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第1話:気がついたら、ここは。
眩しい光に包まれた。
(ここはどこだ……?)
ふと気がつくと見知らぬ森の中にオレは立っていた。
オレはつい先ほどまで地元で登山をしていた途中だった。幼いころから慣れ親しみ幾度となく登っていた名山に。
(迷子になったのか!? いやそれはないな)
登山していたのは初夏の昼間の地元の山だった。冬山や夜の登山なら危険だが、あの状況で迷子になることなどあり得ない。
(これはブナの木か?……いや、初めて見る木の種類だ)
条件反射で近くに生えている樹木の種類を確認する。
自分は動植物には詳しいほうだ。だが周りにある樹木のすべてが初めて見る品種ばかり。
図鑑でも見たことのなく少なくとも日本にない種だ。
「そうだ現在地点を確認しないと……」
冷静になるためにひとり言で動作を復唱する。こうするとにより客観的に自分の置かれている立場を確認できるのだ。
ポケットからコンパスを取り出し方角を確認する。同時に周囲の枝葉とコケの自生方向も目視する。
一つでも多くの情報を得ることによって正確さを求める。
「あとは太陽の位置か…………なっ……」
最後に天を見上げてオレは言葉を失う。想像していなかったその光景に驚愕したのだ。
「なんだと……太陽の周りに、月が“二個”もある……だと」
信じられない光景であった。
見上げた頭上には明るく輝く太陽が確かにあった。
だがそのすぐ側には、はっきり二つの月が衛星として見えていたのだ。まだこんな明るい時間なのにも関わらず。
「つまり……ここは地球ではない、ということか」
冷静になりオレがくだした判断はそれだった。
もしかしたら意識を失った自分が、外国のジャングルに迷い込んだという可能性もさっきまではあった。
何しろ地球上の樹木や動植物には人類が未発見のものもまだ多い。自分の知らない樹木があってもおかしくはない。
だが天を見上げてその可能性は消えた。
生まれた時から見慣れた空の光景が、ここが自分の生まれ育った惑星ではないことを証明してくれたのだ。
「別の惑星か? それとも異世界か?……」
可能性としてあるのは恐らくはそのどちらかだ。
先ほどから呼吸は違和感なくできていることから、空気中の成分は地球上と同じなのであろう。他の惑星だとしたら天文学的な確率での空気比率の一致だというのか。
「さて、どう生き残るかだな……」
周囲を警戒しながらオレは思慮する。
ここが地球上ではない別世界であることは理解した。便宜上は“異世界”ということにしておこう。
問題はこのあとに自分がどうするかだ。生きるために。
オレは自殺願望者でもなければ無気力者でもない。無駄死には嫌であり、まだまだ生きたい。
そのためにはこの見知らぬ異世界で生き残る術を、最優先で見つけ出す必要がある。
「危険度は『地球上のジャングルと同等』……いやそれ以上の『最大級』とみた方がいいか」
自分は登山などの野外活動を趣味としていた。ゆえに大自然の恐ろしさはある程度は理解しているつもりだ。
どんなに科学文明が発展しても人は弱い。
文明の力の支援も武器も無く肌着だけでいたならば、犬やもちろん猫にも勝てない最弱の生物だ。
人の身体を守るための毛皮は退化して無防備な柔肌をむき出し。爪や牙もなく筋力も弱々しい。
鍛えた格闘家でさえも無手ならば野生の獣に勝てる確率は低い。漫画やTVのように上手くはいかない。
人は二足歩行のために体力の消費も大きく、ちょっとのことで転倒するという短所もある。
消化能力や抵抗力も低く風邪などの病気にもなりやすい。
人は裸で雪山や砂漠で生きていけるか? いや無理だ。
“人は全ての生物の中で最弱”
それが自分のとっての冷静な見解だった。
「さて生存状況の確認だ。呼吸はできる。体温も確保できる。」
復唱しながら自分の置かれている状況を確認していく。
「よし。次は水と食糧の確保。そしてこの怪しげな森を抜けて安心して休息がとれる場を探す……それが最優先だ」
オレの教えてもらったサバイバルの法則に『3・3・3・3の法則』というのがある。
『呼吸は三分・体温は三時間・水は三日・食料は三週間が限界時間』といった順番で生存のための優先順位を決めて行動する。
今回は呼吸と体温確保が大丈夫で幸運だった。
これがもし空気成分の比率が地球と違う異世界ならば、オレは三分で死亡していた。また灼熱の砂漠や氷河期の世界であったなら、三時間で自分は死んでいたであろう。
運よく今はその両方が確保されていた。これは神か悪魔の施しであろうか。
(いや……この世の中に神や悪魔などいない)
とにかく今後は水と食料を確保するだけで、最低でも三日以上は生き残ることができる。背中の登山用のリュックサックにも携帯食料はあった。
「さて……では行くとするか」
オレはコンパスで方角を確認しながらこの場を離れていくことを決意する。
できればこの場に残りたいという思いもあった。
『また地球に転移して戻れるのでは?』という微かな希望にすがりつつ。
だがこの場は危険であった。
いつまでもここで野営していたならば、餓死するか野生の獣に襲われて死ぬのが関の山。生きるためにはこの森を抜ける必要がある。
さっきも言ったがオレは自殺願望ではない。
まだまだ生きたいのだ。
こうしてオレは生きるために深い森の中を進んでいく。
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