第17話:サッカー少女

1/1
前へ
/58ページ
次へ

第17話:サッカー少女

 小学生4年生の7月になる。  妹の葵(あおい)がレギュラーに選ばれ、チームの新体制が出来てから3ヶ月経っていた。 「いくぞ、葵(あおい)!」 「うん、お兄ちゃん!」  今はちょうど他県のチームと、練習試合をしている最中。  新しくFWとなった妹の葵(あおい)に、オレはパスを出す。葵は鋭い見事なゴールを決めた。 「おい、野呂コータ! オレ様にもパスをよこせ!」 「うん、いくよ、ヒョウマ君!」  もう一人のFWであるヒョウマ君にも、オレはパスを出す。  ヒョウマ君も相変わらず見事なドリブルで、相手をごぼう抜き。そのまま華麗なゴールを決める。 「守備はオレたちに任せておけ!」 「上級生の意地を見せてやる!」  守備のDFと、中盤のMFは新5、6年生の先輩たちが頑張っていた。  彼らにヒョウマ君ほどのテクニックや才能はない。  でも小学1年から鍛えてきた基礎能力。それに横の連携は見事なもの。  彼ら先輩たちが縁の下で頑張っているから、オレたち攻撃陣は安心して攻めることができるのだ。 ピッピー!  試合終了のホイッスルが響き渡る。  練習試合が終わったのだ。  結果は4対1でリベリーロ弘前(ひろさき)の勝利。  試合後は相手チームとスポーツマンらしく挨拶をする。 「よし、今日はいい感じのゲームだった。でも気を抜くな!」 「「「はい、コーチ!」」」  コーチを中心にして、試合の反省会を行う。  それぞれが良かったところ。悪いこところ。改善点などを遠慮なく、必ず全員で意見を出していく。  時には選手同士で、ケンカ口調になる時もある。  でもコーチは止めようとしない。  子どもたちの自主性を育てるために、見守っているのだ。 「よし、今日はこれで解散だ。気を付けて帰るんだぞ」  練習試合と、実りある反省会も無事に終わる。  今日のチーム活動はこれで終了となる。  コーチは別の年代の指導もあるので、別のグラウンドへ向かう。 「ボクたちは残って、また自主練していきますか、先輩方?」 「そうだな、コータ」 「よっしゃあ! やってやるか!」  今日は日曜日。時間はまだ午後の3時で、帰宅まで時間がある。  いつものように夕方の6時くらいまで、チームメイトと自主練をしていくことにした。 「それにしても、コータ。お前の妹は凄いな」 「女で3年生なのに、なんであんなに上手いんだ?」  自主練をしながら先輩たちが、妹のことを絶賛してきた。  葵が選手コースのレギュラーになってから、まだ3ヶ月しか経っていない。  だが、その間の他チームとの練習試合で、葵(あおい)は多くの結果を出してきた。  デビュー戦での連続ゴールで、華々しいデビュー。その後も小さな地方大会で、得点を重ねてきた。  そして今では5、6年生を押し退けて、チームの正規FWの一人として定着していたのだ。 「ボクの妹が3歳くらいの時から、一緒に自主練をしてきました。でも、それ以外は特に何もしてないはずなんですが……」  自主練をしながら先輩たちに答える。  特に妹に対して秘密の特訓や、秘伝の授与なんかしていないはずだ。  とりあえず葵と自分の幼少期のスケジュールを思い出す。 ――――◇――――◇―――― 《野呂家 平日のスケジュール:幼稚園編》 朝6時:起床。8時半までの幼稚園バスまで、葵と自主練習 午後2時まで:葵も幼稚園でスポーツビジョンと判断力のトレーニングを真似していた。 午後2時から3時まで:葵と家で昼寝(成長ホルモンを促すため) 午後3時から夕方5時まで:葵と家の隣の空き地でサッカーの練習 午後5時:暗くなる前に家に戻り。夕飯まで葵と自室でサッカーの練習 午後6時:父親帰宅。夕飯とお風呂と歯磨きの時間 午後7時~8時半まで:自室で葵とサッカーの練習 午後9時:就寝 ※土日祝祭日は一日中サッカー漬け。 ※正月やお盆、夏休み、GWなど関係なく365日毎日 ――――◇――――◇――――  こんな感じで幼稚園時代と小学生の低学年は、葵と過ごしていた。  思い出してみれば、いつも葵と一緒に練習していたような気がする。  幼稚園の頃の葵は、まだ子どもで集中力がなかった。すぐに自主練を止めていた。  でも葵が小学生1年生になった頃から、激変していた。オレとの自主練に付いてきていたのだ。 「おい、コータ……お前たち兄妹は、そんな過酷な毎日を、送っていたのか?」 「はい、先輩。そうですが」 「ゲームとかTVとか、野呂家には遊ぶ時間は無いのか?」 「そう言われてみれば、家にオモチャやゲームは無いです……でもTVはサッカーの試合を欠かさず観ていました! 妹と足技の練習をしながら!」  先輩に言われて気がついたが、自分の家には遊ぶものが一切なかった。  それに妹もサッカー以外で遊んでいることを、見たことがない。 「マジか……野呂兄妹……恐るべし……」 「ああ、サッカー変態兄妹だな……」 「脳までサッカー筋肉かもしれないな……」  先輩たちは何やらザワついている。  もしかしたら自分たちの生活スタイルが、何かおかしいのであろうか? 「ちょっと、キャプテン! 今、お兄ちゃんのことを馬鹿にしたでしょう!」  葵の声と共に、サッカーボールが飛んできた。  ザワザワと噂話をしていた、キャプテンの後頭部に命中する。  おお、凄いコントロールだ。さすがは葵である。  いや、3年生の女の子が、6年のキャプテンにボールをぶつけたらダメだろう、普通は。  キャプテンは一瞬、意識が飛んでいたぞ。 「キャプテン、大丈夫ですか?」 「大丈夫だ、コータ。葵ちゃんを怒らせた、オレたちの方が悪かった。ほら、自主練を再開するぞ、みんな!」  キャプテンたち先輩は、葵(あおい)に甘かった。  逃げるようにして自主練に散っていく。 「ほら、お兄ちゃんも練習しないと! もうすぐ夏休みのサマー大会があるんでしょう?でも、お兄ちゃんは凄いから、大丈夫かな」  オレまで妹に叱られてしまった。  どうして、こんなサッカーばかりな女の子に、なってしまったのであろうか。  兄としては、出来ればスカートをはいた、お淑(しと)やかな女の子に育って欲しかった。  葵(あおい)の外見は可愛い。  兄バカをはっきする訳はないが、結構可愛い女の子だと思う。だから、もう少し女の子らしく、すればいいのに。  そういえば、学校の3年生の男子からも、葵は人気があると噂で聞いていた。兄として自慢の妹である。  でも変な虫がついてないか、少し心配になってきた。  そう考えると、やはり葵は今のままが、いいのかもしれない。  凄い妹を持つと、兄は色んな悩みが出来てしまうものだ。 「よし、ボクもサマー大会に向けて、頑張らないと!」  オレも自主練を再開する。  あまりバカ騒ぎをしていると、本当にあっとう間に一日は過ぎていく。  今の7月の半ば。  一番の目標である全日本少年サッカー大会。その地区予選まで、残り3ヶ月もないのだ。  昨年のリベンジをするために、一日一分だって無駄には出来ない。  サッカー人生に近道や裏技はない。  日々のコツコツした努力の先にだけ、夢が広がっているのだ。 「そして……あの日まで、あと5日か……」  今度は誰にも聞かれないように、オレはつぶやく。  いよいよ五日後に迫ってきたのである。  それは前世のオレの人生を、大きく狂わせた大事件。  今世では絶対に回避しなくてはいけない、悲劇のフラグ。 《家族全員とオレの右足を奪った、4年生の夏休みの交通事故》  その事故の日まで、あと5日だった。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加