9月(7)

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9月(7)

 母と話をした次の日、麻衣は早耶と会っていた。相談したいことがある、と仕事がおわってから、時間を空けてもらっていた。 「ごめんね、仕事忙しいって言ってたのに。」 「ううん。少しくらい平気だよ。旦那さんの件だよね。どうかした?」  麻衣は、席について、アイスティーを喉に流し込んでから、口を開いた。 「・・・先週、出張先で、直紀にあったんだ。」  早耶は驚いて身を引く。ややオーバーなリアクションに、麻衣は吹き出しそうになる。 「え・・・偶然?」 「うん。偶然。まあ、出張先が直紀のいる店舗だったから、会う可能性はあったんだけど。・・・で、少し話してきた。」  カラカラとストローでグラスの氷の音を鳴らす。早耶はアイスコーヒーにミルクとシロップを入れながら尋ねた。 「で・・・何て?やり直そう、って?」 「そこまでは、言われてない。」 「そこまではってことは、近いことは言われたってこと?」 するどいツッコミに、麻衣は目を逸らす。 「久しぶりに、直紀の顔見て・・・話して・・・。やっぱり、好きだな、って思っちゃった。だからって、よりを戻したいって都合のいいことをしようとしているわけじゃないよ。直紀は基本的には紳士的な態度でいてくれたけど・・・内心、相当怒ってるんじゃないかと・・・思う。」  早耶は真剣な表情で黙って聞いてくれている。麻衣は話を続けた。 「直紀に未練があるって思ったのは、最近、誠司くんとの間がうまくいっていないことが影響しているのかもしれないけど・・・。でも、改めて、このまま誠司くんと一緒にいてもだめだな、って思った。」 「ダンナさんと、話し合いは、したの?」 「出張から帰ってきてからは、してない。でも。。。」 麻衣はふっと一息ついて早耶を見る。 「・・・今は、誠司くんとの子ども、ほしいと思えない。」 早耶は憐憫の表情を浮かべている。麻衣も悲しげに口を開いた。 「もし話し合いをして、いろんなことが改善されたとしても・・・また同じようなことが起こったら、って思ってしまう。」  早耶はため息をつきながら頷く。 「・・・まあ、人は簡単には変われないからね。」 「母親にも、誠司くんとのことは相談して・・・。直紀のことは別として、私としては、もう・・・別れる方向で話したいと思ってる。」  すっと背筋を伸ばして早耶の方を見る。麻衣の意志の強そうな目を見て早耶は目を瞠る。 「どうしたの・・・。今までの彼氏でも、麻衣から別れたいなんて言い出すこと、なかったのに・・・。離婚だよ?」  麻衣は黙って俯いた。しばらくの沈黙の後、早耶がぼそりと呟いた。 「まあ、暴力振るわれた後に未練の残る元カレの顔見たら、気持ちも揺らぐ、か・・・」 早耶にグサリと核心を突かれて、麻衣はぎゅっと手を握る。 「もしかしたら、誠司くんと話し合って、やり直せる可能性もあるかもしれないけど・・・。多分、私、隠し事ができない。」 苦笑いを浮かべながら、麻衣は早耶をじっと見る。 「直紀のことを好きだな、って感じてしまった気持ち、誠司くんに気付かれちゃうと思う。」 早耶は察したように黙って麻衣を見る。麻衣は続けた。 「だからって、気付かれるのを待つのも失礼だと思うし。もう、時間を無駄にしたくないっていうか。今までも、相手に任せるんじゃなくって、自分でもっと早く決断していれば、今みたいな状況にはなってなかったんじゃないかって。」  ふう、と息を吐いて、アイスティーを口に含む。早耶もストローに口をつけた。 「だから、今度は、自分でしっかり決めたい。でも、怖いんだ。」 「また、暴力振るわれたら、って?」  察した表情の早耶に、麻衣は申し訳なさそうに頷く。 「だから、ごめん。いつも早耶には悪いなって思ってる。」 「いいよ。私は麻衣の味方だから。・・・話し合いの席にいればいいのかな?」  早耶はふっと微笑んだ。 「・・・うん。お願いできるかな。」 「でも、どうやって話すの?・・・まさかだけど、元カレに未練があります、なんて話すつもりじゃないよね?」 「え・・・」 「それこそ、暴れそうじゃない。ダメだよ、暴れたら女の手じゃどうにもできないし。なんでも正直に言ってわけじゃないと思うよ。隠してたほうがいいことだってある。・・・元カレの件は伏せておいたほうがいいんじゃないかな。」  早耶は麻衣の顔を覗きこみながら諭す。 「30年生きてきて、秘密のない人間なんていないんだから。」  納得していない様子の麻衣を見て、声を潜めて言った。 「じゃあ・・・。私の、結婚前の、同僚の話。あれ、正直に旦那に言ったとして、どうなると思う・・・?」  麻衣はじっと考える。 「うちの旦那だったら、一度のことだから、って目をつぶるかもしれない。けどさ、その後心のどこかにわだかまりが残るんだよ。お互い。・・・話して、気持ちよくなるのは自分だけだよ。」  早耶の言葉に、麻衣は目を伏せた。確かに、そうだ。誠司が気付いていないなら、知らないままのほうがいいのかもしれない。直紀にも・・・。終わったことなのに、正直に話す必要はなかった。 「だから私は、言わない。前にもいったかもしれないけど、墓場まで持ってくよ。」  早耶の強い言葉に、麻衣も力無く同意した。 「で、別れたとして、元カレのとこにいくの?」 「そんな、都合のよいことにはならないよ。この前、サヨナラしてきたから。」  自嘲気味に呟く麻衣を見ながら、早耶は 「麻衣の場合、なぜか都合よく運ぶことがあるんだよね。」 と小さく呟き、肘をついて少し羨ましげに麻衣を見ていた。  麻衣は、昔から、こういう嗅覚がすごい。処世術というか、いつでも自分を守ってくれる男へ引き寄せられる。男が引き寄せられてくるのかもしれないけれど。  無自覚だけれど、時々、こういう人っているんだよね。別に、自分には無害だからいいんだけれど。早耶は心の中で呟いた。
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