目立ちたがり屋でジャグリング上手なあいつへ

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 一度家の中に戻った愛斗が丈夫そうな木箱を手に戻ってくる。箱の中に、数万ある彼の作品の一部が入っているらしい。大事そうに箱を地面に置く愛斗。傑は「泥団子がなんだ」と内心馬鹿にしていた。 そんなものでどうやって人々を笑顔にする? そんなものに何の価値がある? 俺は500万人の人間を毎日笑顔にしているんだ。俺の勝ちに決まっている。  勝ち誇って斜に構える傑に見下ろされながら、愛斗が、ゆっくりと箱の蓋を開けた。 「……うわぁ」  傑から、さらには番組スタッフや芸人たちからも、感嘆の声が漏れた。  真珠のような輝きを放ついくつもの泥団子たち。手のひらサイズのものから、小さいものはビー玉サイズまで。それだけではない。標準的な黒や茶色の泥団子の他に、赤いものや青いものまで混じっているのだ。目の前の大小さまざまな、しかもカラフルな団子たちが泥からできているなんて到底思えず、傑は何度も何度も見返してしまい、そのたび泥団子の表面に自分の顔が反射して映っていることにさらに驚いた。  まるで、光の宝箱だ。 「この小さいサイズの方が、意外と大きいやつよりも作るのが難しかったりするんですよ」  そう言って照れ臭そうに笑う愛斗。 「いやいやいやいや! そんなことよりもこの赤とか青のやつですよ! なんですかこれ一体!」  芸人が即座に突っ込むと、「ああ、それは」と何でもないことのように愛斗が解説を始める。 「赤い方は簡単な話で、仕事場の裏の山からとれる赤土を使って作ったんですよ。青い方は、泥団子を作る過程の中で布を使って表面を磨く場面があるんですけど、通常はストッキングなどのきめの細かい布を使うんですが、そこであえてジーンズの切れ端を使って磨くんです。そうするとジーンズの色素が泥団子の表面に移って……」  解説をする愛斗の声は、傑の耳には全く入らない。 「すごい……」  ただただ、その作品たちが持つ魅力に圧倒されていた。あまりの輝きに、自身の手に光る金のロレックスが霞んで見えるほどだ。家にある一番高いものをこれ見よがしに身に着けてきたのが恥ずかしい。傑は思わず右手の平で左手首のそれをサッと隠した。 「どうですかすぐちゃんさん、これ!」 「えっ」 「愛斗さんの作品を見た感想は?」 「……す、すごいですね」  素直に絶賛することがなぜか憚られ、つまらない返答になってしまう。しばらく黙っていた芸人だったが、傑からそれ以上の感想が出てこないとみると、しびれを切らしたように「いやいや、圧倒されて言葉もないじゃないですかぁ!」と素早くフォローを入れた。  そのとおりだった。負けた、とはさすがに言わないが、認めざるを得ない仕事だと思った。人の手で、こんなものが作り出せるなんて。汚れた「作業着」というだけで見下した自身の見識を恥じるほど、愛斗の作る泥団子は素晴らしいものだった。  やっぱり愛斗はすごい。さすが俺のライバルだ。羨望にも似た眼差しを愛斗に送ると、彼は誇らしそうに少し胸を張っていた。
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