90人が本棚に入れています
本棚に追加
第2話:異世界人との遭遇
見知らぬ森の中を一時間ほど歩く。
方角はいつも持ち歩いているコンパスで、時間は腕時計で正解に計っていた。
ここは違う世界だが森の中でとる行動は地球と同じだ。一定方向に警戒しながら前進する。
「今のところ磁器の乱れがないのは助かるな」
磁場の乱れは厄介であった。
地球上でも乱れる場所はいくつもある。秘境やミステリースポットと呼ばれる場所がそれであり、一度踏み入れたら二度と出られない理由も磁場の乱れだと言われている。
「今のところは普通の森だな……やや濃いくらいで……」
危険に対して警戒しながら歩いた感想だ。
空気が濃く生えている樹木やコケは日本とは微妙に違う生態系。特別に奇抜は植物や菌類などもなく安心感はある。
どちらかといえば幼いころに行ったことのある北欧の森に似ている雰囲気だ。
植物に関しては今のところ問題はない。樹木や地形の起伏には今のところ対応はできていた。
いや、むしろこの森に来てから順調なほどだ。なぜか身体の奥底から力がみなぎり全身が軽くなっていた。
「問題は生物だな……」
だが心配なのこの森に住んでいるであろう生物の存在であった。
この異世界の生態系は分からない。
だが『豊かな森には必ず草食生物、そして捕食する肉食生物がいる』というのが自然の摂理である。ここは豊かな森で生物が必ずいるのだ。
「肉食獣か……さて、どの程度のものか……」
森の様子から肉食の獣の種類を想定する。経験的な予測から想像する。
自分は世界各国の大自然を渡り歩いた経験がある。自分の唯一の趣味として有休と給料を全てつぎ込んで。
オレの亡くなった(?)両親は自称冒険家という破天荒な職だった。オレも幼いころから遠足代わりにそれに付き添っていたのがアウトドア派の原因だ。
数年前に両親が行方不明になってから、大学を出たオレは一般企業に就職した。そして連休ともなれば各地の山に一人で出かける孤独なアウトドア青年の完成だ。
「狼と熊、猪。その辺りであれば何とかなるが……さて」
自分が実際に対峙した獣を思い出しながら、それらに対応できるようにする。倒すことは最終手段であり危険から回避するのが最良だ。
そのために木登りして退避できる場所を必ず通行する。木を登れる肉食獣は意外と多くない。
「道具は……よし、全部あるな」
背中の大型リュックサックの中身を再度確認して入れ替える。
オレはディープなアウトドアを趣味とするために、一応の自衛武装もしている。合法サバイバルナイフに草斬り山刀、熊用の催涙スプレーなど。
あと大きな声で言えないが自作の“自衛武器”も持っていた。これは半分趣味で作った護身具であり、できれば使いたくない“武器”であった。
だがこの際は贅沢はいってられない。ここは日本ではないのだから。
「ん……この音は……?」
そんな時であった。
進行方向から"声”が聞こえてきた。鳴き声ではなく知性ある生物の意味ある声が。
「これは"悲鳴”か。それも誰かに助けを呼ぶ……」
瞬時に判断してオレはその方向に急ぎ足で進んで行く。本来ならば見知らぬ土地で悲鳴が聞こえる場所に近づかないのがセオリーである。
なぜなら悲鳴が聞こえということは、そこに“危険”な存在がいるのだ。
「危険……だが“人”もいる……」
近づくにつれて声の内容が明確に聞こえる。声をあげていたのは確かに人である。
ここはおそらくは異世界。だが明らかに日本人であるオレ理解できる単語で助けを求めている。
この世界の情報を得るために、オレが危険をおかしてまで知的生物に接触することを選択する。
◇
(女性か……)
声を出さないように茂みに身を隠し状況を確認する。先ほどから助けを求めていたのは一人の少女であった。
パッと見の外見は異国人の風ぼうである。美しい金髪碧眼の少女だった。
だが自分の耳に聞こえているのは明らかに日本語だ。『助けて!』という流ちょうな日本語である。
(それに何だ……あの少女を襲っている獣は。アレはまさか……!?)
異国の少女は数匹の獣に襲われて窮地に陥っていた。
(ウサギの……なのか?)
少女を襲っていたのは大きなウサギの群れであった。
だが地球上のウサギよりも軽く二回りは大きく口元に鋭い牙がある。後ろ脚で跳躍して少女の身体にいくつもの傷を負わせていたのだ。
(ウサギの形をした肉食の獣の群れか……)
やはりここは異世界だったのだ。
ウサギも人を捕食する恐ろしい光景に、オレ思わず息をのむ。
最初のコメントを投稿しよう!