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(五)ー1
(五)
長官数名と副官数名で食事をしている最中だ。ここは六課の近くにある料亭。祓魔庁の息が掛かった場所だ。といっても怪しい所ではない。この料亭のオーナー、並びに従業員のほとんどは祓魔師家系の出身者。祓魔師以外の客も当然ながら受け入れる一方、祓魔師関係者の会合など場所にも使われる。何故ここで数名が会食をしているのかというと、六課長官の冠城王子が声を掛けて集まった面子なだけ。特に何かを話し合うための会食ではない。それは長官会で充分だ。単に一緒にご飯を食べたかっただけという王子の期待に、慶弍、為五郎、朱莉、十和子、滋、蒼葉、紅が応え、食事を共にしている。
「芹沢長官、施設の方は如何ですか」
慶弍がおもむろに朱莉を見た。朱莉は持っていた箸を置き、返答する。
「お陰様で。皆様のご支援あって何とか」
施設というのは、親が妖怪に襲われ、そのまま命を落とし、孤児となった子どもを預かる養護施設の事。代々斉藤家が運営に携わってきたこの施設は、斉藤本家の解体に伴い、一度は閉鎖も考えられたが、朱莉が子どもの頃、親戚の集まりで…。
『大人の都合で子どもを困らせるんじゃないわよ!!碌でなし共!』
と、蒼葉の制止も聞かず、大声で言い放った事から、当代である朱莉たちの祖父が施設の運営をする事になった。その後朱莉は祓魔師になってすぐ運営に携わり、長官になった時には祖父から完全に運営を引き継いだ。
ちなみに大声を放ったその日、祖父は頭を抱え、朱莉は両親から叱責を受けた。特に最後の余計なひと言について、両親はカンカンだった。その点については朱莉も反省したが、声をあげたことに一切の後悔は無かった。
しかし、施設の運営をするとはいえ、やはり資金が必要になってくる。元より一般人の妖怪からの安全を保障する責務にある祓魔庁や源流名家は資金援助も当然。施設運営初期からあったために問題は無い。しかし施設にいる子どもたちは少しずつだが、毎年増えている。充分な生活と教育を施すために、朱莉は長官たちにも声を掛けている。お陰で特に大きく困る事なく、運営は順調だ。
「冠城長官、奥様は元気?」
今度は朱莉が王子に尋ねる。結婚二年目にして今年の五月には第一子も生まれ、幸せそうな王子の嫁は元四課所属の隊員だった。数少ない女性の同僚を朱莉はちゃんと気に掛ける。
「ええ。お陰様で。出産祝いもありがとうござました!妻が芹沢長官と同じ五月生まれだと喜んでいました!」
「大袈裟な」
「双子の私とも一緒なのに」
蒼葉の皮肉に王子は慌てふためく。年齢こそ王子の方が二つ上だが、ここでは新入りも同然。副官といえど、幹部職では先輩だからと敬意を忘れないのが王子の良いところ。
「何か困った事があったら言ってちょうだい!」
元気に王子の背中をポンと軽く叩いた十和子。三人の出産経験を積み、絶賛子育て中の彼女。それで副官もこなしている逞しい母には是非ともアドバイスを貰いたいと王子は笑顔で返した。
「十和子さんのお子さんは元気?」
「元気も元気!一番上の子なんか今年から中学生なのに全然落ち着かないし、真ん中の子はオシャレに目覚めるのは良いんだけど、一から十までこだわりがあるし、下の子は今年から妖力訓練始めさせたは良いけど行く前は必ずぐずるしで、大変!」
大変と口では言うものの、楽しそうに話す姿は子育てを楽しめていると感じさせる。なんでもまずはちゃんと楽しむという事を実行する彼女だからこそだろう。彼女の天井知らずな元気にはいつも場が明るくなる。
「病気になるより良いよ。妖力が安定して間もないと熱出す事が多いからね」
「朱莉もしょっちゅうでしたよ!いつも退屈だったんです」
朱莉の言葉に被せるようにして言う蒼葉に十和子も、あら〜と口に手を当てた。
五歳頃までは妖力が安定せず、最悪死に至るケースが多い。何事もなくそれを乗り越えた後でも、体調不良を起こしてしまう事は珍しくない。それは妖力の大きさには比例せず、人間の体と妖怪の妖力、相互の拒絶反応のようなもので、年齢と共に落ち着いてくる。必ずそうなるわけではないが、多くの祓魔師が幼少期に熱を出したりするなどの症状が出る。十和子の話を聞く限り、そういった事が無さそうで、何よりだ。
朱莉は一人静かに酒を飲んでいる為五郎に話し掛けた。
「おたくのお孫さん、優秀だねえ。助かってるよ」
「あ、獅堂長官のお孫さん、今年入庁でしたっけ!四課なんですね!」
「ふん。あまり甘やかすなよ」
「厳しすぎる教育が良いとも言わないね」
素直に受け止めれば良いものを、為五郎はいつもこうやって突っ返す。為五郎の隣で滋がまあまあと宥める。正直朱莉も慶弍とは違って為五郎は扱いにくく、面倒くさい。いつもそれなりにコミュニケーションを取って、あとはあとは気にしないようにしている。どこにいても反りの合わない人間はいるものだ。
「冠城長官、ごめんなさいね、うちの長官が…」
「いえ!いつでも誘えますし、気が向けば来てくれるでしょうし」
蒼葉が大きくため息をついて王子に謝った。この場には王子が誘うよりも前に帰ってしまった和雅と八雲、和希を除いて、一人、希夜の姿が無い。王子も声を掛けたのだが、興味なさげに、いい、と断ってふらふらと帰って行ったのだ。
「香宮長官は芹沢長官と同期でしたっけ?」
「長官同期だよ。祓魔師としては先輩。私が言うのもアレだけど、私より自由というか、何考えてんのか分からないし」
「気まぐれでいつも唐突で、あんなに体大きいのに全然見つけられないし…」
朱莉の言葉に続いて蒼葉が大きくため息を吐く。普段から手を焼かされていると分かる仕草に全員が同情した。
書類仕事は蒼葉が見張っていないとすぐに散歩と言ってどこかへ行ってしまう。そんな彼が長官をしているのも、ちゃんと実力があるからだ。それは分かっているのだが、蒼葉が副官になってからの悩みの主たる人物だ。
「彼は三課にいた時からそうだよ。気にする事ない」
そう言って滋はお茶をひと口飲んだ。最近は妻に言われた事もあり、健康を気にして酒類は控えているらしい。
「昔の隊員が長官になるのは嬉しいですね、獅堂長官!」
ニィッと笑って滋が為五郎に話し掛けるも、為五郎は、ふん、と返すだけだった。
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