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(五)ー2
ーゴバァッ
「!?」
突然、とてつもない大きな音が周囲に危険を知らせる。朱莉たちも素早く縁側に出て外を見た。
目に飛び込んできた光景に絶句する。巨大な蜘蛛が近くを暴れ回り、木々や民家を破壊している。
「あれは!?」
「至急近くの六課隊員を向かわせて!六課本部に残ってる隊員は住民の避難!」
「連絡してるよ」
素早い王子の判断に、既に連絡している紅。滋も応援の連絡を取っている。
「女郎蜘蛛…」
「………………」
女郎蜘蛛を睨みつけながら呟く慶弍の横で朱莉は女郎蜘蛛を黙って観察する。あれは個体違いでなければ、今日部下に向かわせた女郎蜘蛛。そうであれば近くに自分の部下がいるはず。近くに和希がいない事を悔しく思う。和希がいれば千里眼で探してもらったものを。流石に千手観音も千里眼の能力は持っていない。朱莉は小さく舌打ちをする。
諦めず、見続ける。すると女郎蜘蛛の背中に人影を確認した。そこに焦点を当て、目を凝らす。目に映ったのはにわかに信じがたい光景だった。
「一火…?」
朱莉は死んだはずのかつての部下の名前を呟いた。いや、そんなわけがない。もう一度よく見る。姿は確かに一火だ。しかしそれが一火でない事を朱莉の本能が知らせる。一火の姿をしたそれはある方に顔を向けている。朱莉も気になってそちらを見やる。そこには暴れる女郎蜘蛛にしがみついている壱誓と太陽の姿。朱莉は思わず目を見開いた。二人は一火の方に敵意を向けている。その状況から一火が妖怪の類である事が明白になった。
「とりあえず最近辺に結界を張りました!妖術使用可能です!」
王子の連絡を聞くなり、朱莉は外に飛び出し、持物を呼んだ。
「壱誓!」
朱莉は壱誓を呼び、何かを投げた。壱誓は声のした方を見ると同時に物が投げられてきて、慌ててそれを受け取る。宝鏡だ。広大な知恵を得るという千手観音の持物。妖術ではこの宝鏡を対象に向けると、自分が見ている姿と違う場合、真実の姿を映し出し、本来の姿へ戻す。バッと下を見ると朱莉がいた。
「女郎蜘蛛は任せなさい!太陽!壱誓のアシスト!」
「言われなくても!」
正直しがみついているのがいっぱいの太陽だが、朱莉が女郎蜘蛛をなんとかしてくれる以上、一火の姿をした妖怪を相手しないわけにはいかない。
「おいで」
朱莉は女郎蜘蛛に向けて両腕を伸ばした。すると手の前の空間が円を描いて波打ち、丸い玉が一つ出てきた。そしてその後も球が次々に出てくる。最初に出てきた玉は青い炎を灯し、女郎蜘蛛の上に飛んでいく。後から出た玉たちは女郎蜘蛛の大きさに合わせて大きくなり、そのまま周りを取り囲む。全ての玉が女郎蜘蛛を一周した時、玉同士から紐が伸びて、長く大きな数珠になった。次の瞬間、数珠が勢いよく一気に女郎蜘蛛の身体にめり込む。
ーグオオオオオオオ!
ロープで縛り上げられたような感覚に女郎蜘蛛は叫び、動きを止めた。
朱莉はすぐにでも女郎蜘蛛を始末出来るが、妖術によっては壱誓と太陽を巻き込んでしまうか、住居への被害を拡大させるかの選択肢。今の状態では女郎蜘蛛の動きを止めておくのが精一杯。討伐は壱誓たちの方の決着がつくまで待つしかない。
(壱誓…太陽…)
朱莉は二人の様子を見守る。そして一火の姿をした妖怪に視線を向けた。
二年前の事件で、実はずっと不可解に思っていた事がある。
応援要請をした隊員の一人は一火に逃がされ、逃げるのに必死で一火が死亡する瞬間を見ていない。もう一人はなんと別の場所で本来の任務に当たっていた。ただ隊員同士が逸れてしまい、運悪く一人が一つ目入道と遭遇してしまい、応援要請を出した。というふうに見えるのだが、応援要請を出した隊員はもう一人と逸れていないと言う。混乱から記憶が錯誤してしまっているのか、もう一人と証言が合わない事ともう一つ。
一つ目入道に踏み潰された一火だが、何故足元まで行ったのだろうか。普段の彼であればそんな無謀な真似はしないはず。死人に口なしとはこの事で、何も分からないまま、ずっと心に靄が掛かっていた。しかし、今見えるモノを見て、何か分かるのではないか、そんな期待が朱莉の中にあった。
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