追憶と傷跡

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◆8 一歩、中に入った俺は、ドアを閉めると、鍵もかけた零夜を振り返る。 「中にどうぞ」 一つ目のドアを開けると、そこには大画面のテレビと、向き合うようなソファーがあった。 ソファーの前には、さっきまで着ていたチャイナ服と鞄が置かれている。 「何見てたんだ?」 「何も見ていませんよ」 「でも、なんかザーザー画面じゃん」 「見てはいませんが聴いていました。その音を」 なるほど、と納得する。 「んで、なんで泣いてたんだ?」 「ちょっと思い出しまして」 「? 何を?」 「以前、助けていただいた時のことを」 以前……。 考えたけど、助けた記憶がない。 「零夜くん、勘違いじゃなくて?」 「幸他くんです。間違いなく」 「絶対?」 「はい」 いつの事だろう? 助けた……助けた人……。 「ああ!」 「思い出しました?」 「助けたって言えるのかわかんねぇけど、一人だけいる」 「どんな人でした?」 確か俺が小学四~五年くらいの時、帰り道に、たまたま近道して帰ろうとした公園で見つけたのだ。 二人の男子に襲われていた女の子を。 二人は制服で、女の子はひまわりの描かれたTシャツにミニスカートだった。 髪はセミロングくらいで、目隠しをされていたんだ。 草むらに押し倒されていた女の子は泣いていた。 「何してんの? おまえら」 「!? 来んな、ガキ」 「はー? 警察、呼んでやろうか?」 「チッ」 男子の一人が立ち上がって殴りかかってきたので、ぴょんぴょんと二歩下がると、回し蹴りで急所を蹴ってやった。 「痛ッ……!」 それに動揺した、もう一人は、右手に持って、女の子を脅していただろう果物ナイフを強く握ると、俺めがけて一突き。 それは見事に刺さった。心臓のすぐ下に。 片膝をついた俺は、殺してやると言わんばかりの目で、そいつを睨んでいた。 「ひっ!」 「ヤベェ。行くぞ!」 二人の姿が見えなくなると、女の子の目隠しを外し、「大丈夫だよ」って声をかけたところまでは覚えている。 その後、倒れてしまった俺は、気づけば病室にいた。 目が覚めた時、刺されてから七日が過ぎていた。 俺が退院するまで、見舞いに来てくれた男の子がいた気がする。 でも、刺されたことをキッカケに、一度引っ越したから、女の子の顔も、男の子の顔も薄れていったんだ。 「セミロングの女の子かな」 追憶から戻ると、俺は伝えた。 「それ、兄さんです」 「は?」 「幸他くんは、僕の兄さんの恩人なんです。あの時、もし幸他くんが来なかったら、もしかしたら兄さんは今頃……」 「……助かったならよかったよ。俺、ヒーローみたいじゃん」 よかったー! (あの時の俺、GJ(グッジョブ)だな) 「それで、なんですけど……」 「? 何?」 「僕の兄さん、歩夢(あゆむ)って言うんですけど」 「ん?」 「機会があったら、一度ちゃんとお礼を言わせて下さい。兄、凄い人見知りだし、口下手なんですけど」 別にそんなんいらないのに、と思うが、そういうのは言ってもらった方がいいのかもしれない。歩夢くんの為に。 「いいよ。いつでも」 「よかった! ありがとうございます」 ……と言うことは? 「もしかして、いつも零夜くんが俺見てたのって」 「え……」 「歩夢くんに紹介したかったとか?」 「……え、え? あ、違います!」 あれ? 違った。 「最初は着替えの時に傷を見つけて、兄さんの恩人かもしれないと思ったんですけど」 「おう?」 「初めて幸他くんの筋肉を見た時に、脱いだら凄いんだなぁって思って」 「は……?」 いつも幸薄女子と言われている、この俺の筋肉が凄い? ぷはっと笑い、俺はおかしくて仕方なくなる。 「俺の顔を言う奴はいても、体褒められたことねぇわ。ま、脱がなきゃ見ねぇわな!」 「凄い綺麗に筋肉がついてて……」 「あー、それで綺麗なんて言ったのか、えっちーな零夜くん」 「え……。ちょ、違います!」 でも、ほっとした。 「とりま、お菓子食べよ!」 お邪魔しまーす、とソファに勝手に座ると、そうですね、って零夜も隣に座った。 「幸他くん、いい人ですね!」 「そっか?」 「はい!」
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