(六)ー5

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

(六)ー5

*  遠くが見渡せる山の上から滝夜叉姫は渦中の場所を見ていた。女郎蜘蛛がいい目印だ。指に乗った蝶々が教えてくれる。 「なんで自分が助けてもらえるなんて思ってたのよ。アンタ助けてなんの得があるの?お望み通り引っ掻き回してたじゃない。満足でしょ」  しばらくすると、女郎蜘蛛が消滅していくのが見えた。祓魔師に討伐されたらしい。普段は人間に限らず、妖怪にも危害を加えない女郎蜘蛛だが、今回ばかりは討伐されて仕方ない。アレも化け猫の策に嵌った可哀想な妖怪だ。 「ああ。可哀想に」  滝夜叉姫が呟く。 「妖怪はみんな可哀想だ。力を持たない人間に住む場所を追いやられて、どうしてこんな惨めな気持ちにならないといけないのかねえ…」  振り向き、歩き出す。その表情は無表情ながら、冷たく、憎しみが込められているよう。 「人間なんて、死ねばいいのに」 *  壱誓と太陽が下に降りてすぐに女郎蜘蛛は退治され、妖石が回収された。 「一火さんの復讐?俺復讐って言葉好きじゃないんだよな。なんか。報復とかの方がいいか」 「結果、そうなっただけだ。一火さんの事に関わりがあると知らなくても退治した」  そう言う壱誓の横顔を太陽は横目で見た。壱誓はいつも通り前を向いて、背筋を伸ばして歩いている。少しくらい何かしらの感情を顕にしてもいいものを。それか、心の中で何か堪えているのか。自分がこの同期を理解するにはまだ時間が掛かりそうだ。とりあえず、今は出た言葉に返すしかない。 「…まあ、そうね」  二人は朱莉の側に来た。 「長官、ありがとうございました」  壱誓はそう言って朱莉に宝鏡を渡した。 「すぐに投げて返してくれて良かったのに。邪魔じゃなかった?」 「長官の妖術とはいえ、仏の持物を投げるなんて罰当たりな事出来ませんよ」  自分が先祖返りだから気にしないのだろうが、そうじゃない人間からすれば恐ろしい。  一火の事を思い出す事が多かった今日。朱莉との会話で壱誓は日常に戻ってきた感覚を味わった。 「ふん。千手観音の持物は他人に使えるのか」  為五郎が煩わしく思ったのか、鼻を鳴らして言った。何が気に入らないのか。朱莉は両手をポケットに突っ込んで為五郎の方を向いた。 「出すも消すも私の勝手。使うも使わせるのも勝手だよ。私が許可すればそうなる」 「妖力は底なしか」 「失礼な。ちゃんと底ありますよ。老人と話してると減っちゃうから困る」 「…お前を倒すのは老人と話した後を狙おう」 「いつでもどうぞ」  為五郎はもう一度、ふん、と鼻を鳴らして去っていく。三課の副官である滋も、朱莉たちに一礼してから為五郎の後ろについて行った。 「いつ見ても失礼なジジイだなー。あんなのがじいちゃんなんて、獅堂ちゃんも苦労するねえ」 「普通にしていれば少し厳しいくらいの人だ。長官のやり方を好まないだけで」 「古いものにしがみつくタイプね。マジ老害」 「そうは言ってもそういう人は組織に一人くらいはいないとね。みんなイエスマンじゃ困るし」 「そうっすけど…」  三人が話していると為五郎が去って行った方向から和希が走ってきた。丁寧にすれ違う為五郎と滋に深々と一礼をしている。 「長官!大丈夫ですね!あれ、副官と太陽さん?」 「そこは大丈夫ですか?じゃないの?」 「長官は基本心配いりませんからね」 「倉林、お前四課に馴染んできたなー」  新人の成長ぶりをこれで感じたくないんだけど?と朱莉は苦笑する。壱誓と太陽は、和希が立派な四課隊員なっていて素直に嬉しい。あとは祓魔師としての成長に期待するだけだ。 「芹沢長官、人員を借りても良いですか?」  和希と一緒に来た和雅が朱莉に声を掛ける。交通整理や住民の対応など、少々面倒な作業がこれから待っている。朱莉は壱誓と太陽の背中を強めに押した。 「さあ、いってらっしゃい!」 「俺ら戦闘してくたくたなんすけど!?」  
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!