第二章

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第二章

 朝から重い。締まる。 「ぐええええええ。巧ぃ! 起きろ貴様ァ!」  それがしを抱き枕にしている家主を叫んでたたき起こした。  朝から近所迷惑とかやかましい。でなければこっちが死ぬ。  巧はねぼけまなこで答えた。 「……んん? おはよー、ゲン」 「おはようじゃない! 速く離せ、締まる、死ぬ!」  腕と足で万力のようにしめつけているのをやめろと必死で訴える。  お前は抱き枕にプロレス技かける癖でもあるのか。枕にならいいが、生き物に対してやるな。  どうにか放してもらえた。 「ごめーん。だってゲンってあったかいんだもん」 「モフるな! それがしは気高きニホンオオカミだぞ、犬ではない!」 「うん、犬とは違ってゴワゴワだよね。野性味あふれる毛質。でもそれがいいんだな」 「……そういえば前世でもそんなこと言ってなかったか? それがしを抱き枕にするところも変わっていないな」  巧は前世、陰陽師や能力者が使う道具を作る職人だった。当時敬愛する主を解放するための方法を探していたそれがしは、作れる人間なら解除方法も知っているかと問い詰めにいったらこいつに封じられてしまったのだ。  力を大幅に封じられ、ペットのように扱われるとは屈辱である。  しかし人間とはおかしなものだ。作る道具は必要なのに、それを作る職人は見下され、巧はたった一人で山の中に住んでいた。人間嫌いのそれがしにとって、そこは好都合ではあったが。  今も巧は小さなアパートで独り暮らしである。前世と違い親は存命で、単に職場が遠いため独り暮らしをしているだけらしいが。巧が職場の人間以外と接していることはほとんどない。寂しがりのくせに変なやつだ。 「ゲンってフィット感とあったかさがちょうどいいんだもん。あ、いっけなーい。そろそろごはん作らなきゃ」  独り暮らしが長いだけに、家事はお手の物だ。しっかり一汁三菜バランスのとれたメニューが食卓に並ぶ。 「手洗ってから食べるのよ」 「うるさい、分かっている」  それがしは人間型に変化すると手を洗った。  ふと鏡を見れば、強面で目つきの悪い男が映っている。  首には細い銀のネックレス。  これはファッションでもなんでもなく、拘束具だ。過去のもろもろからそれがしは保護観察対象で、罪を償うまでこれは外せない。  本来なら刑務所に入れられているところだが、主の嘆願によって巧が監督しながら罪を償うこととなった。巧の手伝いをして人ならざるものの犯罪者を逮捕していけば許されるという。  いまだに不満である。しかし主の命令だから仕方がない。 「ま~たネックレスうっとり見てんの? 分かってると思うけどそれ孫悟空の輪っか的な意味よ?」 「これは九郎様がくださった大切なものだ。効果がなんであれ、あの方からいただいた初めてのもの。感動だ」 「ちょっとヤバイと思うけど……」  何がだ?    ☆  さて、出勤時間になった。  巧の職場は某警察署内にある秘密部署。巧は人外専門の事件を扱う係の装備を作る技術者である。  なにせ前世はプロ、しかも当時五本の指に入ると言われた実力者だ。今世ではついこの間まで記憶がなかったが、それでも才能は発現していた。  警察署の廊下を奥へ進むと、秘密を知るごく一部の者のみが見える扉がある。そこをくぐった。  なお、それがしはオオカミの姿に戻っている。ここでは警察犬扱いだからだ。  まったくもって腹立たしい。しかもハーネスまでつけおって。 「なぜこんなものつけねばならんのだ……っ」 「現代じゃ、犬はリードつけなきゃダメなのよ。首輪はゲンが嫌がったから、胴体に着るタイプのにしたんだけど」 「当たり前だ、首輪など。それがしはオオカミだっ」 「蛇神様には首輪つけてもらった、って喜んでるくせに。ま、『お手柄ワンちゃん』として有名になっちゃったし、しょうがないでしょ」  以前九郎様の神社でけしからん真似をした輩を捕えてからというもの、それがしにはそんなふざけたキャッチコピーがついた。だからオオカミだと言っているだろうが。  部屋の中にはすでに数名が出勤していた。元々十人程度の小さな部署で、たいてい半数は事件で出払っている。  いずれも人間と妖などの間に生まれた者か、先祖がそうだったなど、特殊能力を持つ者のみである。  やつらは気づいて手を振った。 「やっほー、白河さん」 「やあ、おはよう。今日も美しいねえ」 「はは、ありがとうございます」  中には軽薄なやつもいる。  それがしはうなって威嚇した。 「おー、こわ。忠犬くんがにらんでるから退散するよ」 「だれが忠犬か! それがしはオオカミだ!」 「はいはい。ゲン、行くよ」  ひょいと抱き上げられ連れていかれた。  筋肉質でそれなりに重いのだが、巧は軽々と運ぶ。なにしろ作っている装備や道具はものすごく重くて大きいものもあるのだ。細身のわりにけっこう力持ちである。 「放せぇ、愛玩犬ではない!」 「はいはい」  さらに奥の作業場が仕事場だ。  道具や機械、材料が所狭しと並べられている。  先に来ていた、というかもはやここに住み着いている老人が目を覚ました。 「おはよう白河さん。上弦くんも元気だねぇ」 「おはようございます、(くろがね)先輩」  この老人は刀の付喪神と人間の間に生まれ、年は数百歳らしい。  まさに昔の職人といった風情で、しかも和服である。 「君付けするな。貴様はたかが江戸時代の生まれだろう。それがしのほうがはるかに年上だぞ」  神代の生まれだからな。  にらみつけるも老人はどこ吹く風。 「はは、そうじゃったな。では上弦先輩と呼ぶかの?」 「それもやめろ」 「まぁまぁ、ゲン。さて鉄先輩、今日の仕事は何です?」  たいていは任務中に破損した装備の修理だ。なにせ仕事が仕事、いくら頑丈に使っていてもよく壊れる。  武器だけでなく防具や特別製の手錠、特殊な通信機、探知機……と作るものは多岐にわたる。それをたった二人で用意しているのだから、この二人の有能さは分かっている。  巧はずっと裏方だったが、それがしが来てからは出動することも増えた。任務をこなせばそのぶん罪を償ったとみなし、保護観察処分が明けるのが早くなるからだ。  それがしはそもそも戦闘に強い。問答無用でやっつけてよい案件などにうってつけだそうだ。  なぜそれがしがやらねばならんのか。  ……決してその後のごほうび骨ガムやジャーキー目当てではないぞ。  決してな!  パーツを取ってやるくらいの手伝いをしてやっていると、あっという間に昼だ。  巧の作った弁当を食べる。この時だけは人間型のほうが楽だ。 「どう? ゲン、おいしい?」 「ふん。もっと肉多めにしろ」 「だーめ。ちゃんとバランスよく食べなきゃ」 「チッ」  ……午後三時くらいになると、おやつ休憩と称して巧が菓子をストックしてある箱をあさり始めた。なにしろ神経も体力も使う仕事だ、単純にエネルギー切れである。 「うー、おやつー。……あれっ、ない! 買っといたはずのドーナツが!」 「それなら昨日全部食べていただろうが」 「ええー。しまった、無意識に手が伸びちゃってたかぁ」 「……チッ」  それがしは人型に変化した。 「財布を貸せ。買って来てやる。どうせいつもの店だろう」 「ほんと?! いいの?」 「あそこは九郎様が作られたケーキ屋だ。しもべとして売り上げに貢献するのは当然」 「ちょいちょいヤバイふうに聞こえる発言するよね、ゲンって」  どこがだ? 「うんまぁ、なら頼もっかな。でも一人でおつかい大丈夫?」 「子供か。バカにするな」 「バカにしてるんじゃなくて、だれかれかまわずつっかからないようにってこと。ケンカ売らないんだよ」 「うるさい」  財布とエコバッグをひっつかんで出た。 「ケンカしちゃだめだからねー!」  後ろから巧の声を聴きつつ。  気を付けて行けと言わないのは、それがしは強いからだ。妖などが出てきても簡単に勝てるし、車がぶつかってきても跳ね返せる。  さっさと目的地へ行って購入した。巧の好みなど知っている。  ……それにしても視線がうるさい。  昔はだれもが恐れ逃げていたのに、現代はどういうことだ。特に若い女がやたら見てくる。ケンカ売ってるのか。  舌打ちしてにらみ返そうとしたが、巧の言葉を思い出してやめた。 「―――あれっ、上弦さん」  声のするほうを見やれば、あの娘がいた。  九郎様の妻を名乗る加賀地(かがち)東子(とうこ)だ。  チッ、この娘の気配はつかめないのだ。近くにいても分からない。先祖が全員特殊能力者か人外なため、それらが干渉しあっているせいだ。  不機嫌全開でにらみつけるが、ちっとも動じない。  どうして今はこういう人間が周りに何人もいるんだ。 「あはは、相変わらずあたしのこと嫌いだね」 「当たり前だ。尊敬するあのお方の妻は美しく聡明で、才能がある賢い者であるべき。貴様のような愚かな小娘ではない」 「はいはい。ところで巧お姉ちゃんのおやつ買いに来たんでしょ」 「貴様も買い物か」 「うん、ちょっと本屋にね。良信おじいちゃんの資料に使う本が入荷したっていうから」  こいつの先祖の忍者で仙人だったか。今は少女漫画家をしているらしい。売れっ子だとかで、九郎様が時々アシスタントをしておられる。 「くう……っ。九郎様の才能はもっとすばらしいことに使うべきだというのに、漫画家のアシスタントなど……っ」 「日本の漫画は世界で人気だし、良信おじいちゃん超売れっ子だよ」 「うるさい黙れ。本当に九郎様は貴様に会ってからというもの、すっかりふぬけになってしまわれた。かつてあれほど尊敬を集めた、崇高にして孤高のお方だったのに……!」  ギリ、と歯ぎしりする。  封印を解き、あのお方を解放できたのがこの娘だというのも気に入らない。それがしがお助けするはずだったのに。 「そっかぁ」  にもかかわらず、加賀地東子は平然としていた。  生まれた時から『邪心の監視人』扱いされ、敵意を向けられるのに慣れてしまったという。  ……腹が立つのはそれだけではない。  この女を前にすると、どうも調子が狂うのだ。  なんだか必要以上に敵意を向けたくなり、気分が妙だ。こいつはそれがしをおかしくさせる。巧とは違った意味で。  なぜだ?……  ふいに加賀地東子の顔つきが変わった。 「九郎、ダメっ!」  それがしの後ろに向かって叫ぶ。 「む?」  九郎様がどうかしたのか?  振り向くと―――巨大な蛇が口を開けていた。  あ。  死んだ。  ヒッと叫んでオオカミに戻る。  あえなくぱくり。  ごくん。  暗転。 「……ゲン! ゲンー! しっかり!」 「うう……む? 巧……?」  意識が戻ると巧がいた。  真っ青だ。 「東子ちゃんから連絡受けたのよ。大丈夫?」 「いったい何が……」  いつの間にか九郎様の神社の境内におり、九郎様は向こうであの娘に叱られていた。 「もう、九郎! ダメでしょ、上弦さん食べちゃ」 「……だって、上弦が」 「はいはい。上弦さんがあたしを嫌ってるのはいつものことでしょ」  人間くらいのサイズの白蛇姿であの娘に巻きつき、なでてもらっている。  おいたわしい。ヤマタノオロチの息子がなんと情けないことか。  ……というか少し腹立たしい。  なんなのだ、このモヤモヤは。  とたんに何かを察した九郎様が本気でにらみつけてきた。 「ひっ」  すくみあがり、しっぽを垂れて巧の腹に頭を押しつけ隠れようとする。  多少邪険にされすとかそっけない態度とられるくらいなら、むしろあの方がそれがしのことを気にかけてくださってるわけなのでうれしいが、殺気となると話は別だ。 「ありゃりゃ。おびえた子犬みたくプルプルしてる。よしよーし」  巧が背中をなでてくれると少し落ち着く。 「あ。九郎、まーた。上弦さんがいくらにらもうが、あたしは気にしないってば」 「違うけどそれも駄目だろ東子。……東子は俺のだよぅ」  首にすり寄っている。神の威厳は。 「巧お姉ちゃん、上弦さん一応急いで洗って乾かしたからベタついてないと思うけど」 「あ、うん。ありがとう。どうやったの?」 「先祖の力使った。人魚の力で水出して、パイロキネシスでドライヤー代わり」  加賀地家は様々な異能者だらけだ。『邪心の監視人』として差別されていた家に嫁・婿として来るのはワケありばかりだったためだという。おかげで異様なハイブリットとなった加賀地東子はお互いの力が干渉しあうせいで上手く力が使えなかったが、九郎様の補助で発現できるよう訓練中だとか。  というか、どうりでベタついてないと思った。 「東子ちゃんがんばってるねえ。だいぶ先祖の力使えるようになってきたんじゃない? 私は全然使えないなぁ」  そうか? 親戚である巧もほぼ同じ血を受け継いでおり、かなり普通の人間から外れてるぞ。元々の素質もある。でなければ特殊な道具を扱えまい。並の人間なら近づくだけで卒倒するものもある。 「巧お姉ちゃんはアイテム作りの方面に開花したんじゃん。うらやましいよ。あたしは工作とか料理すると、どうもヤバイものになっちゃってさ」  ごちゃごちゃになった血が作用するのだろうな。  巧の場合は無意識に作る物によって自分のエネルギーを変えている。例えば陰陽師の呪符なら陰陽師の先祖の素質をオンにし、他は一切オフにする。前世は神道か陰陽道か霊能力者の道具しか作れなかったのが、今はどのジャンルでもできるのはそのためだ。  力として発現することはできないが、自分の素養を切り替えられるのは立派な才能だと思う。  だが教えてやるつもりはない。なんかしゃくだ。  巧はそれがしを抱き上げた。 「よいしょ。じゃ、ゲン、おうち帰ろ。今日はもう上がっていいって」 「……クゥ……」  まだ震えつつしがみつく。  恐くて九郎様を直視できない。 「巧お姉ちゃん、これドーナツ。上弦さん、飲みこまれる前にこれだけはあたしに放って来たんだ。巧お姉ちゃんのおやつだから大事だったっぽいよ」 「ありがと。ゲンもありがとね。よしよし。では九郎様、ゲンは連れて帰ります。ご迷惑おかけしました」  巧はぺこっと頭を下げると鳥居をくぐった。
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