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忘れられない苦い記憶がある。
小学二年生の時、傑と愛斗で学芸会の演目「おおきなかぶ」の主役の座を取り合うことがあった。
立候補した傑と、推薦された愛斗。どちらも優等生で他の生徒たちからの人望も厚いが、成績やクラスでの振る舞いだけを見れば、わずかに愛斗の方がその役目に相応しく思えた。しかし立候補した傑の意志も尊重したいのが教師。担任はどうしたものかと頭を抱えた結果、公平に多数決を以って決めることにした。
「傑くんにやってもらった方がいいと思う人」
まばらに挙がる手。
「じゃあ、愛斗くんにやってもらった方がいいと思う人」
今度はクラス中のほとんどの人間の手が挙がる。実に子供らしい、素直で忖度のない反応だった。一方的に愛斗をライバル視していた傑は、その光景に子供ながらショックを受け、ぐずり始め、ついには大声で泣き出してしまった。
「みんな酷い! 傑くんがかわいそうじゃん!」
「だって愛斗の方が足速いし、頭も良いじゃん!」
「そーだそーだ! ほんとはお前も愛斗の方がいいくせに!」
傑の涙をきっかけにヒートアップする教室。担任もまさかこんな事態になるとは思わなかったのだろう、どうすることもできずにおろおろするばかり。
「あのっ!」
その時、大きな声が教室の熱気を切り裂いた。
愛斗だ。
「僕、目立つのあんまり好きじゃないし、傑に主役やってもらいたいなぁ」
まさに鶴の一声だった。「愛斗がそういうなら」と、皆が納得し、あっという間に傑が主役を演じることで話がまとまった。
だけど傑だけは気付いていた。愛斗は目立つのは好きじゃないと言った時、鼻の頭を掻いていた。それはずっと彼を意識してきた傑だけが知る、愛斗が嘘を吐く時のクセだった。
つまり愛斗は混乱する教室を鎮め、傑や担任を助けるため、自ら主役の座を「降りた」のだ。要は彼の方が「大人」だったということ。
劇の主役の座は転がり込んできたものの、傑はこの時明確に負けを感じていた。いつだって愛斗がナンバーワンの位置で、傑はどこまで行っても二番手だった。劇の主役を張ろうが、その差は覆ることは決してない。勝ちたいと願いつつ、一方で強烈な憧れの念を自覚しており、それが余計惨めな気持ちにさせた。
……絶対このままでは終わらせない。いつかギャフンと言わせてやる。この日、傑は密かに愛斗へのリベンジを決意した。
しかし結局、愛斗に勝つことはできないまま小学校を卒業し、15年の時が経過した。YouTuberとして大成功した今も、そのことは心のしこりになって、時たま傑の胸を痛め続けていた。
そして今日、ようやくリベンジの機会が訪れた。
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