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第15話:歓迎された主役
村長の孫娘リーシャと話をしていたオレは、村の子どもに強引に引っ張られていく。
「どこに連れていくつもりだ」
「内緒だよ、ヤマト兄ちゃん!」
「そう、ないしょ!」
展望台の高台から坂を下り、村の中心部まで誘導されて戻って来た。
あたりはすっかり薄暗くなり、頭上には“二つ月”が輝きはじめている。リーシャと話をしている間に、こんな時間になっていたのであろう。
(天に舞う双子の月(ルナ)。アレを見ると、ここが異世界なんだと思い出す……)
子どもたちに手を引っ張られながら、オレは感慨にふける。
今からちょうど一か月前、オレはこの異世界に転移してきた。原因も理由も不明、いきなり見知らぬ森の中に降り立つ。
(今思えば、運よくリーシャに出会えたものだ……本当に奇跡的な確率だったな)
森で異世界の少女リーシャを助けたオレは、山岳の村ウルドで世話になることなった。
最初はほんの一泊の予定。
夜が明けたら近くの街へ移動移住する予定だった。
(正直なところ寒村だったウルドの最初の印象は、あまり良くはなかったな……)
だがオレは辺境のこの村に残ることにした。どうしてそう決めたかは、今でもよく分からない。
気がつくと生きるために食料を探し回り、危険を承知で凶暴な獣と対峙していた。
(人を襲う大兎(ビック・ラビット)に、怪物のような大猪(ワイルド・ボア)……本当にファンタジーの世界だな、ここは……)
安全で豊かな日本にいたころには考えられない激動の日々。
だがそんな中、オレの心は不思議と満たされていた。日本に住んでいた時には得られなかった充実感が、自分の心の奥に込み上げる。
一般企業に就職していたオレは、どこか渇いていた。時間通りに出勤し、与えられた仕事をこなし、帰宅と就寝。
(生きるために仕事は大事だ……だが、何かが違っていた……)
働きながらもオレの心はずっと渇いていた。それを癒す為に、連休のすべては登山と世界の秘境巡りをしていた。
だが、そんなことでは満たされない自分の欲求に、オレは気が付いていた。
(なぜオレはこの世界に来たのか……)
転移したころは、そればかり考えていた。
平凡な日本人ある自分が、なぜこの異世界に来てしまったのか。
禅問答のように繰り返す自問自答。。もちろんオレは答えを編み出すことは出来なかった。
オレはなぜこの異世界……ウルドの村に来たのであろうか。
「ヤマト兄ちゃん、着いたよ!」
その時であった。
先導していた子ども達が教えてくれる。目的の場所に到着したのだ。
「ヤマト兄ちゃん、また“難しい顔”をしていたけど、大丈夫?」
「でも今日くらいは"コレ”で元気をだして!」
子ども達が指し示す方向には席が設けられていた。
場所は見慣れた村の野外広場だ。低いテーブルや小イスが並べられ宴(うたげ)の準備がされている。
「これは……今宵、なにかあるのか?」
着いた先の広場いた村長に尋ねる。
彼以外にも村の全ての老人と子どもたちが広場に集まっていた。
「これは“歓迎の宴”ですぞ、ヤマト殿」
「そう、かんげいのぎ!」
「かんげいだよ!」
村長の言葉に、広場の子ども達も連呼する。
「“歓迎の宴”だと。いったい誰の……」
オレは正直なところ見当がつかない。
もしかしたら自分が展望台に行っている間に、急な客人が村を訪れたのもかもしれない。
だが、それにしてはこの宴は事前に準備をしていた大規模だ。貴重な村野菜や肉魚料理がテーブルの所狭しと並んである。
村人たちもウルドの民の正装である民族衣装に着替えていた。
カラフル色で編まれた美しいデザインで、見ている者に喜びと感動を与える。そういえば今宵のリーシャもウルドの正装を着ていた。
「えっへへ……ヤマト兄ちゃんに気がつかれないように、内緒で準備していたからな、オレたち!」
「そう! このご飯も僕たちも手伝ったんだよ、ヤマト兄ちゃん!」
オレの困惑している顔に、子どもたちは説明をしてくる。この数日間、村人全員で密かにこの宴の準備をしていたと。
「そうか、それは気がつかなかった……ところでいったい誰の“歓迎の宴”なのだ?」
肝心の対象者の名を、オレはまだ聞いていない。もしかしたら、すでにこの広場にいる者なのかもしれない。
だが広場にいる者は顔見知りのウルドの村人たち。外部からきた客人はどこにもいない。
「えっ……?」
「まだ気がつかないの、ヤマト兄ちゃんは!?」
「冗談で言っているんだよね、兄ちゃん?」
「分からないから、先ほどから聞いている」
子どもたちは口を開けて唖然としている。
もしかしたらこれまでの会話の中に、その人物のヒントがあったのであろうか。自分の知らない暗号や隠語で伝達されているのかもしれない。
「今宵は……ヤマトさまの“歓迎の宴”です」
オレの隣にいた少女リーシャが、しびれを切らして教えてくれる。
「ヤマトさまが村に住んでから、今日でちょうど、ひと月が経ちました。ウルドの民の風習で歓迎する宴です。ヤマトさまのことを……」
リーシャはにこりと笑みを浮かべながら教えてくれた。今日の主賓は自分(ヤマト)であると明確に伝えてくれる。
「オレのための“歓迎の宴”だと……」
想像もしていなかった状況に、オエは思わず言葉を失う。
これはまさかのサプライズであった。
正直なところウルドの村に、こんな気持ちの余裕があったとは想像もしていなかった。
悪い領主によってウルドの大人たちは全員強制連行されていた。食料や家畜も徴収され、つい先日までは餓死寸前で滅びの運命にあった集落だ。
今も決して生活は楽ではないはずだ。
このテーブルに並べた食料は、恐らくは自分たちの配給を削り準備した物なのであろう。そうでなければ在庫の計算が合わない。
「もともとウルドの民はお祭り好きなのですよ、ヤマトさま」
「ああ、そうなのか……」
ようやく状況を把握してきたオレに、リーシャが風習を説明してくれる。
ウルドの民は収穫祭や祈願祭、誕生祭など年間を通じて皆で祝い合うの美徳としている。そのために日頃は生真面目に働き、節制して生活をしているのだ。
「今日だけは村の秘蔵の酒もふるまいますぞ」
宴の準備とオレへの説明も終わり、いよいよ開宴となる。
村長は微笑みながら、オレに酒の杯(さかずき)を手渡してくる。
「ヤマト殿は、お酒は?」
「酒か……嫌いではない」
「それは、よかった。ガトン殿が喜びます」
見ると山穴族の老職人ガトンも広場の席にいた。
一人だけすでに飲みはじめているところ見ると、かなりの酒好きなのであろう。
「ヤマト兄ちゃん! 早く乾杯してご馳走を食べようよ!」
「僕たち、もうお腹がペコペコだよー」
無邪気な子供たちは、いっこうに始まらない宴に不満げに声をあげる。
「では、乾杯のあいさつをヤマト殿、よろしくお願いしますぞ」
「ああ……」
村長の無茶ぶりにオレは言葉を詰まらせる。こんな時に、なんと言って乾杯をすればいいのか迷う。
(ふっ……遠回しな言葉は苦手だったな、オレは)
そうなると口にする言葉は決まっていた。自分らしくシンプルにいこう。
「このウルドの村の明日(あす)にむかって……乾杯だ!」
「「乾杯!」」
「僕たちもカンパーイ!!」
こうして宴は始まった。
皆で和気あいあいと席につき宴を楽しむ。誰もが笑顔で食事を口にして飲んでいる。
普段は岩蔵で熟成させている村長秘蔵の酒もこの日ばかりは解禁だ。老人たちは酔いがまわり饒舌(じょうぜつ)に語り合う。
どこからともなく楽器の演奏がはじまり、村人たちは合わせて歌い踊る。老人も子どもの男女も関係なく賑やかに。
カラフルなウルド柄の衣装が広場を舞い踊り、かがり火を浴びて幻想的に映る。
ウルドの村は明日から、また忙しい日々がはじまる。
厳しい冬を乗り越えるための準備も、まだまだ山ほどある。
だが村人たちの中で悲観している者は、誰一人としていない。
なぜなら彼らは知っていたからだ。
厳しい冬を越した先には、希望の春が必ず訪れることを。
そして誰もが気がついていた。このウルドの村に英知を有する救世主が降臨したことに。
「子ども達は、あまり夜更かしをするな。明日も朝早い」
「えー、こんな日くらいいいじゃん。ヤマト兄ちゃんのいじわるー!」
「悪いがこういう性格(タチ)でな」
「みんな、知ってるよ!」
「そう、そう、しってる!」
この日の“歓迎の宴”は夜遅くまで続いた。
この先に待ち構えている厳しい冬を乗り越える鋭気を養うがごとくに。
心からの笑顔と笑い声とともに……。
◇
この夜
ウルドの村の様子を遠くから見ている者たちがいた。
「おい、見ろ」
「ああ、ずいぶんと賑やかだな。祭りか」
「だが、あそこは"旦那”によって滅んだ村のはずじゃ?」
「どうやら、隠していた食料と富があったようだな」
「よし、根城に戻ってお頭(かしら)に報告だ」
「時期的に雪が解けたあたりが食べ頃だな」
「ああ、今から楽しみだぜ……あの村の全てを奪い取るのがな」
その武装集団は静かに立ち去っていく。
ウルドの村をじっくりと肥えさせ、熟した頃に全てを奪い取るために。
◇
◇
◇
こうしてウルドの村は厳しい冬の季節へはいり、三か月後には新しい季節へ迎えた。
「いよいよ春か……」
オレは辺境の村で初めての春の迎えることとなった。
――――◇――――◇――――
【第一章:改革の秋】 完
【第二章:騒乱の春】へ続く
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