選ばれたあなたージオン・カルサベカトルの場合ー

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「あ、グリスツェン様よ。」 待ち合わせをしている食堂に、アレクは颯爽と現れた。周りにいる女達は皆、とろりと惚けた瞳でアレクを見ている。その中には噂のレイチェル・スリトリビンもいた。誰の目から見ても明らかな、恋する乙女の顔だった。 いつからかは分からないが気づいた時には、彼女はアレクに恋をしているようだった。彼女のことを気にする男は多くいたが、その恋の相手が完全無欠のアレクサンダー・グリスツェンではどうしようもない。 ハッとする程美しく、人望もあり、そしてファーストスクールに通っていなかったにも関わらず、勉学も優秀な彼女はまさに完璧と言ってよかった。ただでさえ高嶺の花のような彼女が想いを寄せるのは、家柄、見目、成績、性格、どこにも非の打ち所のない完璧な男。その辺の野郎が、易々と恋心を抱ける訳がない。抱いたところで、それが無駄なのは目に見えている。よって、彼女は学校の高嶺の花として、少し特別に扱われる皆のマドンナのような存在になっていた。 正直、拍子抜けした。周りが騒いでいるのさえ、馬鹿らしく感じた。彼女は、少し見た目が綺麗なだけのただの女だ。普通の女のようにアレクに憧れる。家柄が良く、金持ちで見た目が整っていて、性格も悪くないスターのような男をうっとりと見つめるそこらへんの女と変わらない。ただ、彼女は周りの女とは比べものにならない程には綺麗だ。故に、もしかしたらチャンスがあるかもと無駄な期待を抱き、アレクに無意味な恋心を向ける。自分だけを特別に想って欲しいと迂闊にも願えるくらいには、彼女は選ばれた人間だった。周りの女達も、貴女ならグリスツェン様とお似合いよ、と彼女を無駄に鼓舞しているようだった。 だが、俺は知っている。 アレクは、彼女に大して興味は抱いていない。滅多にお目にかかれない程の美人だという認識はあり、多少気にしてはいた。だが、積極的にアプローチを仕掛けはしない。自分からアクションを仕掛けずとも、アレクに近付いてくる女はわんさかいた。少し可愛いとか、何か秀でたところがあるとか、そんな小さな自信があり、遊びでいいから彼に相手をして欲しいというような女だ。そんな女が多かったから、彼は遊び相手に困っていなかった。だから、自分からわざわざ彼女に声をかける必要なんてない。勿論、彼女がアレクに近付いてきたらすぐに相手をしただろうし、他の女より多少特別に扱いはしただろう。だが、彼から何かすることはない。 そして、彼女は自分からアレクに近付いてくることはなかった。いつも少し遠くから彼をぼんやりと見つめるだけ。うるりとした瞳に、ほんのりと赤い頬はどこからどう見ても恋する乙女の表情で、そんな分かりやすい表情も行動も、他の女と似たようなものだった。そんな女達とアレクについて恍惚と語る様子さえ同じだ。 彼女は、普通の女だ。他より少し見た目は綺麗かもしれない。学校の成績も女のくせに男を凌ぐ程に優秀だ。だが、普通の女と同じようにアレクに憧れる。近付けば相手をして貰えるだろうにプライドが邪魔をしているのか、自分からは近付いて来ない。少し遠くから見つめるだけのくせに、彼女が抱いているのはただの憧れではなく、確かな恋情だ。彼女はアレクに恋をしている。それはどう見ても明らかだった。 可哀想な女だ。少し綺麗で賢い故か変なプライドが邪魔をして、恋い慕う相手に自分からアプローチを掛けることさえ出来ない。ただうっとりと見つめているだけで、想いが叶うことなどない。良くて、アレクの気紛れで少し遊ばれる程度だろう。 彼女は取るに足りない大したことのない女だ。俺が気にすることなど、何もなかった。
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