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第16話【閑話】 歓迎の宴の夜 ~老鍛冶師ガトン~
“歓迎の宴”は終盤を迎えていた。
「この席は空いているか?」
「もともと大地は誰の物でもない。どこに座ろうが、自由じゃ」
「そうだな」
山穴族の老鍛冶師ガトンの目の前の椅子に、オレは腰をおろす。
「子供(ガキ)どもは寝たのか?」
「成長期の子どもは寝るのも仕事だ。今はリーシャさんが寝かしつけている」
宴も終盤にさしかかると、眠い目をこすり始めていた小さな子ども達も出始めた。オレは村長の孫娘リーシャと一緒に彼らを寝かしつけて、戻って来たところだ。
宴の広場で飲み食い雑談しているのは、村の老人たちとオレだけになった。
「なら、もう飲めるな?」
「ああ、いただく」
ガトンはオレの盃(さかずき)に酒を注いでくる。村の秘蔵の地酒であり、鼻腔を刺激するいい香りがただよう。
「村の子ども達から随分と懐かれているのう、我らの賢者殿は」
「からかうのはよせ、ガトンのジイさん。いつも通り“小僧”でいい。それにオレは子どもの扱いは苦手だ」
「これだけの成果を出しながら、よく言うのう。小僧どのは」
「たまたまだ」
酒を飲みながらガトンと言葉を交す。
老職人ガトンへ答えたとおり、この村で今のところ成果が出ているのは偶然の産物である。
穀物イナホンの実の存在や、村の子どもちたの高すぎる順応性。自然に恵まれた村の環境など、恐ろしいほどの幸運が重なっていた。
そして最大の幸運がオレの目の前にいる。
「今日はあんたに礼を言いにきた。鍛冶職人ガトン……あんたがいなかったら、ここまで順調には進んでいなかった」
「ふん、今宵はずいぶんと素直じゃのう、小僧どのは。明日は槍でも降るのかい」
「オレもいつも素直だ。あと、空から槍は降ってこない」
オレの感謝の言葉にウソはない。
本当に老鍛冶師ガトンには感謝している。弩(クロスボウ)や農機具、生活用品など、オレはさまざまな文明改革をウルドの村で行ってきた。
だがオレの汚い図面を元に実際に現物に製造したのは、この山穴族の老職人と孫たちである。彼らがいなければ村の生活はまだまだ困窮(こんきゅう)しており、オレはもっと苦労していたであろう。
「ワシは職人として面白いと思った物しか作らん。偶然にもオヌシの図面がそうだっただけじゃ」
「なら話は早い。あと数枚の図面を描いているところだ。それも冬の間に頼む、ガトンのジイさん」
「ふん。相変わらず人使いが荒いぞ、小僧は」
そう言いながらもガトンは口元に不敵な笑みを浮べる。
『どんな無理難題な設計図であろうが、金属が原料である限りは必ず完成させてやるぞ』と言わんばかりの表情だ。
(だがこの男なら本当に何でも作りだしてしまいそうだな……)
老職人ガトンの恐ろしいところは、その卓越した鍛冶技術ではなく柔軟な応用センスである。
オレが現代から持ち込んだ弩(クロスボウ)や農機具の図面の原理を瞬時に理解して、更にこの世界で使いやすいように進化製作するのだ。
「ところで小僧……いや、ヤマトよ」
その時であった。
目の前にいたガトンの口調が変わる。
「なんだ、ガトン」
その真剣な表情に、オレも真っ正面から応える。
「オヌシはいったい"何者”なのじゃ」
「…………」
その質問にオレは少しだけ間をおく。
いつか聞かれる質問だとは思っていたが、まさかこの無骨な老職人が最初だと思ってもいなかった。
「オレはただの山好きな男だった。変わっているとしたら、この国とは違うモノを見てきただけだ」
「……そうかい」
オレの答えにガトンは静かに頷(うなず)くだけである。それ以上は一切の追及もしてこない。
「オレからも質問がある。ガトン、あんたは何者なんだ。これ程の腕を持ちながらも、なぜこんな辺境の村で隠居している」
オレもずっと気になっていた疑問をぶつける。
リーシャの話では、ガトンは大陸でも三人しかいない“鍛冶師匠(アンアン・マイスター)”の称号をもった匠(たくみ)だ。
この大陸に数多いる鍛冶職人の頂点に君臨する三傑の一人。本来なら大国の専属鍛冶師として、貴族と同等の富と栄誉に囲まれて暮らしているべき人物だ。
「ワシはただの鉄好きの男じゃ。ウルドの民には恩があってここにいる。つまりオヌシと同じじゃ」
「……そうか」
ガトンの答えにオレは静かに頷(うなず)き、それ以上は追及しないことにする。人は誰しも聞かれたくないことは一つは二つはあるものだ。
「小僧……オヌシはこれから村でどうするつもりじゃ?」
「どうするもなにも、生きるために足掻(あが)いていくだけだ」
食糧難に生活物資の確保、大人の人手不足など問題はまだまだ多い。
まずはこれからの厳しい冬を乗り切り、春からの計画をみなで決めていく必要がある。
「オヌシの住んでいた国はどうじゃったか知らんが、この大陸にはまだまだ騒乱が多い」
「ああ、リーシャさんから聞いている」
今のところウルドの村は“平和”である。
これは山岳地帯にあり、あまりにも辺境すぎる村という地理的な好条件が理由だ。
名目上は属している領主はいたが、街から距離が離れすぎているために放置状態。
だが富を狙う輩(やから)はどこの世界にも必ずいる。
飢餓状態だったウルドの生活水準が潤えば、危険は必ず訪れる可能性をガトンは言っていたのだ。
「それについては考えがある。冬の間に子供たちに仕込んでおく」
「随分と子供(ガキ)使いが荒い賢者殿じゃのう」
「弱い者は生き残れない……それが自然の摂理だ」
「そうじゃの……」
老職人ガトンは目を細め、少しだけ悲しい表情を見せる。
この男にも大事な双子の孫がいた。その将来を案じて祖父の顔をしたのであろう。
「安心しろ、誰も死なせはしない」
オレのその言葉は約束であり、自分の決意であった。生きる知恵と力を分け与えて、この村の者に希望を持って暮らして欲しいと。
「ふん、ずいぶんと頼もしい言葉じゃの」
「その代わりと言ってはなんだが、また作って欲しいモノが浮かんだ。早急に試作を頼む」
「おい! ワシを過労で殺す気か!?」
「そこまでヤワな身体ではないはずだろう? 誇り高き山穴族の男は」
「当たり前じゃ、誰にものを言っておるのじゃ」
相変わらず口の悪い老職人との会話を楽しむ。本当に裏表のないジイさんだ。
「ふん、もう一杯飲めるか、小僧よ」
「ああ、いただくとする」
ウルド産の少しクセのある地酒を飲みながら、オレは悪くない時間を満喫していく。
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