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第18話:運命の一日
全てを失った交通事故。
忘れもしない、あれは小学4年生の夏休みの一日目。
隣県の祖母の家に、家族旅行で遊びにいく自家用車での道中だった。
父の運転で、オレと妹と父と母。
家族4人で車は家を出発して、国道を走っていた。
時間は昼ご飯を食べた後の、午後の1時半ちょうど。車内で好きなTV番組を見ていたら、それだけは鮮明に覚えている。
国道の大通りの交差点が、青になる。
父は安全を確認してから、発進した。
そして、直後である。
ドーンという、今まで聞いたことのないような轟音。同時に衝撃がオレの全身を襲う。
……オレは気が付くと、病院の集中治療室にいた。
事故から数日が経っていた。
オレは右足を事故で失っていた。そして家族三人も失っていた。
その後の人生は本当に、大変だった。今思い出しても、胸が苦しくなる。
施設に預けられながら、小学と中学、高校を卒業した。
右足のないオレは生きていくために、勉強だけは頑張った。
頼るべき家族は誰もいない。
一人で生きていくために、必死で勉強して、就職もした。
その後、オレは地元の社会人サッカーチームと出会う。
オレはサッカーが出来ない身体。
だからサポーターとしての、人生がスタートしたのだ。
それからはサッカーオタクとして楽しい毎日だった。人生の全ての時間と金を、サッカー観戦に費やした。
だが事故の後遺症が発症。31才のあの日に、オレは死亡したのだ。
全てはあの事故のせいであった。
あれが無ければ、オレは全てを失わずに済んだはずだ。
そして、いよいよ。交通事故、当時の朝がやってきた。
◇
《朝の8時》
「お兄ちゃん、いよいよ、今日から夏休みだね!」
「うん、葵(あおい)……そうだな」
日課の朝練を終えて、妹と家に帰宅する。
朝ご飯は成長期のスポーツマンに、絶対に欠かせない。
朝食後は夏休みの宿題を、葵と一緒にやる。
前世のオレは宿題を、最後の方に焦りながら片付けていた。
だが今世では違う。
早めに済ませて、残った時間はサッカーに費やすのだ。
何しろ高校卒業までの学力がある。小学生程度なら簡単すぎる。
オレはあっとう間に、夏休みの宿題を終わらせる。
ちなみに葵は宿題に、もう何日かかかりそうだ。
◇
《午前11時半》
少し早めに、昼食を済ます。
消化にいい炭水化物と、タンパク質と野菜が中心のご飯だ。
最近、母親は食事に工夫をしてくれる。栄養のバランスがいいのだ。
なんでも通信講座で“アスリートフードマイスター”という資格をとったらしい。
アスリートのパフォーマンスを最大化するために、年齢や競技別で、最適な食を考える資格である。
そのお陰でオレと葵は、栄養満点で美味しいご飯を毎日食べられる。
母親の支援に感謝である。
◇
《昼の12時半》
いよいよ運命の時間が近づいてきた。
「そういえば、コータ。今日はどうしても、用事があるんだよな?」
「うん、お父さん……この後、14時に、どうしてもグラウンドで用事があるんだ……」
「それなら、おばあちゃん家に行くのは、明日の昼だな」
交通事故に遭わないようにするために、オレは作戦を進めていた。
作戦は簡単である。
『事故のあった今日の午後13時半に、家族全員を家にいてもらう』
という作戦だ。
14時に用事があるのも嘘である。
こんな単純なことで、運命を変えることは出来ないかもしれない。
だが自分はまだ家の中で、決定権のない小学生4年生である。
あまり強引な作戦は逆に、悲劇を起こしかねない。
後は作戦が上手くいくことを、祈るしかない。
◇
《午後1時》
いよいよ運命の時間が、30分後に近づいてきた。
よし、最後の作戦を実行しないと。
「お父さん、この間の練習試合の動画を、見たいんだけど?」
「ん、今か?」
「うん、今! 出来れば、お父さんも一緒に見て欲しいな。あっ、そうだ! 葵とお母さんも一緒に見ようよ!」
オレはやや強引に、家族全員をリビングに集める。
かなり演技でカラ元気かもしれないが、家族の為には、なりふり構っていられない。
先日の試合の動画は、全部で50分ほどあったはずだ。
これを見ていたら、事故のあった午後1時半は、全員が家の中にいる計画。
これにも理由がある。
両親のどちらかが、車で近所に買い物に行くのも、オレは阻止したかったのだ。
「コータが、そんなことを言うのは珍しいな……」
「でも、せっかくなの、4人で一緒に観ましょう、パパ?」
「そうだな」
「葵もお兄ちゃんが活躍するのを見たい!」
よし、作戦が上手くいった。
動画を居間のテレビに接続して、家族4人で練習試合を見始める。
◇
《1時29分》
オレは試合を観ならが、時計ばかりを気にしていた。
昔読んだSF本には、『運命は絶対に変えられない』と書いてあった。
タイムマシンで過去に遡っても、違う原因で死んでしまうアレだ。
“もしかしたら、1時半になった瞬間に、この家に隕石が落ちてくるかもしれない”
“もしかしたら、ガス爆発が起きてしまうかもしれない”
そんな映像が頭に浮かんでしまう。
気のせいか右足が、ジンジンと痛み出してきた。
だが負けずに、気をしっかりと持つ。
これはオレと“運命の神”との戦いである。
大事な家族を守るために、オレは覚悟を決めていたのだ。
◇
《1時30分ちょうど》
何も起きない。
《1時35分》
家の周りも静かである。
《1時50分》
練習試合の動画が終わる。
何も起きていない。
だが、まだ油断はできない。運命の神は気まぐれだ。
時間差でオレを落としいれるのかもしれない。
◇
《午後2時》
アリバイ作りのために家を出る。
チームのグランドに一人でやって来た。
だが用事など本当は何もない。
スルーして、その先にある場所に向かう。
オレが行きたかったのは国道沿いの場所。
前世で交通事故に巻き込まれた、あの場所に急いで向かう。
◇
「あっ……事故が……」
前世の事故現場に到着する。
今世でも確かに交通事故が起きていたのだ。警察が事故処理をしている。
その光景に心臓が止まりそうになる。
あの時の大型トラックが脱輪して、壁に突っ込んでいた。
野次馬の人の話では、大きなけが人は誰もいないという。
事故があった時間は、ちょうど午後の1時半くらいだという。
「そうか……オレは運命を回避できたのか……」
その現場を見て、オレはカミナリのような直感に襲われる。
『オレと家族は悲劇の運命を回避できた』という直感に。
これは上手くいえないけど、確実なことだった。
先ほどまであった右足の痛みも、嘘のように消えていく。
オレは悲劇の運命に勝ったのだ!
「そうだ! 急いで家に戻らないと!」
国道から急いで家に戻る。
家族の顔を見るまでは、安心が出来なかった。
◇
車に注意しながら、全力疾走で家に辿りつく。
「ただいま!」
「コウちゃん、お帰り。随分と早かったわね」
母親は無事であった。
明日の旅行の準備をしていた。
「どうした、コウタ。そんなに息を切らして? おしっこが漏れそうなのか? 慌てん坊だな! はっはっは……」
父親も無事であった。
いつものように冗談を言って、自分で笑っていた。
「あっ、お兄ちゃん! 宿題で分からないところがあるの。教えてちょうだい」
妹の葵も無事であった。
夏休みの宿題を、一生懸命に終わらせようとしていた。
これが終わったら、サッカーの自主練をするらしい。
ああ……いつもの日常である。
「うん、よかった……ただいま……みんな……」
家族3人の顔を見て、涙がこぼれてきた。
目頭が熱くなり、どんどん涙があふれてくる。
どう考えても不自然な行動である。
もっと自然に振る舞わないといけない。本当に不自然なほどに、オレは大泣きしていた。
「コウちゃん、どうしたの⁉」
「どうした、コウタ? どこか痛いのか⁉」
両親は心配して駆け寄ってきた。
「うううん、何でもない。ちょっと、目にゴミが入っただけ……だから、大丈夫……」
そのまま両親に抱きついていく。
小学生4年生が大泣きしなら、親に抱きつくのは少し照れくさい。
でも、今だけ許して欲しい。
この家族の温もりを失わない人生。ようやく手に入れることが出来たのだから。
◇
その日の午後。オレは珍しく一日中、家の中にいた。サッカーの自主練は休みにした。
家族と昔の写真アルバムを見たり、お笑い番組をTVで見たりした。
夏休みの練習や大会のことを、皆で話をした。
もうすぐある隣県のJリーグの試合のチケット。その空席具合を、みんなで探したりもした。
家族4人で和気あいあいと。
本当に何気ない普通の時間。
でも、今のオレにとって、40年目にしてようやく訪れた幸せな時間であった。
「じゃあ、おやすみなさい……」
その日の夜は、久しぶりに家族4人で一緒に寝た。
オレがお願いしたのである。
小さい頃のように4人で川の字になって、安堵の眠りにつく。
◇
次の日の朝がやってくる。
「朝練に行ってきます!」
「お兄ちゃん、待ってよ!」
祖母の家に行く前に、日課の朝練に妹と向かう。
練習場にはチームメイトたちもいるはずだ。
交通事故は無事に回避できた。
今日から、またサッカー漬けの毎日が始まる。
「よし、心機一転で頑張っていくか!」
オレは気合いの声と共に、飛び跳ねる。
気のせいかもしれないが、身体は羽が生えたように軽くなっていた。
もしかしたら交通事故のフラグを回避して、心の負の重りが消えたのかな?
いや、そんな漫画みたいなことは無いか。
とにかく今は、12月の全国大会に向けて、これまで以上に頑張らっていかないと。
オレは無事に運命を回避できた。
こうして今年の全国大会に向けて、サッカー三昧の日々が始まるのであった。
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