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第1話:むくわれなかった前世
これは日本によく似た世界の話である。
『地域サッカークラブ、30年の歴史に幕を閉じる』
地元新聞の片隅にその記事を見つけて、オレは全身を震わせる。
記事をよく読んでいくと、地元のプロサッカークラブが経営難に陥り解散したのだ。
「マジか……」
何度読み直しても内容は覆らない。
念のために地元のニュースサイトをスマホで確認してみるが、内容は同じものしかい書いていない。
「あのプロチームが消滅か……」
地元のサッカーチームは30年前に、アマチュアチームとして発足した。
最高潮の時は、国内プロサッカーリーグのJ3まで登りつめていた。
J2→J1。あと2個昇格していけば、国内最高峰のJ1までいけた栄華の時代もあった。
「ここ数年は負けが続いたからな……」
チームは数年前のある事件をきっかけに、ボロボロになってしまった。
その後は修正も利かずに、どんどん順位が落ちていく。
そして今年になり、ついに地方リーグまで降格。今日の解散発表となってしまったのだ。
「オレにもっと応援する力があったら……くそっ」
今から15年前。オレは地元のサッカーチームを応援するサポートになった。
サッカーは本格的にやったことは無い。
だが高校生の時に偶然見に行った、試合でサッカーに魅了されたのだ。
当時のオレは趣味や特技は何もなかった。
だから全ての時間とお金を、チームの応援に使った。
毎週のようにスタジアムに応援に行き、他県での試合にも足を運んだ。
「あの頃は本当に楽しかったな……」
オレは地元チーム以外にも、サッカー業界にハマっていった。
他の国内のJリーグや、高校生のサッカーの試合も観戦した。
海外のサッカーリーグも大好きだ。
試合は海外に見に行くことは出来ない。だからネット番組で毎晩のように情報収集していた。
高校卒業後。仕事と睡眠以外の時間は、全てをサッカー観戦に費やしていた日々。
そう言っても過言ではない。本当に楽しい15年間であった。
「でも、地元チームが解散か……」
やっぱり一番応援していたのは、地元のプロサッカーチームであった。
だが、それも今日になり解散消滅してしまった。
言葉に出来ない虚無感が襲ってくる。
“チーム・ロス”とでも言うのであろうか。
オレの心にポッカリと大きな穴が空いていた。
「神様は残酷だ。オレからこの足だけじゃ、全て奪うのかよ……」
自分の右足に視線を向ける。そこには義足がはめられていた。
オレは小学4年の時、交通事故で右足を失っていた。
だから学生時代はリハビリに精いっぱいな。とてもスポーツをやる余裕はなかったのだ。
「それに父さん……母さん……葵(あおい)……」
同じ事故で失った家族の名を、思わずつぶやく。
オレは交通事故で両親と妹。家族全員を失っていた。当時小学生4年生だったオレだけが、こうして生き残ったのだ。
「みんな、オレも、もうすぐそっちに逝くから……」
だがオレの余命はあと少しであった。
交通事故の後遺症で、脳に治せない病気を抱えてしまったのだ。
後遺症が再発して、今はこうして病院のベッドの上にいる。
医者の話を盗み聞きした。
オレは本来なら、もうとっくに死んでもおかしくない状況だと言う。
ここ1年間は入院しながら、サッカーの試合をネットで見ていた。
「地元チームの試合を観たかった……だからオレは生き延びていたのかもな」
交通事故で天涯孤独になったオレに、サッカーは生きる希望を与えてくれた。
地元チームの活躍は、病を遠ざけていたのかもしれない。
この小さな街を盛り上げるために、必死で試合をする選手たち。彼らからは生きる勇気をもらった。
本当にサッカーには今でも感謝している。
「悔しいな……本当に悔しいな……地元チームが、Jリーグで活躍する姿を見たかったな……」
いつの間にかオレは涙を流していた。
それは後悔である。
もっとチームを強く応援していたら、解散は無かったのでは……という悔しさ。
もっと早くから応援をしていたら、違う未来があったのでは……そんな涙。
「このオレにもっと力があれば……チームを救えてかもしれないのに……」
そう呟きながら、病室にあったサッカーボールに視線を向ける。
それは入院したオレのために、地元チームの選手たちがプレゼントしてくれたもの。
後遺症に負けるなという激励の言葉……そんな選手たちの寄せ書き。
この世界にたった一つだけの、オレの宝物である。
「オレにもっと力が……」
サッカーボールに手を伸ばす。最後にもう一度だけ、ボール触りたかった。
だが、それは叶うことはなかった。
オレはそのまま意識を失ったのだ。
右足と家族。
そして生きる希望であった地元サッカーチーム。
全て失い、オレは命の最期の火……それが消えてしまったのである。
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