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「あ、そうだ!」
気まずい空気の中、声を上げたのは愛斗だった。
「ちょうど今、これから仕上げにかかる泥団子があるんですよ」
そう言って彼は再び家に入り、ビニール袋を一つ下げて戻ってきた。中に泥団子が入っているようだ。
「こうして、泥団子の中の水分が表面に浮いてくるのを待つんです。だいたい一か月ぐらいかな」
袋から取り出された泥団子の表面は、愛斗の言うとおりしっとりと湿っているように見える。座り込み、滑らかな手つきで泥団子に細かい砂を纏わせ始める愛斗。
その洗練された動きに誰からともなく「おお」と声が漏れ、慌ててカメラがアップでその様子を撮影し始める。
しばらくそうして砂を纏わせていたが、彼は作業着のポケットから手品のようにパッと女性用のストッキングを取り出した。
「僕のお古じゃありませんよ」
番組スタッフから笑いが漏れる。微かに、現場が熱を取り戻すのを感じた。
「それじゃいきますよ。よく見ててくださいね」
愛斗がストッキングを使い、泥団子の表面を存外強い力で磨き始めた。皆固唾をのんで見守っている。
10回ぐらい擦ったあたりだろうか。泥団子が突然、ガラスのように周りの景色を取り込み、光を放ちながら反射し始めた。まるで魔法にでもかかったかのようだった。
「すげえ!」皆仕事も忘れて感嘆の声を上げる。さっきまでシュンとしていた芸人の口からも「おおっ!」と声が漏れる。
「あ。それから僕こんな特技もあるんです。せっかくなんで、披露させてもらってもいいですか」
そう言って愛斗は手にした漆黒の泥団子に加え、先程の木箱の中から、赤、青の二色の泥団子を取り出し、突然ジャグリングの要領で宙に放り始めたのだ。
予期せぬ行動に、「ヒュー、ヒュー」と番組スタッフたちは大盛り上がり。しかも最後には失敗して三つとも地に落とし、泥団子が壊れてしまうというオチ付き。その場にいる皆が笑いとスタンディングオベーションで愛斗を讃えていた。
カメラが一旦止まる。
「あはははっ!」
「笑い事じゃないですよ愛斗さん! 大事な作品が! すみません、余計な気を遣わせてしまったせいで……」
芸人が頭を下げる。
「いえいえ、顔を上げてください。よく一人でもやって、失敗してるんですよ。それより、いい絵はとれました?」
「もう、ばっちりです! ありがとうございました!」
芸人が再び深々と頭を下げる。
傑はというと、「よく一人で失敗している」と言いながら鼻の頭を掻く愛斗の姿を、ただじっと見つめていた。
今回も救われてしまった。愛斗は「あの日」と同じように、傑と芸人、二人を救ってみせたのだ。
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