第3話:幼稚園児のトレーニング

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第3話:幼稚園児のトレーニング

 3歳の幼稚園児に転生した二日目。  朝に目を覚まし、八時半の幼稚園バスで登園する。  幼稚園では歌を歌ったり、お絵かきをしたり、遊んだりだ。  精神年齢が31才だったオレにとっては、はっきり言ってつまらない時間。  だが転生者だと疑わないように、オレは一生懸命に遊んだ。  むしろ段々、楽しくなってきていた。  前世では右足を事故で失っていた。小学生の時から、かなり不自由な毎日。  だが今度は健康的な身体が、ちゃんとある。それだけでも嬉しかった。 ◇  午後二時になり、幼稚園バスで降園する。  家でも子供らしく振る舞う。  三時のオヤツを食べたり、子供番組を見たりする。 「ただいまー!」  夕方六時になり父親が帰ってきた。  その手には新品のサッカーボールがあった。  昨日の約束をちゃんと守って、仕事帰りに買ってくれたのだ。 「そうら、コウタ。サッカーボールだぞ」 「うん……パパ、ありがとう!」  オレは子供らしく、買って貰ったボールに喜ぶ。  だが内心では興奮しすぎて、心臓がバクバクしていた。 「ニイニイだけ、ずるい! アオイもボール、欲しいよー」 「葵(あおい)には、このゴムボールを買ってきたよ」 「やったー!」  妹の葵(あおい)はオモチャのゴムボールをもらっていた。  まだ二才なので、ゴムボールでも、すごく喜んでいた。 「パパ。ボク、お部屋でボールを空けてくるね」  夕飯まで少し時間があった。  オレはどうして一人になりたくで、奥の自室に行く。  スポーツ用品店の袋を開封して、中から白黒のサッカーボールを取り出す。 「すごい……サッカーボールだ……」  取り出したボールに思わず感動する。  ここから自分の第二の人生が再スタートする。そうと思うと、心が震えてきた。 「よし、ドリブルしてみよう……」  室内なので激しいことは出来ない。  部屋の物を壊したら、ボールを親に没収されてしまう危険もある。気をつけないと。    ボールは小学生用のボールだった。三歳のオレには少し大きめのボール。  それを両足で蹴り、ドリブルを試みる。   「あれ? 上手くいかないな……でも、仕方がないか」  前世のオレは、小学生の時に右足を失っていた。  そのショックもあり、サッカーをまともにした経験は無い。    だからドリブルもまったく出来ない。これも仕方がないであろう。 「凄い……感動だ。オレ……サッカーが出来るだ……」  だがオレは感動していた。  感動のあまり、涙が出そうになる。ボールを自分の右足で蹴れることに、感動したのだ。  やはり子どもの身体は涙腺が緩いのかもしれない。気を付けないと。 「よし。今日から毎日、計画通りに練習をしていこう。絶対に上手くなるために……」  興奮から少し冷静さを取り戻す。二度目の人生の方向性を誓う。  今のオレは幼稚園児の三歳だ。 〝将来的サッカー選手になる”   そのために今日から自由に出来る時間を、全てサッカーのために費やしていく。  他の子どもたちがゲームで遊んでいる時間。TVを見たり、勉強をしている時間。  その全ての時間を、オレはサッカーのため過ごしていく。  もちろん幼児期に過度なトレーニングが禁物だ。  必ず成長に合わせたトレーニングを行っていく必要がある。  その辺のトレーニングメニューは、頭の中ですでに計画していた。今日の幼稚園でずっと考えていたのだ。    オレはサッカーの経験は皆無である。だが知識だけなら一人前だ。    特に幼少期に事故にあった後悔。だからサッカーのトレーニング方法を勉強していたのだ。  まさか転生した時に、本当に役立つとは思ってもみなかった。 「まずは毎日、ボールの感覚に慣れていこう。小学生に上がるまで、毎日、毎日だ……」  小学生くらいの少年期のサッカー選手。そこで一番大事なのは、ボールの感覚を掴むことだと言われていた。  だから幼稚園児の内に、それを早めにマスターしておく。  前世では大けがをしていたから、自分のサッカーの才能は分からない。  もしかしたら自分にはサッカーの才能は無いのかもしれない。  だがオレには二十数年後に発展し続ける、最新的のサッカーのスポーツ理論が頭の中にある。  適正なトレーニングで、他の子どもの何倍も努力していく。  そうすれば、必ず何とかなるであろう。    いや、絶対になんとかしてみせる! 「よし、毎日、頑張ろう! それにしてもドリブルは難しいな……でも、本当に楽しい!」 ◇  その後、時間を忘れるくらいに、ボールの感覚の練習をしていく。  夕ご飯を食べて風呂に入った後も、ひたすら部屋で練習をする。 「おっと、夜の八時半か? そろそろ寝ないと」  スポーツ選手にとって睡眠は大事。 【サッカー選手になるための計画その1:睡眠は毎日しっかりとる】  スポーツ選手で一番大事なのは身体である。そのためには食事と睡眠は特に大事だ。  睡眠時にしか出ない脳内の成長ホルモンもある、と言われていた。    特に幼稚園児の今は、大人よりも長く寝る必要がある。  毎日9時前には絶対に寝る計画だ。 「疲れた1日だったな……でも、充実した一日だったな……」  柔軟ストレッチをした後にベッドに入る。  まだ3歳なので両親と同じ大きなベッドである。  父母と2歳の妹の葵(あおい)と4人で、川の字になって就寝する。    精神年齢が三十一才のオレは、少し恥ずかしい気がする。  だが前世では味わえなかった家族の温もり。何とも言えない幸福感に包まれる。    そのまま睡魔に襲われて、泥のように眠りに落ちるのであった。 ◇ 「よし。いよいよ今日から本格スタートだ」  次の朝6時なり目を覚ます。  一人でトイレにいって、奥にある自室に行く。まだ早朝なので家族は起こさないようにしないと。    まず入念に柔軟とストレッチをしてから、早朝のトレーニングを開始する。  朝8時半の幼稚園児バスが来るまで、十分に時間がある。  7時の朝ごはんと、登園の準備以外の時間は、早朝のトレーニングに費やすことができる。 「じゃあ、コウタ。パパ、仕事に行ってくるぞー。おお? コータ、サッカーしているのか? そんなに楽しいのか?」 「うん! 楽しいよ、パパ! サッカーボール、ありがとう。お仕事いってらっしゃい、パパ!」  仕事に出かける前に父親に、子どもらしく挨拶をする。    本心でもサッカーの練習が楽しくて、仕方がなかった。  オレは明らかに昨日よりも、ボールタッチが上手くなっていたのだ。  子どものころは、身体も脳も物覚えのいいのであろう。反復練習をしたことを、ドンドンと身体が吸収していた。  もちろん、いきなり高難易度のテクニックを使える訳ではない。  だが脳内の記憶にある世界プレイヤーの動きを、オレはイメージして練習していた。  だてに前世ではサッカーオタクをしていた訳ではない。  古今東西の過去から現代までの、往年のプレイヤーたちの動きの脳内動画。それを師匠として自主練習していく。 「コータ、幼稚園児バスが来たわよ」 「うん、ママ。今行く!」  朝8時半になり幼稚園児バスが来てしまう。  ここから降園の午後2時までは、サッカーボールとはお別れだ。  本当は一日中でも練習していたいが、成長期の無理は禁物だ。   3歳らしく幼稚園を楽しもうじゃないか。 ◇  幼稚園に登園する。  幼稚園を純粋に楽しむ計画は中断だ。  いや、正確には幼稚園は楽しむが、ここでもサッカーのトレーニングをする。  トレーニングと言っても、ボールを使った練習ではない。 【サッカー選手になるための計画その2:スポーツビジョンと判断力を鍛える】  これをオレは幼稚園でトレーニングしていくのだ。  スポーツビジョンとは、スポーツを行う上で重要となる眼の能力だ。  よく聞く「動体視力」もスポーツビジョンの1つ。他に「 眼球運動」や「周辺視」など様々な項目がある。    子どものうちからスポーツビジョン能力を向上させることが、競技力の向上に繋がると言われていた。  これは昔は無かったスポーツ理論。  だが前世の時代では当たり前のように、一流選手は実戦していた。  ランダム配置の番号を1~30まで順番に、素早く押していく。あのゲームみたいな練習だ。 『幼稚園児は動きや言動がランダムで、なおかつ激しい。だからスポーツビジョンと判断力のトレーニングに向いている』  そう思ったオレは、さっそく実戦する。  皆で絵を書く時、大ホールで鬼ごっこで遊ぶ時。園庭で学年が混じって遊ぶ時。  そんな時にオレは自主トレをするだの。  なるべく大人数で遊びつつ、オレがリーダーとなり遊び方を誘導する。  その時に随時に友だちの名前を呼びつつ、眼球移動をしていく。当時に遊びの指示を出して、どんどん盛り上げていく。  もちろん相手は幼稚園児なので、動きや反応はかなり不規則である。そんな時は的確に判断をして返事をして、また指示を出していく。  イメージとしては“幼稚園のクラスのガキ大将+総司令官”  そんな感じだ。 「ううう……これは思ったよりも脳に負荷かかかるな……」  この幼稚園でのトレーニングは思ったよりも大変だった。  だが同時に鍛え得られている感が半端ない!  これを毎日続けていけば、スポーツビジョンと判断力を鍛えていくことが出来るであろう。  幼稚園にいる3年間は毎日、続けていくことにしよう。 「午後に2時過ぎになったら家に帰る」  その後はサッカーボールで自主練だ。  こうして寝ている時と、食事の時のそれ以外の時間。    全ての時間をサッカーのトレーニングに費やす、計画が着々と進んでいくのであった。
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