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第14話:リーシャとヤマト
午後の作業も終わり、ウルドの村を夕陽が赤く染めはじめる。
「たしかリーシャさんとの待ち合わせ場所は、この先だったな……」
村長の孫娘であるリーシャに、オレは呼び出されていた。夕陽が沈む頃に話があると言っていた。
「あの展望台か……」
村から少し丘をのぼった所にある高台……通称"展望台”が彼女との待ち合わせ場所だった。
「リーシャさん、待たせたな」
「わ、私もたった今、来たばかりです」
その言葉の割には、リーシャの足元の草が広く踏み固められている。おそらく早く来た彼女が、時間を持て余してうろうろしていたのであろう。
「ところで話というのは?」
リーシャはオレに話があると言っていた。
その時の彼女の表情は真剣で、なおかつ緊張で顔を赤らめていた。よほど大切な話に違いない。
遠回しな表現が苦手なオレは率直に尋ねる。
「実はヤマトさまにお礼を言いたくて……」
「“お礼”だと」
「はい……これまでのことに関して……」
リーシャはオレに感謝の言葉を述べてきた。
一か月前、森の中で大兎(ビック・ラビット)に襲われていた自分の命を助けてくれたこと。
その大兎(ビック・ラビット)の肉を、村の飢えていた子ども達に分け与えてくれたこと。
“イナホンの実”という新しい穀物を発見して、村の食糧難を解決してくれたこと。
弩(クロスボウ)という自衛の武器で、村の者に自立していく気持ちを教えてくれたこと。
画期的な農業・畜産方法を伝授して、村人たちに生きる希望を与えてくれたこと。
「数え切れないほどの恩を、私たちはヤマトさまから授かりました……本当にありがとうございます」
「気にするな。好きでやっていることだ」
「ご謙遜を、ヤマトさま」
「悪いが本当にこういう性格(タチ)でな」
「ふふふ……知っています」
最後の方はオレをからかっていたのか。
このひと月の間を一緒に過ごし、オレの性格はだいぶリーシャに把握されていた。
「そういえばもうすぐ冬がくるな」
「はい……“冬の精霊”があの大山脈から村に降りてきます……」
リーシャに前に聞いた話では、ウルドの村にも春夏秋冬の四季あるという。
イナホン刈りが終わった今は晩秋で、もうすぐうっすらと白い雪がこの盆地を覆う。湿度の問題で積雪は少ないが、厳しい寒さが三か月ほど続くという。
ちなみに“冬の精霊”は例え話であろう。そんな架空の生物は存在するはずがない。
「防寒対策もしないとな。壊れている家屋の修理、燃料と衣類の準備を」
「はい、明日からまた忙しくなりますね、ヤマトさま」
村の多くの食料は領主によって徴収されていた。だが幸か不幸か、建物と薪(まき)燃料はすべて無傷で残っていた。
今の村には老人と子どもしかいない。
厳しい冬を乗り切るために、寝泊まりする家屋の数を限定して共同生活に移行。燃料の効率化と安全性の向上を図る必要がある。
「薪(まき)は大丈夫だったな?」
「はい、村の在庫を確認済みです」
燃料である薪(まき)は、この冬を無事に越せる量が村にはあった。来年以降は森を切り開いて備蓄していくしかない。
「あとは毛皮の衣類も……」
「はい、そちらも大丈夫です。ヤマトさまの大兎(ビック・ラビット)狩りのおかげです」
「ああ、そうだったな」
普段はカラフルな民族衣装を好むウルドの民も、冬には防寒のために毛皮製品を着込む。
獣の皮の在庫は十二分にあるが、冬の間も狩りを続けて数を増やしていく必要がある。
「ウルド産の革製品は上質で人気なのであろう?」
「はい、大きな街でも高値で売買されています」
リーシャの言葉にあるように、この村の革製品の品種はかなり高い。将来的には街の貨幣を入手する手段の一つに考えていた。
それを見込んで狩りで解体した毛皮は、鞣(なめ)していつでも使えるようしている。
革製品の技術は村の老人たちが優れていた。冬の間に子どもたちにも学ばせて、その伝統を継承していく計画だ。
「今のところ冬の間の食料も何とかなりそうだな」
「はい。これもヤマトさまのおかげです」
食料の配布は村人たちの健康を考慮し計画していた。
炭水化物は稲の一種であるイナホンの実から。タンパク質は大兎(ビック・ラビット)など獣の肉から接取する。
イナホンの実の在庫は、来年の秋までは十分もちそうだ。
獣が激減する冬の前にもう少し狩りを行い、保存食である干し肉に加工する。備えあれば患(うれ)いなしだ。
冬はあまり外に出ることは出来ないが、やらなければいけない仕事は多い。
「冬の間も忙しい毎日になりそうだな、リーシャさん」
「はい……でも、大丈夫です!」
珍しくリーシャが自信満々に答える。どんな困難があっても、自分たちは大丈夫だと胸をはっている。
「ずいぶんと自信があるんだな、今日のリーシャさんは」
「はい! ヤマト様がいてくれるので、私は何の心配も不安もありません。"賢者”であるヤマトさまは、村の救世主さまです」
「買いかぶりすぎだ」
「ご謙遜を、ヤマトさま」
「悪いが本当にこういう性格(タチ)でな」
「ふふふ……知っています」
もしかしたら、またリーシャにからかわれたのかもしれない。
だが彼女は本当に嬉しそうに微笑んでいる。どうやら冗談ではなさそうだ。
「そ、そういえば……ヤマトさま……」
「どうした、あらたまって?」
「じ、実は大事なお話がありまして……」
どうやら、これまで会話はすべて雑談だったらしい。リーシャは急に神妙な顔つきになり語り始める。
「私は次の春で……成人を迎えます」
彼女の話によると、ウルドの民の成人は数えで十四歳だという。
これで一人前の大人として認められ、飲酒や婚姻ができる。他にも村の会議での議決権や財産の所有権利なども有する。
「そうか……リーシャさんはもうすぐ成人になるのか」
そういえば、これまで彼女の年齢を訪ねたことがなかった。
初めて森で出会った時から大人っぽい感じはあった。社会人である自分よりは、彼女は年下だとは思っていたが。
「ヤマトさまは……私のことをどう思っていますか……?」
リーシャは真剣な瞳で訪ねてくる。これまで一緒に過ごして、自分のことをどう感じているかと聞いてくる。
「リーシャさんは素晴らしい女性だ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
オレのその言葉にウソはない。
村長の孫娘である彼女は才色兼備の素晴らしい才能をもっていた。だれよりも責任感が強く、自分の危険をかえりみず村の人たちにために頑張っていた。
「今のオレの背中を安心して任せられるのは、リーシャさんしかいない」
「私にヤマトさまの背中を……」
その言葉にもウソはない。
村長の孫娘でありながらリーシャは狩人である。出会ったときは無防備な状況で森に入り込み、大兎(ビック・ラビット)の群れに取り囲まれていた。
だが本来の彼女の狩人の腕はかなりのものであった。
もうすぐ老鍛冶師ガトンに頼んでいたリーシャ専用の"弓”も完成するはずだ。そうなればますます頼もしい存在に彼女はなるであろう。
「私はもうすぐ十四歳の成人の儀を迎えます……つまり……け、結婚もできる歳になります……」
「そうか、ウルドの民は早いのだな。オレの故郷では女性は十六歳にならないと婚姻はできない」
オレの故郷である日本の法律では、女性は十六歳にならないと結婚はできない。
それに比べてこの世界は二年ほど早い。おそらく平均寿命が早婚に関係しているのであろう。
「十六歳まで……ヤマトさまはあと二年間、この村にいてくれるのですか……?」
「ああ……村の生活が軌道にのるまで世話になる」
来年の春からも必要な仕事は多い。
このウルドの村の自給自足が安定するまで、最低でもあと数年はかかるであろう。長期計画で進めていく必要がある。
「わかりました! あと二年、わたし待っています! 頑張ります!」
「ああ、一緒に頑張っていこう」
「はい……ヤマトさまと一緒に」
オレに言葉を重ねてリーシャは顔を更に赤らめる。顔はニヤけているような、真剣なような不思議な感じだ。
今日の彼女はいつもと違い情緒不安定である。
いったい何があったのであろうか……見当もつかない。
『女心と秋の空』
そんな格言をオレは思い出した。あまり気にしないことにする。
◇
「ヤマト兄ちゃーん!!」
そんな時であった。
オレの名を呼びながら近づいてくる者たちがいた。
「みんな、ヤマト兄ちゃんを見つけたよ!」
「リーシャ姉ちゃんもいるよ!」
声の主は村の子どもたちであった。
坂道を一気に駆け上がりこの展望台までやってくる。どうやらオレのことを探してたようだ。
「どうしたお前たち?」
息を切らせてやってきた子供たちに、オレは尋ねる。いったい何事かと。
もしかしたら、また事件でもあったのか。オレは周囲を警戒する。
だが、子供たち顔には不敵な笑みがうかんでいる。ということは事件ではなさそうだ。
「今宵の主役のヤマト兄ちゃんを迎えに来たんだ、オレたち!」
「そう、しゅやくを!」
オレの質問にそう答えてくる。
だが何のことやらサッパリ分からない。
今宵、何か行事があるとはオレは聞いてもいなかった。では、いったい何があるというのだ。
「いいから、早く来てよ、ヤマト兄ちゃん!」
「リーシャ姉ちゃんもね!」
こうして訳のわからないままオレは連れて行かれることとなった。
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