選ばれたあなたージオン・カルサベカトルの場合ー

14/61
前へ
/349ページ
次へ
学校で俺はいつも、レイチェルとアレクを見張っていた。二人の関係はセカンドスクールの時とあまり変わりがなかった。彼女は相変わらず自分から彼に話しかけることはない。レイチェルを見かけたアレクが声を掛けに行くだけだったが、それでも、アレクは基本的には俺や同級生と共に過ごしていた。レイチェルも同級生の女といるようで、一人でいることは滅多になかった。 女だけでいるのならいつでも連れ出せる。しかし、相変わらず人の多いところでしか彼女を見かけることはなかった。そこには当然、周囲に男達も大勢いるため、俺はただ彼女を見ていることしかできない。 そんなある日、俺は数少ないチャンスに恵まれた。 課題で使った本を返しに偶然訪れた学校内の図書館で、レイチェルを見つけた。彼女は何人かで集まり、話をしながら作業することのできる大きめの学習室に、いつも共にいる同級生の女二人と一緒にいた。時刻はもうすぐ下校時間ということもあり、他に人は見受けられない。絶好のチャンスだった。 俺は躊躇なく学習室の扉を開けた。夕焼けをうつし取ったような瞳が、俺だけに向けられる。何故か鼓動が乱れたことには目をつぶり、俺は彼女に近付いた。 「貴様に話がある。来い。」 そう言って握ろうとした左手首は、簡単に躱された。彼女は穏やかに微笑んで俺を見ていた。 「申し訳ありませんが、片付けがありますので。終わるまでお待ちください。」 言われて目を向けた机の上には、去年目にした数学や経済学のテキストが広げられていた。これは同級生の女二人の目の前にある。そして、レイチェルの前には、分厚く、やたらと字の細かい本が広げて置かれている。少し目に入った単語から、おそらく経済関係の本ではないかと思った。 レイチェルは目の前の本を手に取ると、それをパタンと閉じた。それから荷物を手に取ると、俺の方を向いた。顔には、いつも通りの穏やかな笑顔が浮かべられている。 「途中でこの本を書棚に戻しに行っても構いませんか。」 「あ、あぁ。」 「では、参りましょう。」 彼女はそのまま同級生の女達の方を向いた。やはり、顔には穏やかな笑顔を浮かべている。 「じゃあ、先に行くね。」 「え、」 「でも」 「大丈夫だよ。」 女二人は心配そうな様子を隠そうともしない。まるで、俺がレイチェルに何か良からぬことをしようと企んでいる悪党であるかのような扱いだ。癪に障る。 「さっさと行くぞ。」 苛立った俺はさっさとこの場を去ろうと、右手でレイチェルの左手を取った。荷物の入った手提げ鞄に掛けられていた彼女の手は、思ったよりも小さかった。そのうえ柔らかくて、何故か、少しだけ動揺してしまった。 そんな訳のわからない気持ちから逃れたい俺は、そのままレイチェルの手を引いて、さっさと学習室を後にした。
/349ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加