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第11話:量産型
次の日、山穴(やまあな)族の老職人ガトンがオレを訪ねてきた。
「本当にひと晩で完成させたのか」
「ああ、山穴族は人族と違いウソは言わねえ」
そう皮肉を言いながらも、ガトンは複製した弩(クロスボウ)の説明をはじめる。
「大きさは預かった見本よりひと回り小さくしておいたぞ。これを使うのは子供(ガキ)どもなんだろう?」
「ああ、そうだな。その方が助かる」
ガトンは腕利きであると同時に賢い鍛冶職人であった。昨日オレが依頼した内容の先を理解して、カスタマイズして試作してくれたのだ。
「威力はどうなった?」
「昨日と同じく金属板はちゃんと貫通しぞい」
「なら問題はない」
気を利かせたガトンはサイズを小さくすることにより、村の子供でも使えるように製造してくれた。機械的な構造はオレが現代から持ってきた最高傑作の弩(クロスボウ)とまったく同じ。威力もほとんど落としていないという。
では、さっそく試し射ちをしてみるとする。村の広場に子供たちを集めて試射会だ。
「よし、撃ってみろ」
「うん、マヤト兄ちゃん!」
村の子どもの中でも、ひときわ小柄な少年に弩(クロスボウ)の弦を引かせてみせる。この子ができたなら他の全員が使えるという訳だ。
「前のより力がいらないよ、これ!」
「よし、教えたとおりにあの的を狙ってみろ」
「うん!……よし!」
小柄な少年は一人で無事に弦を引くことができた。続けて構えてトリガーを引くと、凄まじい勢いで矢が試作型の弩(クロスボウ)をから発射される。
「おお、すげえ!」
「穴が空いちゃったよ!」
設置しておいた金属の的を見事に貫通して、見ていた子どもたちから歓声があがる。
「威力はほとんど前を変わらないな。これなら大兎(ビック・ラビット)や大猪(ワイルド・ボア)にも十分な威力だ」
「だから言ったじゃろうが」
「オレは疑い深いタチでな」
ガトンに辛口を叩きながらもオレは感心する。
現代科学を結集して製作したオレの自信作の弩(クロスボウ)を、たったひと晩で複製できたことに脱帽していた。
小型化はしているが、これだけの威力があれば森の獣にも十分通用する。
野生の獣の毛皮と脂肪は、見た以上に分厚く頑丈である。だがこの試作品の弩(クロスボウ)なら楽々に貫通できる威力があり、しかも量産に向いているのだ。
「それにしても随分と楽に次矢の装填(そうてん)ができるな」
「ああ、そこもちょっと仕掛けてしておいたぞ」
「仕掛けだと?」
子どもたちが皆で試作品の試し射ちをしている様子に、オレは更に驚く。
弩(クロスボウ)は地球でも古来からある強力な武器である。普通の弓よりも貫通力に優れ、弓道のように熟練の技術もいらない。シンプルな作業で発射できる武器だ。
『弦を引き、矢をセット、狙いをつけて引き金を引く』
たったこれだけで金属鎧を着た騎士すら殺傷できる武器。だがそんな弩(クロスボウ)にも難点があった。
それは『弦を引く作業が力仕事であり、時間がかかる』という欠点であった。解決するために地球の歴史では滑車を使ったり、テコの原理を使ったりと複雑な作業とシステムが必要だった。
それらの全ての欠点を山穴族の老職人ガトンは解決していた。試作品は力の弱い子供でも短時間で巻き上げの用意ができ、破壊力も十分。
長年の研究と試行錯誤で編み出し、最高傑作だと思っていた自分の弩(クロスボウ)はたったひと晩で追い越された。
これを驚かずになんとすればいいのか。
「ふむ、不愛想なお前でも驚いたか。歯車の部分を改造して、“テコ”とやらの原理を倍増しただけじゃ」
ガトンの嬉しそうな説明に、試作型の弩(クロスボウ)に目を向ける。なるほど。確かにテコの要である歯車の部分が、オレの渡した見本と微妙に違っていた。
(何だ、あの歯車は? あり得ない方向にかみ合って連結しているのか)
パッと見でその原理はオレにも何となく理解はできる。
だが歯車の金属加工があり得ないほど繊細で大胆だ。これを再現できる鍛冶職人は地球上にもいないかもしれない。
(さすがは“鉄と火の神”に愛されし部族……山穴族といったところか……)
オレは口には出さないが素直に感心する。滅多なことでは他人を褒めないオレがだ。
それほどまでに優れた匠(たくみ)の鍛冶技術が施されていた。
「ちなみにこの歯車を模作できる者は他にはいるのか?」
それだけが心配の種であった。
これほどの威力と操作性を併せ持つ弩(クロスボウ)が、“誰か”の手に渡り複製され悪用されるのは防ぎたかった。あくまでもこの村を生かし守るために使いたい。
「安心しろ。これはワシの独自の金属混合と火入れで作った特注品じゃ。大陸広しといえども、誰も作れん、一子相伝(いっしそうでん)の業物じゃ」
オレの心配に、ガトンはニカッと笑みを浮かべて説明してくる。
形は同じに模作できても、数回使っただけで壊れるような特殊な仕組みなのだと。これで悪用されるのは防げるという訳だ。
「なら孫のどちらかに一子相伝で教えるのか」
「ああ、そんなところじゃな」
ガトンの側には山穴族の子どもがいた。
男女の双子で今は見習い職人として鍛冶工房で手伝っている。パッと見はどちらが男か女か判断はできない。山穴族は本当に不思議な種族だ。
「では、この試作品を昨日言った数だけ作ってくれ。できるよな、ガトンのジイさん?」
「ふん、人使いの荒い小僧だ、おヌシは。“対価”は貰っておるからその分は働く。任せておけ」
オレの依頼にガトンは鼻息を荒くして返事をする。数は多いが弩(クロスボウ)の材料はそれほど特殊な物はなく、日にちさえあれば可能だと。
「よし、試し射ちはそこまでだ。今日も森へ行くぞ。準備を急げ、遅れるな」
オレの号令に試作品で遊んでいた子供たちは、返事をして準備に取りかかる。
「よし、準備を急げ!」
「荷台車に積み忘れをするなよ!」
村人たちは今朝も大兎(ビック・ラビット)と山菜類の煮込んだ鍋をたらふく食べて元気だった。最初に出会った時の生気がない表情の面影はもはやない。
村人たちの誰もが、今日の収穫を夢見て目を輝かせている。やはりどこの世界でも食料が確保できるとう希望は、生きる希望を与えてくれるのだ。
「村長のジイさんたちは、悪いが今日も留守番を頼む」
リーシャの祖父である村長に出かける前に挨拶をしておく。留守の間に彼らには収穫したイナホンの乾燥作業や、干し肉へ加工の準備をしてもらう。
「うむ、任せてくだされ、ヤマト殿。くれぐれも孫たちを頼みましたぞ」
「ああ。では行ってくる」
こうしてオレは少女リーシャと共に、村の子供たちを率いて森の浅い部分へ入っていくのであった。
◇
森の中の作業は、班を分けて今日も順調に進んでいた。
天然の水田からイナホンを刈り取る農業班。
弩(クロスボウ)で大兎(ビック・ラビット)などの獣を狩る狩猟班の二つだ。
弩(クロスボウ)は試作品を含めてまだ二つしかない。あくまでも慣れるための練習がメインだ。水田の周囲を巡回して危険な獣を駆逐しているので、農業班を警備する意味もあり一石二鳥の狩りだ。
おかげで最近では、天然水田の周りには獣が減ってきたという現象もある。
オレは危険が多い狩り班にいつものように付添いでいる。
「お前ら、油断はするな。いくら弩(クロスボウ)あったとしても身体は生身だ。教えたとおりに三人一組で大兎(ビック・ラビット)に対処しろ」
「うん、わかったヤマト兄ちゃん!」
慣れてくるに従って最近では、子どもたちだけで大兎(ビック・ラビット)を狩らせている。編成は三人一組で隊を組ませている。
大きな盾を持った二人が前衛で大兎(ビック・ラビット)の奇襲を防ぐ。後衛の弩(クロスボウ)係りは、仲間を誤射しないように狙いすませて獣を倒す陣形だ。
盾は村の自警用にあった大人用を使っている。
子どもが使うと全身がすっぽりと隠れるために重宝していた。子どもの体格と力でも両手で持って防御に徹したら、大兎(ビック・ラビット)くらいの突撃なら跳ね返せる。
辺境のこの村に住む子供たちは自然の中で育ち、鍛えられる足腰はしっかりとしていた。さすがに大猪(ワイルド・ボア)ほどの突撃はまだ防げないがな。
「よし、次はオレだからな!」
「わたしも射ちたい!」
「お前ら順番どおりにしろ! ヤマト兄ちゃんを困らせるな!」
オレの指示に子供たちは順応に従っているが、ときたま我先になる。
そんな時は一番年上で大柄な少年ガッツの一声に静かになる。こいつは性格的にも熱血なところがあるので、村のガキ大将といったところであろう。
今後とも頼りになりそうなヤツだ。
「ヤマト兄ちゃん、また大きい獣がいたよ!」
その時であった。
見張りをしていた少年の声が響く。どうやら森の奥に別の大きな獣がいたのだ。
もしや、また危険な大猪(ワイルド・ボア)が現れたのか。
「ヤマトさま、あれは野牛(ワイルド・オックス)です」
「野生の牛といったところか」
「大牛なら大人しいから、この弩(クロスボウ)なら倒せるよ、ヤマト兄ちゃん!」
ガキ大将ガッツが興奮した状態でオレに提案してくる。
大牛は巨体であるが動きは遅く、大猪(ワイルド・ボア)に比べて対処しやすいと。全身を被う毛皮も薄く確かに仕留めやすそうだ。
「よし! いいよね!?」
「おい、待て」
仕留めに行こうとした子供たちをオレは制する。
少し考えがあるのだ。
「リーシャさん、野牛はどんな気性をしているか分かるか?」
「はい。気性はそれほど荒くはありません。ですが、いったん暴れ出すと手が付けられないと聞いています」
「そうか……よし、お前ら、オレに任せろ」
リーシャの説明を聞きオレは一計を編み出す。ちょうど村に欲しかった物が手に入りそうだ。
「この野牛はオレが捕獲して村へ連れて帰る」
「そんな!? 危険ですヤマトさま!」
「無茶だよ、ヤマト兄ちゃん!」
村の誰もがオレの作戦に反対する。
いくら大人しいとはいえ野生の大牛。捕獲しようして刺激したら暴れるにきまっている。
暴れ出した野牛は下手したら大猪(ワイルド・ボア)よりも危険が獣なのだ。
「まあ、そこで静かに見ていろ。オレの魔術(マジック)を見せてやる」
みんなの制止を振り切り、オレは野牛(ワイルド・オックス)を捕獲する作戦を実行するのであった。
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