(六)ー3

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(六)ー3

 壱誓は攻撃のスピードを速めた。戦闘慣れしていない妖怪だ。防衛本能で避ける事が出来ているだけに過ぎない。 「っ…しつけーって!!」  壱誓のとめどない攻撃に避ける一方の化け猫。流石に双方疲れが見え始める。  助けはまだか、化け猫はちらりと視線をずらすが、ひらひらと蝶々が飛んでいるだけ。今のところ助けが来る気配は無い。  適当に反撃もしなければ、精神面も削られてくる。化け猫は壱誓の顔面に蹴りを入れる。戦闘はほとんど出来ないが、妖天穴を守るための本能か、なんとなくでなら攻撃も出来る。一瞬の隙を突かれた所為で壱誓の顔面が歪む。見かけによらず重い一撃に壱誓は体勢を崩す。ゴロゴロと女郎蜘蛛の体の上で転がるも、落ちないのは太陽の妖術のお陰。 「壱誓!」  通常任務での妖怪討伐なら遠慮なく、派手な技を出すのが好きな太陽。微弱な生物電流を操るのは正直得意ではない。「操る」事が全般の妖術は魔法のように一度妖術を掛けたら終わり、の様なものではない。自分がどのように扱いたいか、作用させる量はどうするかなど考えながら使わなければいけない。太陽の場合、自身だけなら問題無いが、作用させる対象物が増える程、その対象物の強度も考えなければいけない為、集中力がいる。言い訳だが、壱誓に加勢が出来ない。 「問題ない」 「ほんっと祓魔師のタフさは嫌いだワー」  流石に化け猫も苛立ってきた。その様子を見て、壱誓はホッとした。苛立てば判断が鈍る。狡猾な化け猫だからこそ、そこを突くのは得策であると考えた。しかし必ず成功するとも限らない。事実、今苛立っているように見えるだけで、実際はそんなに苛立っていないのかも知れない。相手が自分よりも上手である事は充分に考えられる。元よりこの作戦が得意なのは化け猫の方なのだ。 (油断するな…)  緊張が走る自分に言い聞かす。 『想像力を高めろ』  こんな時に一火の言葉が頭の中をよぎる。一火が亡くなって二年近く。あの時の言葉の続きを聞く事が出来ないからこそ、壱誓はただ純粋に言葉の意味を追い続けた。  戦闘において討伐に対する利便性を求めるだけなら、壱誓の短刀は正直向かない。祓魔師本人が心地良いと思えるスタイルを取る事ではじめて、スムーズな討伐が行える。基本壱誓はこのスタイルを気に入っている。変えるつもりはない。だが、だからといって短刀に執着もしない。自分の使命は妖怪討伐だ。周りの環境、どんな妖怪か、相手の動き方、すべての情報を頭に入れる。 「っ…!!」  壱誓が化け猫に向かって短刀を突き出す。化け猫は瞬時に防御のため、両腕をクロスさせた。 ーシュルルッ  化け猫が腕をクロスさせた瞬間に、壱誓が持っていた短刀がロープに変形した。 「いっ?!」  ロープは化け猫の腕の、丁度交差する所に巻きついた。  化け猫も腕が使えなくなった事をすぐに悟る。そして自らも回転するくらい勢い良く足を蹴り上げ、壱誓から距離を取り、後方に下がる。きつく縛られたロープは解くのに時間が掛かりそうだ。  壱誓も突然の蹴りを何とか避け、一歩後ろに下がった。 「クソだるすぎ」  化け猫も遂に怒りを顕にし始めた。壱誓を強く睨んだ時、彼に違和感を持った。よく見る。 「あ?お前、もしかして一個しかモノ具現化出来ネエ?!マジかよ!!っんだよ、そーなんだ!」  丸腰の壱誓の姿を見て化け猫は爆笑する。壱誓は黙っているだけで何も言わない。  化け猫の視界に蝶々が映る。 「お、おい!滝夜叉!助けてくんねえのかヨ!?」  蝶々からは何も反応がない。 (滝夜叉…?)  下にいた朱莉の耳に化け猫の叫び声が入ってきた。聞こえた言葉に眉を顰める。化け猫が言う滝夜叉とは、先日和希たちが相対した滝夜叉姫の事か。何か繋がりがあるのだろうか。朱莉は思考を巡らせた。 「チッ」  一向に反応が無い。反応する気配も無い蝶々に化け猫は舌打ちをした。  化け猫は壱誓から距離を取ろうと、さらに後方へ下がる。体の所々にピリピリとした痛みを感じる。太陽の妖術だ。足が女郎蜘蛛の体に磁石のように引っ付けられているような感覚。下へ逃げても他の祓魔師がいるため、そっちに任せるつもりで妖術を解くかも知れない。逃げ場がない。焦りで思考が上手くはたらかない。  化け猫は壱誓と太陽を睨んだ。とりあえず、自分に一番近いこの二人から目を離すわけにはいかない。下にいる祓魔師は、これまでの戦闘時間から考えて、女郎蜘蛛の体を遮蔽物にしていれば、目立って何かしてくる事はほぼ無いだろう。 (とりま、あの祓魔師が妖術で何かしてくるわけでは無さそうか)  壱誓が一つしかモノを具現化出来ないと分かれば、彼は自身による物理攻撃しか出来ない。そこに安心感を持ちつつ、太陽がどのタイミングで自分に攻撃の刃を向けるかが問題になってくる。  膠着状態が続くかと思われたその時、壱誓が戦闘中にも関わらず、構えを解き、両腕をだらんと下ろした。 「?」  化け猫は不思議に思いながらも、罠の場合を考えてより警戒を強めた。 「一つだけなんて言ったつもりは無い」 ーパチン。  壱誓が指を鳴らした。 「!?」  化け猫が後ろにある複数の刃物に気付いた時には遅かった。
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