら答える。
だが実際にジュニアチームの監督は、大したことはできない。子どものたちの才能を潰さないことが重要なのだ。
ある意味、才能ある子供が獲得できるかで、その数年の成績が決まるのだ。
「そういえば先輩のところの息子さん、いましたね」
先輩の一人息子の澤村ヒョウマ。彼が昨日の準々決勝で、我がチームが対戦した相手にいた。
相手のメンバー表を見た時は、私は思わず驚いたものだ。
澤村ヒョウマは小学生1年生から2年の春まで……4ケ月前まで我が横浜マリナーズU-12に在籍していた。
さすがは先輩の息子だけあって、1年生の時から上手かった。
だが才能がありすぎる故に、少し扱い使いところもあった。基礎練習やチームプレイを軽んじていたのだ。
「ヒョウマ君は、少し雰囲気が変わりましたね?」
彼は準々決勝で対戦したチームのエースであった。
そこで感じたのは、以前の精神的な未熟さが無くなっていたことだ。
普通はたった4ケ月で、あそこまで急成長はできない。
「ヒョウマ? そうだな、最近は家でも、自主練を頑張っていたからな」
先輩は苦笑しながら、酒を飲んで答える。
昔からこの先輩は、自分の子どもに対してドライだった。サッカーを自分で教えることもなく、スクールに委託していた。
だが、今日の先輩の笑顔は、どこか以前とは違う感じがした。この先輩にも何か変化があったのであろうか。
「もしかしたら先輩は、あのリベリーロ弘前とやらの運営に、携わっているんですか?」
私は聞きたかった質問を切り出す。
澤村先輩が東北の地方都市に引っ越したのは、今年の夏の話である。奥様方の実家がある小さな街だという。
息子のヒョウマ君は、その街のサッカーチーム“リベリーロ弘前”に入団した。
そして無名のサッカーチームを、いきなり全国大会に導く。更にベスト8まだ大躍進したのだ。
これはサッカー関係者の中でも、大ニューだった。この懇親会の中でも、そこら中で話題になっている。
『もしかしたら澤村ナオトが影のアドバイザーとして、リベリーロ弘前を鍛えているのではないかと?』
という話題と噂話しが飛んでいた。
「ふーん? それでお前が、オレに調査に来たのか? サッカー業界も大変だな」
「私も横浜マリナーズU-12の、いち監督でしかありません。立場を察してください、先輩」
全国大会でチームを連覇に導いた私だが、サッカー業界の中ではまだまだ若手の部類に入る。
上からの『後輩のお前が、澤村ナオトに調査してこい!』の命令には逆らえないのだ。
「残念ながら、オレは息子には関わってない。もちろんリベリーロ弘前にも。たまに父親として小さな大会に観戦に行くくらいだ」
「そうでしたか。でも、先輩がサッカーに離れているのは、もったいないです」
ここだけの話、澤村ナオト先輩は凄い選手だ。
サッカーの才能は疑うところがない。今だから言えるが現役当時は、日本代表も狙えた才能があった。
だが先輩はこんな感じで独特の性格。当時の代表の監督と性格が合わず、招集されることはなかった。
そのことを当時は誰もが悔やんでいた。
先輩は早くに引退してからは、サッカー業界にはほとんど関わっていない。
個人で立ち上げたベンチャー企業で大成功を収め、全国を家族と転々としていた。
だが澤村先輩はサッカー指導者としても優れていた。
それはユースチームで直に先輩から教わった、私と他の後輩たちの全員の意見だ。
だから、もう少し日本サッカー業界に関わってくれたら、私も個人的に嬉しいのだが。
「最後に一つ聞いていいですか、先輩?」
「なんだ、急に神妙な顔をして?」
「リベリーロ弘前の14番の3年生……あの子は何者ですか?」
これは個人的に、どうしても聞きたかったことだ。
昨日の準々決勝で私は、対戦相手に違和感があった。
それがヒョウマ君とコンビを組んでいた、14番の“野呂コウタ”という少年のことである。
試合を見ていたが、彼は特に身体能力や突発的な才能に、優れた子ではない。
才能だけならヒョウマ君や、うちのジュニア選手の方が何倍も優れているであろう。
そのことが、どうしても私は気になっていたのだ。
これは対戦した者にしか、感じない違和感であろう。
現に、この懇親会でも話題に出ているのは、リベリーロ弘前の中ではヒョウマ君の名前だけ。14番のことは各チームのスカウトマンの誰もチェックしていない。
「14番……あの子か……」
先輩は急に静かになる。
目を閉じて、何かを思い浮かべていた。
「あの子に関しては、よく分からん。だが息子に火を点けた、調本人でライバルらしいぞ」
「えっ……あのヒョウマ君のライバル?」
驚きの情報であった。
ヒョウマ君はうちのチームにいた時から、別格の才能の持ち主だった。だからいつもつまらなそうにプレイしていた。
全国大会2連覇をした名門チームですから、彼にとっては凡人の集まり。そう見えていたに違いない。
そんな気分屋で本物の才能を持ったヒョウマ君に、あの14番が火を点けたというのか。いったい、この4ケ月何があったのであろう。
「それから14番に関して、この動画を見てください、先輩」
準々決勝で撮影しておいた14番のプレイを、スマホで再生する。
「14番のこのフェイントから絶妙なパス……この技を知っていますか?」
それは私が今まで見たことがないテクニックだった。
自分は日本トップのジュニア監督であり、サッカーの勉強を欠かしていない。
毎日、世界中のサッカーリーグの情報集をかき集めていた。そんな自分でも昨日、初めて見た技だったのだ。
「……いや、オレも初めて見る」
「そうですよね。私も昨日、初めて見ました。次に今朝の南米リーグの試合の動画、これも合わせて見てください」
「これは……14番と全く同じフェイントからのパスだな?」
「はい、新テクニックとして世界で初めて、“今朝”に公開された技です。今日の昼のネットニュースで話題になっていました」
南米で公開されたこの新テクニックは、あっとう間に世界中のサッカー選手に広がっていくであろう。情報化社会の今の時代、新テクニックの拡散は一瞬だ。
そして世界中のサッカー選手が、自らがマスターしようと必死で練習していく。
この技は日本のサッカー少年で上手い子でも、数ヶ月の練習の時間が必要であろう。
それほど難易度が高い技である。
「でも、この14番は“昨日の昼の準々決勝”で、この技を使っていました。つまり彼は“ずっと昔から練習していた”はずなんです」
この事実は他の誰も気が付いていない、ちょっとした事件である。
A:昨日の準々決勝で、小学3年生の14番が新テクニックを使った→つまり数ヶ月前から練習していたはず
B:日本時間で今朝の試合で、南米の一流選手が世界初の同じ新テクニックを披露した→一流選手でも習得には、事前に1ヶ月以上はかかる難易度
このAとBは明らかに矛盾していた。だが実際に起こったのだ。
もしかしたら、普通の小学生の14番が、南米の一流選手の技を、先に自分で編み出したのか?……いや、そんなのは不可能に近い。
それなら14番は、その南米選手の息子とか? 父親が息子に先にテクニックを教えていたとか? ……いや、いや、有りえない話だ。私の頭がおかしくなりそうだ。
ふう……。
この問題は、動画で分析した自分しか、今のところ気が付いていいないであろう。
それほどまでに14番の技は、長年の練習で身についた動きだったのだ。
「もう一度、聞きます。リベリーロ弘前の14番。野呂コウタ君は何者ですか?」
「さあな……オレも知らない。だが、子どもにたちに大人が詮索するのは、あまり良くない。お前のところのスカウトマンにも言っておけ」
先輩の目が鋭く光る。
それは警告だった。
『リベリーロ弘前の14番に余計なことをするな』という強い警告。
この目をした時の澤村ナオトが恐ろしいことは、後輩である自分が一番よく知っていた。
これは警告に従っておくのが吉であろう。これ以上の詮索は中止。横浜マリナーズのスカウトマンにも言っておこう。
「それに、その程度のテクニックなら、このオレでも初見で、真似できるぜ」
何を思ったのか、先輩はいきなり行動を開始する。
懇親会の会場の横にあったビンゴゲームの景品。その中の少年用のサッカーボールを手に取る。
そのまま14番の技を再現しようとする。
「よっと! あれ……失敗か?」
ボールはあらぬ方向に飛んでいく。
懇親会場のはるか上座。日本サッカー協会のお偉いさんの頭に、軽くヒットする。
「おい、誰だ⁉ 澤村だと? またあの問題児か! おい、ここに正座しろ!」
幹部は昔の私たちのユース時代の、鬼コーチであった。
その後。何故か私も巻き込まれて、先輩と一緒に鬼コーチに説教をされてしまった。
今日の全国大会の優勝チームの監督だというに辛い。
本当にこの先輩には、昔から振り回さればかりだ。
それにしても、リベリーロ弘前の14番か。
あのチームは必ず来年も、全国大会に進んでくるであろう。しかも今年以上の凄みを増して。
私たち横浜マリナーズU-12は、来年も気が抜けなくなりそうだ。
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