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第5話:まぶしいほどの笑顔
オレは数十人の村人たちに包囲されていた。
「おい、隠れているのは分かっている。出てこい」
平屋の建物の中からそいつらに向かって声をかける。不思議なことに相手には殺気がなかった。
いきなり敵対者として、こちらから攻撃をしかける訳にはいかない。もしかしたら何か事情があるかもしれない。
自衛の武器を構えつつ油断なく相手の出方をみる。
「ごめんなさい……驚かせるつもりはなかった……」
相手の代表者の言葉と共に、周囲からぞろぞろと人影が現れる。
かなりの人数であるが誰も武装していない。
(子ども? ……村の子どもたちか)
オレを包囲していたのはなんと村の子供たちだった。
年齢はバラバラで下は幼稚園児くらいから、上は小学生くらいまで。男女は半々ほどだが、異国人である彼らに関して年齢は推測である。
(こうして見るとずいぶんと痩(や)せているな……栄養失調の寸前だな、こいつらは)
子どもの様子にオレは眉を細める。
山岳民族の服から伸びた彼らの手足は、驚くほどやせ細っていた。成長期で潤いがあるはずの肌も渇いている。
おそらくは食糧難で満足に食事もできずにいたのであろう。
(だが……目は死んでいないな)
不思議なことに子ども達の誰もが瞳が輝いている。建物から出たオレの姿を物珍しそうにジッと見つめてくる。
「いったい何の用だ?」
周囲を警戒しつつオレは先ほどのリーダー格の少年に尋ねる。集団の中で一人だけ体格がよく、コイツがまとめ役なのであろう。
「リーシャの姉ちゃんに聞いたんだ。大兎(ビック・ラビット)を一瞬で倒した凄い人が来たって!」
「そう、目にも止まらぬ短刀さばきで凄かったって!」
「異国からの旅人だって、言ってた!」
せきを切ったように子どもたちは口々に出す。彼らは少女リーシャからオレのことを聞いてきたのだ。
森で危険な目にあったリーシャを助けた剣士のことを。不思議な格好をしているけど優しい瞳をした放浪の戦士だと。
「ねえ、お兄さんはどこの国から来たの!?」
「大山脈を超えて西方から来たっている噂だよ!」
「これからどこに旅していくの?!」
警戒心を解いたのか、彼らはオレの周りに群がり次々と質問をしてくる。
純粋に目を輝かせて真っすぐにオレのことを見つめてくる。そこに敵意などなく本当に純粋に興味があるのであろう。
(どうやら敵意はないな。よほど娯楽に飢えているのだろうな……)
彼らは聞きたいのだ。
閉鎖されたこの村では聞けない異国のできごとや物語。そして勇敢な戦士としてのこれまでの英雄譚を。
子どもたちの澄んだ瞳は現世で旅していたときのことを思い出す。
チベットにある不思議な民族の住む村の住人たちに似ていた。ネットや文化を拒んで生き、人を疑うことを知らず世界一幸せに暮らしている部族の者たちに。
「おい、みんな待て! 兄ちゃんが困っているだろう! ここに来た目的を忘れるな!」
「あっ、そうか!」
「おい、みんな出すんだ」
リーダー格の少年の大声に、子どもたちはハッと我に返る。
何人かが懐のポケットに手を入れ何やら取り出している。それをリーダー格の少年が集めて、オレの目の前に手で差し出してきた。
「これを兄ちゃんに渡そうと思ってみんなで来たんだ……」
少年がオレに差し出してきたのは"木の実”であった。
見たことのない品種であるがクルミに似ている。形状からおそらくは食料として食べるものなのであろう。
「このウルドの村の風習で、旅人にはプレゼントを差し出すんだ。歓迎の証として!」
ウルドは山岳地帯にある辺境の村であり、昔からここを訪ねるものは数少ない。
だからこうしてわざわざ訪れた旅人には、誠心誠意で歓迎の印を渡す。自分たちの持つ価値ある大切な物をあげて。
そう説明してくる。
「これはお前らの食い物なんだろう、貴重な?」
ここだけの話、オレは子どもはあまり得意ではない。精いっぱいの言葉で優しく問いかける。
「うん……最近はほとんど何も食べられない。ぜんぶ領主が持っていっちゃったから。オレたち子どもには村のわずかな食料も少ししか回ってこない……」
「ああ、だろうな」
食糧難は思っていた以上に深刻なのであろう。
限りある食料は優先的に働き手である者に回される。まだ動ける老人や身体が大きな子どもに優先的に食わせる。
それ以外の者には雀の涙ほどであろう。
(口減らし……か)
日本でも貧しい時代には“口減らし”で子どもの数を減らす地域があった。それほどまでに食糧難は深刻であり、この村でも優先順位をつけたのであろう。
「これをオレによこしたら、お前らの取り分は減るぞ」
「うん……でも、これは歓迎の風習だし。なにより仲良くなりたい!」
「仲良く……だと?」
オレの問いかけに少年は意外な言葉で答えてくる。その意味が分からずオレは思わず聞き返す。
「お兄ちゃんと……ウルド建国記に出てくる英雄王みたいに、強くてたくましいお兄いちゃんと仲良くなりたかったんだ!」
「あっ、ずるいぞ。オレも仲良くなりたいんだから!」
「わたしも!」
「僕も……」
子ども達はわれ先に手をあげ声をあげる。オレの周りにどんどん群がって話かけながら。
それは見たこともない不思議な光景だった。
子どもたちは誰もが食に飢えていた。
まともな飯はここ数日間は食べていないのであろう。現に手足はやせこけ見るも無残な様子だ。
(だが、輝いている……まぶしいほどに……)
それでも全員の瞳が輝いていた。この絶望の淵にある状況にあってもキラキラと。
彼らは食料は底を尽きかけ飢えに苦しみ、実の親たちを連れ去られ孤独な毎日を過ごしているのはずだ。
だがそれでも……純粋に希望を信じて生きている表情だった。
「ああ……いいだろう。オレの国の……オレの故郷と旅して話をしてやろう……」
群がる子ども達をなだめて、オレは静かに語ることにした。
オレの生まれ故郷である緑豊かな田舎の暮らしを。
◇
冬は厳しく、外を出歩くのも苦になるほどの豪雪地帯。
だが春には美しい桜の花が咲き乱れ、人々の心に希望を与える。ふだんは農作業で仕事に精を出しながらも、夏の祭りにみなで準備をおこなう。
短い夏祭を心の奥底から楽しんだ後は、いよいよ繁忙期だ。稲刈りや果物の収穫に誰もが忙しく働く。大人はもちろん子ども達も総動員しての収穫作業。
収穫祭を終え厳しい冬の準備をおこなう。何の変哲のなく毎年変わらない暮らし。
だが風光明媚な風土や四季が人々に希望を与えてくれる。
『厳しい季節の後には必ず希望の花が咲く』
そんな当たり前のことであり大切な自然の想いを子どもに語る。
◇
「そろそろ暗くなる。気を付けて帰れ」
オレの話も終わり子供たちは各々の家に戻っていく。両親が連れ去られてしまった今は、老人と子どもしかいない寂しい家に。
「さてと、晩飯にするか……」
いつの間にか日も暮れ夕飯の時間となっていた。
燃料が貴重なこのような集落では陽が沈む前に食事をとり、暗くなったら寝るのが普通である。
アウトドアを趣味とするオレも、野外活動のときは早寝早起きのリズムだ。
「飯か……」
見知らぬ異世界に転移してきたオレだったが、今のところ食料は確保してある。
登山用の大型リュックには非常食の備蓄も十分だ。また森で狩った大兎(ビック・ラビット)を血抜きして解体した生肉も、この部屋の中で保存していた。
それ以外にも森の中で試しに採取した山菜、キノコ、香草などもある。
とくに大兎(ビック・ラビット)の肉はかなりの量があり、生肉ということもあり最優先で食する必要がある。
自前の調理器具もあるので焼いて食べるものいいであろう。
「木の実か……」
だがオレは手に持ったわずかな木の実に視線をむける。
クルミに似た実であり、先ほどオレが村の子どもたちからもらった。彼らが自分たちの取り分を減らしてまでくれた親愛の贈り物。
「この寝床に……この食い物か……」
そうつぶやきオレは決意する。
手に持っていた実を口の中に入れて食する。
ゆっくりとかみしめて大切に食す。先ほどの子どもたちの輝いた笑顔を思い出しながら。
「ぜんぜん腹の足しにならないな、これっぽっちだと……」
あっとう間に木の実はかみ終え無くなってしまう。
だ液と共に腹に流し込んでも満腹感はいっさい得られない。そしてこれが今のこの村の主な食事の現状だ。
「さて、寝るとするか。明日は朝から"忙しく”なりそうだしな……」
夕食を終えてオレは横になる。
非常食や大兎(ビック・ラビット)の肉には一切手を付けず、なんの足しもならない食事だけで空腹をごまかす。
「これで“一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩”だな……」
自分の家の家訓をつぶやく。幼いころから親から教わった絶対的な教えの言葉を。
「まったくオレも甘ちゃんだな……」
最後にそう口にしてオレは深い眠りにはいる。
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