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朝起きると、両腕に大量の内出血ができていた。
「何だ? これ」
どこかにぶつけた記憶はない。昨夜寝る前の腕はキレイだった。そして俺のベッドには、一晩で腕にアザを作るような物も、俺に内出血の跡を残してくれるような相手もいない。
首をひねりつつ、朝の支度をする。
歯磨きをしながら考える。腕のアザは気になるが、動きは問題ない。残務もあるし、今日はこのまま出勤しよう。
口の中の泡を洗面台に吐き出すと、思いがけず多量の血が混じっていた。
俺は不摂生をすると歯茎から出血しやすい。量は若干気になるが、最近残業続きだったせいだろう。
普段より念入りに口をゆすぐと、血は止まった。
鏡で見た歯茎は、全体が腫れぼったい。
「俺ももう歳か?」
鏡の中の、見慣れた冴えない三十路男の顔に向かって呟いたが、答えはなかった。
俺は、バイオサイエンス業界で急成長中の企業に勤めている。未だに謎の多い遺伝情報やその変異を解明し、医療に有益な情報を集めるのが役目だ。
「さて、やるか」
コーヒー片手に席につき、いつものようにシャツの袖を捲り上げる。その段になって、アザまみれでインパクト大な自分の腕に、改めてギョッとなる。
「西川くん、大丈夫かその腕」
後ろから降ってきた声の主は、上司の佐藤主任だ。会社が入っているこのビル地階の社員専用プールで、一緒に泳ぐ仲でもある。
「主任」
「それ、医者に診て貰った方が良くないか」
数年前に奥さんを病気で失ってから、主任は部下の体調にかなり敏感だ。
「動きに問題はないんです。それに、こうなった理由が解らないから行っても説明できないし、そもそも何科を受診すれば良いか」
軽い調子で肩を竦めたけど、主任の表情はかたい。
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