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第17話【閑話】 歓迎の宴の夜 ~村長~
“歓迎の宴”は更に終盤を迎えていた。
「ヤマト殿、この席は空いておりますかな?」
「ああ、大丈夫だ。村長」
ウルドの村の村長が、オレの目の前の席に腰をおろす。
老鍛冶師ガトンはオレの頼んだ新しい図面の清書をするために、つい先ほど工房に戻っていった。
村の広場で飲み食い雑談しているのは、村の老人たちとオレだけだ。
「宴は楽しんでおりましたか、ヤマト殿」
「悪くはない」
「それは良かったです」
初老の村長はねぎらいと感謝の言葉を述べてくる。いつもながら丁寧な言葉使いで礼儀正しい人物だ。
「ささ、ヤマト殿。もう一杯いかがですか」
「ああ、いただく」
村長はオレの盃(さかずき)に酒を注いでくる。村の秘蔵の地酒はややクセはあるが、飲むほどの味わいがでてくる。
「そういえば宴の前に、うちの孫娘と展望台に行かれていたようでしたが……」
「今後の村のことについて相談していた」
「なるほど、さようですか」
この村の村長はこの老人である。
だが彼が年老いてきた近年では、孫娘リーシャが先頭に立って村人たちをまとめていた。
それもありオレは彼女と行動を共にしてして、色々と相談をしてる
『リーシャが村長代理で村の責任者。自分(ヤマト)が村のアイデアマン』……村のこの運営体勢は、村長からも頼まれていた人事案件だ
「ところで村長、あんたに聞きたいことがある」
「なんでしょうか? なんなりとお聞きください、ヤマト殿」
村長は自分が答えられる範囲なら、何でも答えると言ってくれる。村で最年長である彼の知識は村一番であるという。
では、お言葉に甘えて尋ねるとしよう。
「オレは遠回しが苦手だ。単刀直入に聞く。『ウルドの民』とは何者だ?」
「“ウルドの民”ですか……? さて……」
「言える範囲でいい。今後のために聞かせてくれ」
「…………」
あまりにも唐突な質問に村長は無言となる。
かなり気まずい雰囲気だが、オレはこの事をどうしても聞いておきたかった。
『ウルドの民は何者なのか?』
この一か月の間、村の子供たちと一緒に狩りや生活を共にして気になって疑問である。
「少しだけ昔話をしてもいいですか、ヤマトさま」
「ああ」
オレの想いがが通じたのか、村長は口を開く。意を決したその瞳は真剣そのものだ。
「その昔、群雄割拠の大陸の覇権を狙う一つ部族がいました……」
村長は静かに語る。
その部族は不思議な力と優れた身体能力を、生まれながらに有していた。その力で群雄割拠の時代を生き抜き、大陸統一まであと一歩まで勝ち進む。
だがある日のこと。
信じていた部下の裏切りにあい、その国はあっけなく滅んでしまう。
「生き残ったわずかなその一族は辺境の山岳地帯に移り住み、自然と共にひっそりと暮らしていくことを選びました……」
村長の昔話は静かに終わる。
これは村の中でも歴代の村長だけに伝わる口伝だという。他に知る者はだれもいない秘匿の事実。
「"その一族”の子孫がウルドの民ということか」
「伝承で伝わる昔話です」
村長はオレの質問を否定しなかった。
つまりはこれは本当の話なのであろう。ウルドの民の先祖が、戦乱を争い勝ち抜いた戦闘部族だった歴史が。
「なるほど……それで子ども達の身体能力と適性が高いのか」
「ウルドの血も薄くなりました。今では岩をも砕く力や、空を駆ける健脚はござりませぬ」
ということは昔のウルドの民はそれが可能だったのであろう。口伝による伝承とはいえ、恐ろしい話である。
(だが、これで納得ができた)
村長の説明を聞きオレの悩みは解決する。
オレが不思議だったのは、村の子供たちの優れた身体能力と学習能力の存在であった。
彼らは現代日本から持ち込んだ弩(クロスボウ)を、少し教えただけで軽々と使いこなす。大盾との連携や森の中での隠密行動など、オレが教えた技術を次々と吸収していた。
村の子供たちは幼稚園児くらいから小学生までの年ごろばかり。現代日本の子供と比較したら異様であった。
「そうか。オレは冬の間、子供たちに“戦い方”教えるつもりだ」
「戦い方……ですか……」
村長の眉がピクリと動く。
オレのまさかの提案に動揺したのかもしれない。
「村の自衛のためだ。悪く思うな」
「それなら仕方がありませんな……」
戦いの訓練は、外部の脅威から村を守るために必要不可欠である。
先ほど老鍛冶師ガトンとも話をしていたが、この世界は騒乱がまだまだ多い。
自分たちだけ辺境の山岳の村に閉じこもり、鎖国のように平和に暮らしていくのは夢物語なのだ
村長からウルドの民の秘密を聞き、子供たちに戦い方を伝授することをオレは決意した。オレの庇護下(ひごか)でずっと守ってやるのではなく、自分たちの力で生き抜く道を教えることを。
「明日も早い。今日は先に眠らせてもらう」
村長との会談が終わり、オレは席から立ち上がり自分の寝床へ向かう。
歓迎の宴はもう少し続く雰囲気。ここまで盛り上がっていれば、主役である自分がいなくても大丈夫であろう。
「では、おやすみなさいませ、ヤマト殿」
村長は丁寧な挨拶でオレを見送っくる。先ほどまでの動揺はすでになく、いつもの礼儀正しい口調だ。
「そういえば、もう一つ聞きたいことがあった」
「はい、何でしょうか?」
「オレがこの村に最初に来た夜。子供たちに"歓迎の木の実”のプレゼンを持ってこさせたのは、あんたの差しがねだろう?」
「…………はて、なんのことでしょうか」
想定外の最後の質問に、村長は言葉を詰まらせる。先ほど以上に動揺していた。
「オレは遠回しが嫌いだ。覚えておいてくれ」
「…………肝に命じておきます」
村長は否定しなかった。つまりはオレの予測は当たっていたことになる。
『このウルドの村の風習で、旅人にはプレゼントを差し出すんだ。歓迎の証として!』
と言って"歓迎の木の実”をくれた子供たちに他意はない。
おそらくは巧みな村長の指示で、子供たちは村に来たばかりのオレの元を訪ねたのだ。
なぜ、そう仕組んだか理由は分からないが、今宵のことでオレは再確認できた。
「やはり食えないジイさんだな、あんたは」
「“歳の甲”と言ってくだされ、ヤマト殿」
「今後も頼りにしている」
まるで何事もなかったかのようなポーカフェイス。村長は丁寧な言葉使いでオレを見送る。
(油断のできないジイさんだ……)
村長は一見すると人畜無害で礼儀正しい紳士だ。だがそれでいて実はかなりの策士でもあったのだ。
(だが、嫌いなタイプではない)
したたかで頼もしい村長の存在に、オレは心の中で苦笑いしながら寝床に向かう。
厳しい冬を越えて、希望の春の夢を見つつ。
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