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第9話:天才とのミニゲーム対決
澤村ヒョウマ。
まさかの凄い選手が、夏休み限定で同じチームに入ってきた。
将来有望の本当の逸材を目の前にして、オレは興奮していた。
澤村ヒョウマの凄さを簡単にまとめてみる。
①父親が有名な元Jリーガー
②ヒョウマ本人も小学2年生なのに、4年生の選手コースに飛び級できた。
③ヒョウマ本人はこれから10数年後に、J2プロサッカー選手になる未来が確定。怪我に泣かされていなければ、J1プレイヤーまでいけたかも?
こんな感じの本物である。
特に③がヤバイ。
“将来はプロになりそうな逸材”は全国にも沢山いる。
だが、これは20数年後から転生してきた、オレだけが知る未来の確定事項なのだ。
ゲリライベントとはいえ、とにかく凄い逸材が身近に来てくれたものだ。
未来を知るオレは、誰にも増して一人だけ興奮気味である。
「この澤村は2年だが、実力はかなりある。まずは親睦を深めるために、ミニゲームをやるか? お前たち4年生も、その方が話も早いだろう?」
コーチの提案で、澤村ヒョウマの歓迎会をすることになった。
歓迎会と言っても、お菓子やジュースで談笑することではない。ガチな5対5のミニゲームで、互いの実力を測るのだ。
「コーチも話が早くて助かるな……」
「最近はどっかの2年生に、舐められてばかりだからな……」
「ああ。オレたち4年生の本当の力を、新人に見せてやろうぜ……」
ミニゲームと聞いて、4年生たちは気合いが入っていた。
相手は有名Jリーガーの息子とはいえ、まだ小学2年生。歳上の先輩として、彼らも負けていられないのであろう。
ミニゲームで吹き飛ばして“ガツン”と澤村ヒョウマに、喝を入れるつもりなのであろう。
それにしても“どっかの2年生”とは誰にことだろうか?
もしかしたらオレのことか……?
いや、いや。
オレは大人しく先輩を尊敬しながら、この4ケ月は練習していた。
でも、最近では先輩たちからも、オレは連続でゴールを奪っていたような気がする。
「ミニゲーム? 4年ごときに、オレ様のドリブルを止められるのか?」
一方で澤村ヒョウマも、不敵な笑みを浮べていた。
サッカー業界では年功序列は、あまり関係ない。実力がある者がレギュラーになり、日本代表に選ばれる。
彼も自分の力を、4年生たちに見せつけるつもりなのであろう。
凄い。これは見物だ。
【選手コースの4年生:対:将来プロ選手になる2年生の澤村ヒョウマ】の戦い。
どっちが勝つか、本当に楽しみである。
前世でサッカーオタクなオレにとって、超絶に燃える展開だ。
「おい、コータ。なにをボーっとしている? お前もミニゲームに参加だ」
「へっ?」
「ちょうどいい。澤村と敵のチームに入れ」
観戦モードだった、オレの野望は打ち砕かれた。
コーチの命令でミニゲームに参加することになったのだ。しかも澤村ヒョウマとは別のチームである。
「ふん、チビ。お前もレギュラーだったのか?」
5対5のミニゲームが始まる。
ちょうど目の前に整列した、澤村ヒョウマが挨拶をしてきた。
やはり“チビ”とはオレのことだった。
身長は少ししか違わないに、不思議な呼び方だ。
そうか! もしかしたら、何かの海外の愛称かもしれない。
“チッビ♪”みたいな感じの。
そういえば父親の澤村選手は海外でもプレイしていたからな。
「うん、よろしくね」
オレは上機嫌で返事する。
何しろ今のオレは、最高に興奮していたからだ。
まさかのミニゲームへの自分も参戦。
将来のプロ選手の実力を、こんな間近で体感できるのだ。
◇
歓迎会の5対5のミニゲームは、始まっていた。
4年生4人の両チームに、それぞれ2年生が一人ずつ混じる編成である。
「おい、澤村を止めろ!」
「一人じゃ、無理だ! 二人で当たれ!」
ミニゲームは一方的な展開であった。
ひと言で説明すると“澤村ヒョウマ無双”である。
「くそっ! また澤村に点を取られたぞ!」
「DF、もっと激しく当たれよ!」
「無理、言うな! あのドリブルは速すぎる!」
負けているチームは大混乱していた。
たった一人の2年生に、何点も入れられていたのだ。
「凄い……」
オレは思わずつぶやく。
それ程までに本当に凄いのだ。
こうして目の前で見ているが、澤村ヒョウマは本物の“サッカー選手”である。
選手コースの4年ともレベルが違う。明らかに生まれ持った才能が“別次元”なのだ。
負けているチームの4年生たちも、決して下手ではない方だ。
何しろこの街の4年生の新人戦では、ベスト8まで勝ち進んでいた。将来は有望である。
だが、そんな彼ら上級生4人を手玉に取る……その澤村ヒョウマが別格なのであろう。
“体格差を全くもろともしない、華麗なドリブル”
“南米仕込みの、巧みなフェイントの組み合わせ”
“ここぞのゴールを狙う、ストライカーの嗅覚”
その全てにおいて澤村ヒョウマは、段違いに優れていたのだ。
これが未来のプロ選手の実力なのであろう。
本当に凄い。感動的すぎる。
(でも……)
そんな感動の中でも、オレは逆に恐ろしく感じた。
これほどの実力があっても彼は、将来的には怪我に悩まされて、J2プレイヤー止まりなのだ。
その上のJリーガーや日本代表クラス。海外選手となれば、更に別次元の才能なのであろう。
“世界のサッカー競技人口は数億人。プロチーム数は数十万チーム。最高プレイヤーの年棒は数十億円以上”
そんな強大なサッカー業界は、世界中の怪物たちが競い合う凄い世界。
世界で活躍している日本人は、ほんの数人の確率である。
(だからこそ、サッカー面白い……だな)
そんな厳しいサッカーの世界だからこそ、前世のオレも惹かれて観ていた。
世界中の子どもや大人が熱中する、ワールドワイドなスポーツを愛していたのだ。
「おい……コータ。お前もそろそろ本気を出せ」
「へっ、先輩?」
「悪いがオレたち4年じゃ、澤村を止められない。でもお前ならいける。頼んだぞ!」
同じチームの4年生に、後半の全てを託された。
作戦的にオレが、澤村ヒョウマをマークすることになったのだ。
まさかのことに、思わずオレは変な返事をしてしまった。
「チビがオレ様のマークだと? 笑わせる」
「よ、よろしくね」
マークに付いたので、互いに挨拶をする。
将来のプロ選手に勝てるはないが、こうなったらオレも頑張るしかない。
そしてミニゲームの後半戦が、こうしてスタートする。
「お前みたいなチビは、一瞬で抜いてやるぜ!」
ヒョウマ君は南米仕込みのフェイントを、オレに向かって繰り出してきた。
対峙した相手には、本当に消えたように見える凄い技だ。
「今の凄い技だね!」
才能で劣るオレは抜かれないように、必死で食いついていく。
幼稚園の頃から鍛えていたスポーツ視野を、全方向に展開する。
「バカな、チビごときを抜けないだと⁉ これでも食らえ! くそっ⁉」
ヒョウマ君はその後も、次々と鋭い技を繰り出してくる。
オレは置いていかれないように、必死でマークしていく。歯を食いしばり、相手に食らいついていく。
こんなに誰かを一生懸命にマークしたのは、人生で初めてだった。
さすがは将来のプロ選手の実力は、段違いに凄すぎる。
◇
その後は一進一退で、ミニゲームは進んでいく。
結局オレは1点も得点できなかった。
でもヒョウマ君を後半は0点で抑えたから、引き分けかな?
あっ。でも、チームは前半の大差で負けていたから、勝負は負けか。
これは悔しい。
もう少し時間があったら、オレも点を取れたような気がする。
これから夏休みのミニゲームが楽しみだ。
「おい……チビ。お前、何者だ?」
ミニゲームが終わって、少し休憩となる。
ヒョウマ君が試合後の挨拶にきてくれた。
「えっ? ボクは普通の小学2年生だけど……」
「アレで普通だと⁉ くそっ……お前、名前は?」
「ボクはコータ。野呂コウタだよ」
「野呂コータか……覚えておく。オレ様を“ヒョウマ”と呼ぶ権利を、お前にやる。明日の練習も逃げずに来い。お前を必ず倒す……」
「うん、ボクも楽しみ、ヒョウマ君!」
どうやらヒョウマ君は、かなりいい人だったみたいだ。
自分から改めて丁寧に挨拶をしてくれた。
しかも『明日もまた練習で頑張ろう』とオレに言ってくれた。
これぞ“スポーツマンシップ”なのであろう。戦って友情を深めていく熱い感じだ。
前世でオレはスポーツをしていなかった。
だから、こういう熱い友情の展開に憧れていたのだ。
それにしても今後の練習が、また楽しみだな。
これまでの4年生と混じっての、濃密な練習。それに加えてヒョウマ君を加えての、ミニゲームの時間。
これまで一人(ぼっち)練習をしていたオレにとって、これ以上に幸せな時間はない。
本当にサッカーに挑戦してよかった。
ここだけの話、たぶんボクにはヒョウマ君みたいな、サッカー才能はないかもしれない。それは今日のミニゲームで分かった。
でも努力をすれば、辛うじて負けないことも分かった。
よし。これからもっと練習を頑張ろう。
それも今までの練習ではない。
より濃密で計画的な練習メニューを、今日から考えていかないと。
(よし、頑張るぞぉ!)
心の中で気合いの声で叫ぶ。
“井の中の蛙(かわず)、大海を知らず”
サッカー素人のオレは今までは、この蛙(かえる)のような小さな存在だった。知識だけで闇雲に自主練をしていたのだ。
だが今日からは違う。
夏休み期間は澤村ヒョウマ君。この将来プロを目標にして頑張っていく。
たぶんヒョウマ君の高さまでは、オレは届かないであろう。
だが置いていかれないようにすれば、少しは希望が見えてくる。
あやふやだった希望が、現実的な形となって見えてきたのだ。
澤村ヒョウマ君。
短い夏休みの期間だけど、これからよろしくお願いします!
◇
こうしてオレの小学生2年生の夏休みは、充実すぎてあっとう間に過ぎていく。
そしてサッカー漬けの2年の学年も、更にあっとう間に過ぎていく。
3年生への進級も、もうすぐ近づいてきた。
だが不思議なことがあった。
それは澤村ヒョウマ君が夏休み以降も、ずっとオレたちのチームに通っていたのである。
いったい、どうしてだろうか……?
なにか家庭の問題でもあったのかな……?
でも、そのお陰で練習が充実していたオレは、あまり気にしないことにした。
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