第6話:小学1年生になった

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第6話:小学1年生になった

 オレは小学校に入学した。  いよいよサッカー活動が、本格的にスタートする年齢になったのだ。 「ママ、行ってきます!」 「コウちゃん、車に気を付けていくのよ!」 「うん、分かった!」  入学してから2週間ほど経っていた。  部屋での早朝の練習を終えて、8時前に小学校に向かう。バス送迎だった幼稚園の時とは違い、帆徒歩での通学だ。 「小学生になったから、持久力も徐々につけていこう」  そんな持久力アップを意識しながら、登校していく。  幼稚園の時は、どうしても心臓や肺が成長しきっていない。だから無理な長距離走は、これまで控えてきた。  だが小学生に入ると、これからどんどんスタミナがついていく。登下校の片道30分。ここを歩くのは貴重なトレーニングとなる。  重心や足運びに気をつけながら、早歩きで登校する。アスファルトの固さで、成長期の関節を悪くしないように気をつける。  これがけっこう辛い。全神経を集中した競歩に近い。  だが入学してから、かなり慣れてきた感じがする。 「明日は、あっちの道を行ってみようかな」  慣れてきたら、通学路を変えていくものいいかもしれない。  特に“心臓破りの坂”として、地元の大人にも恐れられている坂道もある。かなり遠回りになるが、いつか挑戦してみよう。 「焦らず、急がず。千里の道も一歩より……」  サッカーやり直して人生は、コツコツした努力しかない。  本当はサッカーボールを蹴りながら、トレーニングしながら登校したかった。だが両親に初日に止められて、やむなく断念。  昔見たサッカー漫画ではOKだったのに……今は時代的に厳しいのかもしれない。 ◇ 「先生、おはようございます!」  小学校に到着して、間もなく授業が始まる。  入学した小学校は、幼稚園に続き前世と同じだった。なんの変哲もない普通の小学校である。 「では、この問題が分かる人?」 「はい!」 「……コウタ君、大正解です!」  授業では積極的に手を上げて、答えようにしている。  また難しいクラス係りがあったら、率先して名乗りでる。  実はこれも幼稚園の時を同じ、“スポーツビジョンと判断力のトレーニング”の一環。  あえてクラスの中でも忙しくて、複雑な立場に自分を置いておく。これにより常に瞬間的な判断が試されるのだ。 「算数のテストで、コウタ君はまた100点です。みんな拍手!」  今世オレは小学生の授業では、常に満点だった。  何しろ前世では31歳のオッサン。一応、高校までは卒業していたので、学力的には心配ない。  更に宿題は渡された瞬間に、すぐに終わらせておく。作文や漢字練習も、速攻で終わらせる。  なぜなら学校の授業以外は、すべてサッカーの練習に費やしたかった。家に帰ってから、宿題に時間を取られたくないのだ。 (よし、この角度なら先生にも見えていないな……)  むしろオレは授業中も、こっそりとサッカーの練習をしていた。授業中は裸足になり、サッカーボールを足で転がしていたのだ。  こうすれば授業を聞きながらでも、ボールタッチの感触を鍛えられる。先生やクラスメイトには気がつかれないように、こっそりとだ。  更に授業中はクラスメイトの動きに全神経を集中して、無意識的に足を動かす。こうすることによって“スポーツビジョンと注意力”も鍛えることができる。  まさに一石二鳥である。  凄いサッカー選手になるために、一分でも時間は無駄にしたくなかったのだ。 ◇ 「ふえ……ん。給食を食べたら眠くなっちゃった」  そう言えば昼の給食を食べ後、オレは昼寝をするようにした。  これは“昼寝による成長ホルモンを促すため”である。  夜の睡眠だけでは得られない成長ホルモン。小学生の平日のスケジュールなら、昼休みの昼寝が最適だ。  昼休み、他のクラスメイトは校庭や体育館で、元気に遊んでいる。だが、そんな中でオレは一人だけ、机で昼寝に勤しむ。  少し寂しい気がするが、これもサッカーのためである。1cmでも身体を大きくして、フィジカル強くしていく必要があるのだ。 ◇  キーコン、カンコーン♪  授業終了の鐘が鳴る。  1年生はこれで帰宅の時間だ。 「先生さよーなら! 皆さん、さよーなら!」  皆に挨拶をして、一番先にクラスを出ていく。義務教育の拘束の時間は終わった。  これから先は、いよいよサッカーのトレーニングために時間を使えるのだ。 「ママ、ただいまー!」 「コウちゃん、お帰りなさい。オヤツはそこにあるか、ちゃんと手洗いとうがいをしてね」 「うん。いつもありがとう、ママ!」  まだ1年生なので、午後3時ころに帰宅する。  まずは母親が用意してくれたオヤツを食べる。  オヤツといっても、甘いお菓子ではない。オニギリやサンドイッチなどの、炭水化物を中心にした間食である。  これはオレが母親にお願いして、お菓子から変更してもらったものだった。  体がどんどん成長する子供時代は、毎日たくさんの栄養を摂取する必要がある。  特にオレは一日のほとんどを、身体と脳のトレーニングに費やし、大量のエネルギーを必要とする。  だが幼い頃は、一食で食べられる接取出来る量に限界がある。まだ大量にご飯を食べられない。  だからオレはこうして間食でエネルギーを補給していたのだ。 「ママ、ごちそうさまでした。行ってきます!」  三時の間食を済ませたオレは、サッカーの練習に向かう。大きめのリュックにボールと着替えを入れていく。 「今日も早めに練習に行くの? 車に気を付けてね、コウちゃん」 「うん、分かった!」  小学一年生になったオレは、地元のサッカーチームに入会していた。  練習は週に3、4回。時間は夕方の5時から7時までの二時間。  今の時計の時間は、まだ三時半くらい。だがオレはいつも、早めに練習場に行っていたのだ。  なぜなら夕方の5時までは、練習場には誰もいない。一人で自主練を思う存分にできるのだ。  練習場まで片道徒歩で20分かかる。だから計算すると70分も、一人でみっちり自主練が出来るのだ。 ◇ 「では、これからスクールコースの練習を始めます!」 「「「コーチ、よろしくお願いします!」」」  自主練が終わった後。夕方5時なり、いよいよサッカーチームの練習がスタートする。  オレが入っているのは、小学1年から3年までいる“スクールコース”。低学年のうちは、スクールコースしか選択できないのだ。 「じゃあ、1年生はボールタッチの練習。あとはパスやキックの練習だ。無理はするなー。楽しんでやれー」  ここにいる1年生は、2週間前まで幼稚園児だった。だからコーチも無理はさせない。  まずはボールを怖がらずに、楽しむことを教えてくれる。 「うわー、難しいー」 「あれー?」  小学生1年生たちは、ボールタッチに苦戦していた。足がボールに付いていかないのだ。  だがオレは幼稚園の三年間、ずっとボールタッチの自主練をしてきた。  スクールコースの内容は、とても簡単な練習であった。 「でも……楽しい!」  オレは思わず叫ぶ。  練習は簡単だが、凄く楽しいのだ!  これまでオレはずっと一人(ぼっち)で練習をしてきた。  たまに1才下の妹の葵(あおい)と、練習する時間もあった。だが普通の幼稚園児である葵(あおい)に、ハード練習で無理はさせられない。  また土日は父親も、オレのサッカーの練習相手になってくれた。だがサッカー未経験の父親に、あまり無理はさせられない。  何しろ元気な子ども相手に、サッカーをするのは疲れる。父親がサッカー嫌いになっては、今後の計画に支障が出てしまう。  だからオレは幼稚園の3年間は、基本的に一人で自主練してきた。 「パス練習……ドリブル競争……ほんとに楽しい!」  そんなオレは、本当にサッカースクールが楽しかった。  周りに同格年の1年生がいる環境。ここは本当にサッカーしている感じがあるのだ。 「よし、1年生は、どんどん走れー。転んでも痛くないからな!」 「本当だ、コーチ! 痛くない!」  練習で勢い余って転んだ、オレは思わず笑う。  なぜならこのチームの練習場は“人工芝”なのだ。特殊なプラスチック製の緑色の芝生に、柔らかいゴムチップが撒かれていた。  だから転んでも全然痛くないのだ。むしろ気持ちいいくらいだ。 “芝のあるチームでの練習が出来る”  これはオレが、このチームを選んだ一番の理由なのだ。  実は小学校に入学した時に、オレは何個かの選択肢があった。 ①小学校の部活、通称スポーツ少年団に入る。(土グランド。規模は小さい) ②地元の強豪サッカーチームに入る。(土グランド。規模は大きい) ③創設されたばかりのこのサッカースクールに入る。(人工芝グランド。規模は普通)  この三択であった。  父親は②強豪のチームをオレに勧めてきた。親としては強豪の方が安心なのであろう。  だが上記の三ヶ所の見学と、事前体験に行ったオレは即座に決断した。  それは「弱小だけど創設されたばかりの③サッカーチームに入る」という事だ。  オレの前世はサッカー知識オタク。  だから子供の時期に芝で練習することに、かなりこだわっていた。  少し長くなるかもしれないが、『サッカーと芝の関係』のオレの持論を話しよう。 ◇  Jリーグが発足した年から、日本でもサッカーが盛んになってきた。  だが強豪の欧州や南米と、日本の差が埋まっていなかった。  それは『日本のサッカー選手が“芝で過ごす時間”の絶対的に短いからだ』……そんなデータも一つにある。  日本の小学校やサッカースクールの子どもの多くは、土のグラウンドで大半を過ごす。それに比べて、欧州の育成年代は、その殆どを芝で過ごしているのだ。  その違いによって生まれるのは、サッカーの基礎となる“キックの質”である。  もしも理論が気になるのなら、 A:実際に土の上で蹴る。 B:公園の芝生の上で蹴る。  この二つのパターンを実際に試して欲しい。きっと感覚が違うであろう。  もちろん土のグランドで練習すれば、土での試合では有利に成長していく。  だがJ3以上の日本のプロリーグは、天然芝での試合が規則で決まっている。もちろん海外のプロリーグも必ず、天然の芝生での試合。  つまりサッカー選手になりたいのなら幼いうちから、芝生に慣れておかないといけないのだ。 ◇  はぁ、はぁ……。    話が少し長くなってしまった。息遣いも荒くなってしまった。  こんな前世でのサッカー理論もあり、オレは芝生でのプレイに固執したのだ。異論もあるかもしれないが、今回はこの道でゆく。 「よし、後半の60分はミニゲームをやるぞ! 色別のビブスを着てチーム分けしろ」 「「「やったー、ミニゲーム!」」」  夕方の6時となる。  基礎練習が終わり、いよいよお楽しみの時間となる。試合形式のミニゲームが始まるのだ。  子どもたちは大きな声で喜んでいた。  もちろんオレも喜んでいた。大好きな試合の時間がやってきたのだ。  ミニゲームは基本的に、同じ学年同士で対戦する。  ここの1年生のスクールコールには、まだ10人しかいない。だから自動的に5対5のミニゲームとなる。  試合といっても、まだ小学1年。  開始と同時に“団子状態”で、全員がボールに群がる。  まだパスも連携もない。はっきりと言って、かなり稚拙な試合展開である。    だがオレはミニゲームを楽しみにしていた。  何しろ自分はサッカーに対して飢えている。  どんな試合でも出来ることが、最高に楽しい時間なのだ。 「コータ、お前は今日から、三年生のチームでミニゲームしろ」 「えっ? 三年生……ですか、コーチ?」 「ああ。先週の感じだと、1、2年じゃ話にならなかったからな。さあ、いけ!」  なぜか分からないが、オレは今日から三年生のミニゲームに混じることになった。  3年生は全部で14人いる。5人の3チームに分かれて、交代で戦うのだ。  でも本当に3年生のミニゲームに混じって、大丈夫なのかな?   何しろオレと相手は体格がまるで違うのだ。  オレも1年生の中では大きい方。たぶん前世の1年の時よりも、身長は大きくなっている。おそらく幼稚園時代の【よく食べて、よく寝て、適度に運動】作戦が功を奏したのであろう。すくすくと育っていたのだ。 「こんにちは1年の野呂コウタです。3年の先輩の皆さん、よろしくお願いします」  試合が始まる前に、頭をペコリと下げて、礼儀正しく挨拶する。最初の印象は大事だ。  それにしても、3年生は全員の身長が大きい。オレより頭一つ分は大きい。 「おい、あいつは先週の2年との試合で……」 「ああ。ハットトリックを決めた……」 「おい。あいつのマークを厳しくしろ……」  何やら相手チームの3年生たちが、かなり気合を入っている。オレを見ながら作戦を立てていた。 「よし……よく分からないけど。頑張ろう。それに楽しんでいこう!」  いよいよ、キックオフ。  体格差に最初は苦労した。  でもオレは三年生とのミニゲームを、かなり楽しむことができた。  やっぱり三年生になると、上手い人も多い。  それにパスやフォーメーションを使ってくる。  これまで一人(ぼっち)練習だったオレには、凄い勉強になる相手。しかもミニゲームで得点も決められて、楽しい時間だった。 「おい、コータ。お前、幼稚園の時は、どこかのサッカーチームに入っていたのか?」 「えっ? コーチ、ボクは幼稚園の時は、チームには入っていません。家の隣の空き地で、サッカーボールで遊んでいただけです」  ミニゲームを終わった後、コーチが尋ねてきた。少し不思議そうにしていた。  今の試合でボクが、何か悪いことをしたのだろうか? 気になる。 「未経験者であの動きか……とりあえず1年生のうちは、このスクールで練習だ。だが2年生になったら……まあ、その辺の昇格は両親と相談しないとな……」  コーチは何やらブツブツと言っていた。  どうやら怒られることは無かったのだ。よかった!  せっかく入ったサッカーチームなので、6年生までは続けていきたい。 「よし、練習終わり!」  夜の7時になり練習は終了する。周囲はかなり暗くなっていた。  流石に7時は暗いので、帰りは父親が自転車で迎えにくれる段取りだ。  だがオレは帰りも片道20分を、急ぎ足で歩いて帰る。これもスタミナつけるためのトレーニングだ。 ◇  家に帰ってからは、すぐに夕食を食べる。  ジュニアアスリートの理論では『運動後は1時間以内に、バランスの整った食事をとることが理想』である。  だから母親の作ってくれた手料理を残さず食べる。よく噛んで、消化率を上げる。  その後は風呂に入って、ストレッチと柔軟を丁寧に。宿題と明日のランドセルの準備は、一瞬で済ませる。  前世では母親に、次の日の準備と宿題のことで、よく叱られたものだ。  だがオレの精神年齢は31歳の大人。無駄な時間はとらずに、残った時間を全てサッカーに費やす。  その後は就寝の9時まで、奥の部屋でいつもの自主練習をする。幼稚園の時に比べて、難易度を上げていく。  ミニゲームで通用した、実戦的なドリブルやフェイント。それに未だに習得していない技も練習しておく。  サッカーの技の習得には、長い年月が必要になる。とにかく反復練習しかない。  特に最近、小学生になってからサッカーを始める子供も、多くなってきた。そんな才能ある彼らに追い付くためには、オレは自主練習しかないのだ。  運のいいことにオレには、前世の学力がある。だから学校の宿題で時間はとられない。  また他の同級生が大好きな、テレビゲームや携帯ゲームにも興味はない。  そんな無駄な時間があったらサッカーの練習をする。この時間のアドバンテージだけが、オレの有利な条件ともいえる。 「よし、9時か。寝ないとな」  就寝時間となりベッドに入る。 小学生になったオレの一日のスケジュールは、だいたいこんな感じであった。 そういえば小学生になったらオレは、一人用のベッドで寝ていた。  幼稚園の年長組の妹の葵(あおい)は、まだ母親の隣で寝ている。  前世で母性に飢えていたオレは、少しだけ妹が羨ましい。 「コウちゃん、寂しかったら、ママの方に来てもいいよ」 「うん、わかった」  オレは31才だが、身体はまだ小学一年生である。  お言葉に甘えて今宵は、母親の隣で寝ることにした。  もしかしたら『母親の愛情を受けて寝ると、成長ホルモンも促されるかもしれない?』   そんな理論は聞いたことは無いが、ボクはまだ小学一年生なので許して欲しい。
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