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(六)ー4
ーズドドドドド!
首、両手首、両足首、各関節、胸の真ん中に相当する背中、腰に刃物が刺さる。主に妖天穴があると予想される大体の場所。それでも確実ではない。
「太陽!」
壱誓が太陽を呼び掛ける。太陽は自分と壱誓に使っていた妖術を解いて、化け猫に絞る。そしてそのまま電気量を最大にして化け猫に流した。
ーズガガガガ!
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」
化け猫の体が刃物から伝わってきた大量の電気で震える。
体内に妖天穴を破壊する為には、妖天穴の場所が分からない限りは、大量に電気がいる。
太陽が妖術を止めた。
ひとしきり電気を浴びた化け猫の体は焼け焦げ、プスプスと音が聞こえる。もう達者だった口は動かない。乾いた音が口から出るだけ。尻尾の付け根あたり、丁度腰にあった妖天穴も破壊された。肉体の消滅を待つのみとなった化け猫の体も、かろうじて、眼球だけが壱誓と太陽に向ける事が出来た。
(なんでダヨ。んでコイツらに…。祓魔師なんてチョロいのばっかジャン。滝夜叉もなんで来ねえンだよ。クソが)
二年前のあの時だって上手くいった。思い出した記憶の中で祓魔師の男が一つ目入道に踏み潰されていた。祓魔師に変化した化け猫を一つ目入道の足元から押し退けて、踏み潰される瞬間の顔。今鮮明に思い出される。
(…笑って、た)
感覚がない中で化け猫は背筋が震え上がった気がした。
疑わしいが記憶では確かに微笑んでいる。何故だ。思い出せるはずの悲鳴も聞こえない。化け猫は理解出来ない一火の微笑みに寒気が止まらない。
人間は死ぬ前、それこそ恐怖を伴う死の前では、その生存本能から助けを求める叫びや絶望を表現する。にも関わらず、化け猫が思い出す一火は死を恐れるよりも、まるで祓魔師に変化した化け猫の命が助かった事に安心しているようだった。化け猫が変化した祓魔師と一火に面識があったのかどうかなんて知らない。一火がどのような気持ちで祓魔師に変化した化け猫を押し退けたかなんて知らない。
(ナンなんだよ…)
これだから祓魔師は嫌いだ。いつも化け猫の楽しみの邪魔をする。先程までの寒気も、段々吐き気を伴うような腹立たしさに変わる。しかし化け猫の体に力は入らない。
(クソッ…)
化け猫の焦げた体が倒れる。次第に足先から体が消滅していくのが確認できた。
壱誓は化け猫に近付く。目だけが壱誓に向けられている。憎しみだけが込められたその視線も、壱誓には何も感じさせない。
「化け猫は人を騙し驚かす妖怪。その本能に従っただけならまだ理解できる。だがお前はそれを使って人の命を奪った。許されるものじゃない。祓魔しても、この先の未来でまた化け猫になるが、それでも今回よりマシな化け猫になれたらいいな」
そう言う壱誓に、化け猫の目が強く彼を睨んだ。うるせえ、と思っているのだろう。説教くさいのは壱誓自身もわかっているし、いつもならこんな事を妖怪に言ったりしない。物分かりの良い、説教くさい言葉。相手が誰であれ、相手の幸せを願う善良な言葉。一火が言いそうな言葉。無意識に壱誓は口にしていた。
自分が口にしたその言葉を少し振り返った。そして壱誓は、違うな、とひと言呟くと、しゃがみ、化け猫に言った。
「くたばれ。二度とその面見せるな」
祓魔師と壱誓本人、どちらとしての言葉だろうか。どちらであっても、強く憎しみと怒り、悔しさ、悲しみを感じさせる声色は、その言葉が紛れもなく、壱誓の正直な気持ちである事を証明していた。
化け猫の体が完全に消滅した。残った妖石は紫色で、中に黒い靄が蠢いている。
壱誓がその妖石を取ろうとした時、突然横から掠め取られた。慌てて横を見ると、太陽が妖石を握っていた。
「お前が取ったら握りつぶしかねないからなあ」
「そんな事はしない」
呆れながら壱誓は立ち上がった。そろそろ女郎蜘蛛から降りなければ。女郎蜘蛛の退治を待ち侘びる朱莉をはじめとした祓魔師や、近隣住民にも迷惑がかかる。本来は女郎蜘蛛に聞きたい事があったのだが、この状況、この状態ではそれは叶いそうにない。今回はとりあえず、化け猫と女郎蜘蛛の討伐で一件落着という事になりそうだ。
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