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「こっちはもう終わったぞ」
俺は、ぐったりした女――岩崎千恵美――の頭部を床におろした。
「死期は十一月十五日深夜零時半。死因はオーバードーズ。アルコールと薬物の大量摂取だな。書きこんどけ」
「金曜日の深夜、しかもひとり暮らしなので、発見が遅れたのがなんとも悔やまれますー」
しらじらしくジロが続けた。
「そっちは終わったのか?」
「うん。ネットで違法に薬物を買った履歴はつくっといた。ケーサツの皆さんは、僕の偽装に気がつくかなあ?」
ジロは、子供のようにわくわくした顔で両手をこすりあわせた。
俺はガラストップのテーブルから自分の携帯を持ち上げ、かわりに睡眠導入剤の入った袋を置いた。空になった薬袋も用意してある。キッチンのゴミ袋の中から、ビールや酎ハイの空き缶のうち新しそうなものを拾って部屋に散らかした。
テーブルから離れたジロが、女を見下ろす。
「美人なのにもったいないね。そんな恨まれるタイプには見えないのに」
「彼女は二面性があるらしいな。会社に新しく配属になった新人を裏でいじめては、うつ病や退職に追い込んでいたらしい。被害者が何人もいたようだ」
俺はひそかに依頼者らしき人物のアカウントを追って見た。はっきり個人の特定はできなかったが、以前に会社でのパワハラ被害を書き綴っていたブログのアカウントとつながった。
「じゃあ、自業自得かな。三百万積んでも殺してほしいって思われるようなこと、しちゃったんだね」
財閥の御曹司のような育ちのいい顔をしたジロが笑う。センターで分けた髪が、さらりと揺れる。
ゴム手袋と靴のカバーを外して、ターゲットの部屋を出た。オートロックは便利だ。鍵を閉める手間もない。大通りまでふたりで歩いた。
「分け前は今回も、三対七でいいのか?」
「いいよ。だって汚れ仕事全部ルカさんだもん。むしろ、こんな不公平な分担でいいの? って僕がききたいくらいだよ」
いつも、とどめを刺すのは俺の仕事だった。ターゲットの誘い出しや、痕跡を消すための細工がジロの担当だ。
送金は、ダークウェブ上のステルスアドレスを使った仮想通貨でやりとりをしている。お互いに匿名のまま金のやりとりをできるらしい。そのあたりは、いつもジロに任せきりなのだが。
夜風に排気ガスの匂いが混じる。三車線の環状線を、テールランプの赤い光が流れている。
「ねー、そういえばさ、ルカって名前、聖書の聖人から?」
「いや、ルッカ―。英語のLooker」
ジロが噴き出した。
「それじゃ、美男美女って意味じゃん。どちらかっていうと僕のほうでしょ」
照れもなく、しれっと言ってのける。
「いや、目撃者、のほうだ」
俺はヘッドライトの明かりに目を細めて、コインパーキングの看板をくぐった。
手にしていた携帯が再び震える。メッセージは見なくてもわかる。
そう、亡霊からだ。
『今どこにいるの?』
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