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第12話:畜産
オレは野牛(ワイルド・オックス)を無事に捕獲して、村に戻って来た。
「これは野牛(ワイルド・オックス)。ずいぶんと凄いものを捕まえてきましたな、ヤマト殿」
「今日はオス・メスを合わせて二匹だ。明日以降も見つけたらもう少し捕まえてくる」
森で捕獲した二頭の野牛(ワイルド・オックス)を連れて帰ると、留守の老人たちは目を丸くして驚いていた。
何しろ畜産用の普通の牛に比べて、野牛(ワイルド・オックス)は巨体で危険。生きたまま捕獲してきた者はこれまで誰もいない。
「ヤマト殿。捕獲していったいどうするつもりですかな?」
「まずはエサを与えて飼いならす。その後は農機具を引かせて農業に使うつもりだ」
「農機具……じゃと?」
オレの提案に老人たちは首を傾げている。
この世界で牛といえば普通は畜産用で飼われている。ふだんは牛乳を採取して、年に一度のお祭りには何頭か殺して肉を皆で食する。
「野牛(ワイルド・オックス)をいったいどうやって農業に……」
「きっとワシらの知らぬ知恵を、またお持ちなのであろう。さすがはヤマト殿じゃ……」
オレの説明に驚いた老人たちはざわざわしている。牛を労働力に使う発想はなかったのであろう。
土おこしの詳しい方法については、飼いならして気性が落ち着いてから順次に説明していくことにする。
「という訳でこの設計図と野牛(ワイルド・オックス)の体格を参考にして、金具の製作を頼むぞ、ガトンのジイさん」
「ふん、連日連夜で人付き合いの荒い小僧じゃのう、オヌシは」
事前に呼び出しておいた老鍛冶師ガトンに、農機具の簡単な設計図を渡して指示しておく。
「じゃが、この農機具が完成したら凄いことになるな。これまで大人でも重労働だった土や木の根おこしの作業が簡単になるの」
「ああ、確かにそうだな。これは牛耕用犂(ぎゅうこうようすき)という農機具だ」
オレはガトンに軽く説明する。
牛に引かせて使うこの農機具が実用化されたなら、子どもと老人しかいないウルドの村で重要な労働力の源になることを。
とくに野牛(ワイルド・オックス)は普通の倍以上の馬力があり、今後は頼もしい存在になってくれるであろう。
これは地球の歴史にあった農機具の発展のイラストを思い出して、オレがラフ画で描いたものだ。賢い職人であるガトンなら、きっと使いやすい形に仕上げてくれると信じていた。
「製作の優先順位は弩(クロスボウ)を先にしていい。他は後回しにしてくれ」
「ふん、人使いの荒いのう。それにしてもこれだけの巨体の野牛(ワイルド・オックス)を、よくも大人しくさせて捕まえてきたもんじゃ」
捕獲してきた野牛(ワイルド・オックス)の体長を計測しながら、老職人ガトンは驚いている。
今朝は試作型の弩(クロスボウ)にオレが驚かされてばかりだった。ガトンの驚いた反応にオレは悪くない気分だ。
「魔術(マジック)を使って大人しくさせた」
「魔術(マジック)……じゃと?」
聞いたことのない単語にガトンはますます首を傾げる。
「鍛冶のジイちゃん! 凄かったんだぜ、ヤマト兄ちゃんは! この野牛(ワイルド・オックス)に近づいて『バチッ!』ってやって、あっとう間に大人しくさせたんだぜ!」
子どもたちのリーダー格ガッツが、手振り身振りで今日の森での出来ごとを説明しはじめる。いかにヤマト兄ちゃんが素早く凄いかということを。
「ますます意味不明じゃ。どうせオヌシに聞いても言わぬのじゃろう?」
「ああ、そのへんは企業秘密ということだ」
老職人ガトンに問いに、オレは言葉を濁して返事をする。
大人しくさせた原理は別に言っても支障はない。だがこの異世界の住人には理解はできない方法で、オレは野牛(ワイルド・オックス)大人しくさせたのだ。
(電気警棒(スタンガン)……念の為にこれは説明しないでおこう)
野牛(ワイルド・オックス)を大人しくさせるために、オレが使ったのは電気警棒(スタンガン)であった。
森の中にいた野牛(ワイルド・オックス)の脊髄近辺に、強烈な電撃を食らわせてオレは大人しくさせたのだ。
(やはり毛皮が薄い獣は電気には弱かったな……)
日本の山中で獣と出会ったときに、オレはこの電気警棒(スタンガン)作戦を試したことがあった。それで野牛(ワイルド・オックス)を見つけたときも実験してみたのだ。
ちなみにこの電気警棒(スタンガン)はアウトドア用品でも何でもない。
オレが個人的に集めている護身武器のひとつで、登山リュックサックの中に忍ばせていたものだ。
合法な商品にオレが“ひと手間”かけていて強力に……いや、それはあえて言うまい。
「では、今後は野牛(ワイルド・オックス)の飼育は任せてもいいか、村長?」
「ああ、家畜には慣れておる。空いている牛舎で飼うとするか」
オレが捕まえてきた家畜の世話は、村の留守番係である老人たち一任することにした。
彼らは昔からこの村で家畜も飼育していた。森の水田の収穫が落ち着いたら、子どもたちにも飼育法を覚えさせるつもりだ。
ちなみにオレが最初にこの集落を訪れた時は、村には家畜はまったくいない状態だった。大人たちや穀物と一緒に、領主が根こそぎ豚や鶏も徴収していったのだ。
「ニワトリや豚・ヤギ・ヒツジも森にいたらその捕まえておいてやる」
「おお、それは助かるのう、ヤマト殿」
聞いた話では森の奥地には、野生の家畜系獣が棲息(せいそく)しているという。これまでは危険な獣がいた為に、誰も奥地まで入って行けなかった。
今後は子供たちによる弩(クロスボウ)隊が整ったなら、もう少し奥地まで探索に行ける。行動範囲を増やして森の幸を手にいれたい。
(なにしろ牛とヤギは飲む乳と乳製品。ニワトリは卵。ヒツジは羊毛に、繁殖力の高いブタは食肉として最適だからな)
地球の歴史でも比較的おとなしい野生の獣は、家畜として飼育されていった。殺して食べるだけではなく、繁殖力や生態によって様々な価値が生まれる。
このウルドの村は周囲を山と森に囲まれた閉鎖的な盆地地形だ。
町までの街道の途中には危険な山賊がはびこり、交易による物資を得ることは今のところ難しい。
それなら自給自足で全てまかなっていくことが早急に求められていた。
そのためのイナホンの実と水田であり、獣の飼育計画であった。
最初に出会った大兎(ビック・ラビット)と大猪(ワイルド・ボア)は、凶暴すぎて家畜にはむかない。こいつらは今後も食肉と毛皮用に狩っていく。
大人しくて飼えそうな獣は捕獲して飼育繁殖。凶暴な獣はその場で仕留めて食肉と保存食にしていく自給自足計画だ。
「よし、お前たち。この後は村長たちの手伝いをしながら職人技を学ぶぞ」
森から戻ってきて片付けが終わった子供たちに、オレは新しい指示を出す。
老人たちは体力や筋力の衰え重労働の役にはたたない。
だが彼らのもつ生活の技術と長年の知識は、この村の代えがたい宝物である。子ども達にも積極的に学ばせ継承させていくつもりだ。
「わかったよ、ヤマト兄ちゃん!」
「よし、みんなで競争だぞ!」
「あっ、みんな待ってよ」
子ども達は競うように我先に次の仕事に移る。
彼らは生きるためのことになると、本当に素直に従う。一つひとつの知識や経験が今後の生きる糧を得るための手段だということを、もしかしたら本能で知っているのかもしれない。
真綿が水を吸い込むように新しい知識と技術をどんどん吸収していく。
(さて、オレも負けてられないな……)
最近では余裕がでてきたオレも、老人たちから技術を教わっていた。
山岳地帯の厳しい環境で生き抜いてきた彼らの教えは、現世日本から来たオレも非常に勉強になる。
(ウルドの民に、ウルドの村か……)
オレは感慨深く思いながら、平和になりつつある村の様子を眺める。
本当にあっとう間の毎日だった。
――――こうしてオレがこのウルドの村に住むようになってから、いつの間にか一ヵ月が経とうとしていた。
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